第4話 鞄の怪

この日、ロッジに珍客がやって来た。


「こんにちは。タイリク先生」


「おー、トキか。久しぶりだね」


こうざんに良くいるトキだ。

カフェはロッジから距離があるので、行きたくても中々行けないのだ。


「ところで、こんな遠くまで何の用だい?」


そう尋ねると彼女は声を潜めて、


「アルパカの右眼を調べてほしいの」


と告げた。


「右眼...?」


先生はジャパリカフェの亭主であるアルパカスリの顔を思い浮かべる。

確かに彼女の右眼は髪で隠れていて見えない。

今まであまり気にしてなかったが、言われてみればとても気になる。


「実際に見たことは?」


「無いわよ…。絶対に右眼を見せないの。風に吹かれようが、雨に濡れようが」


「気になるな...。キリンを連れて明日カフェに行ってみるよ」


「よろしく頼むわ」


トキと約束を交わした。




翌日、私はアミメキリンと共に高山の

カフェへと向かった。



「先生、まずはどうするんですか?」


「本人に色々話を聞こう」


道中でそう取り決めをした。




カフェに到着し、先生はドアを開けた。


「ふぁあああ!いらっしゃあああい!」


変わりない声だ。

店内にはトキもいた。

アイコンタクトでよろしくと先生に伝えた。


「久しぶりだね。アルパカ」


「お久しぶりです!」


まず2人は挨拶をしながら椅子に座った。


「中々来てくれないお客さんが来てくれて嬉しいよぉ〜」


注文も問わず、卓上に紅茶を置いた。

ここには紅茶しかないから、当たり前だが。


一口紅茶を飲む。


茶葉の味わいが口に広がる。悪くない。

カップを置き、本人に尋ねることにした。


「なあ、アルパカ。ひとつ聞きたい事があるんだけどいいかい?」


「んー?」


「その右眼ってどうなってるんだい?」


キリンは思わず先生を見た。

単刀直入に尋ねたのだった。

そのやりとりを聞いていたトキは、大胆な先生のやり方に、目を見開いた。


「...どうなってるって言われてもねぇー」


お茶を濁す様な言い方をした。

その言葉以降、続きはなかった。


先生は隣に座るキリンを軽く肘で突き、

こう囁いた。


「あの反応は絶対何か隠してるな」


「アルパカさんにも隠したいことがあるんじゃないですか?」


キリンは意外にもアルパカを擁護する立場に立った。


「君は気にならないのかい?」


「いや、だって...。あんなオーラを放つアルパカさんなんて私初めて見ましたよ。

なんか、私達が興味本位で首を突っ込んじゃいけないのでは?」


冷静な意見を述べた。

彼女がそう言うことを主張するのは、非常に珍しい事だ。


私は腕を組んで考えた。


ここで、手を引くべきなのか。

それとも、追求するのか。



(私は...)



「やっぱそうだな。君の言う通りだよ。いつも穏やかな彼女とは何か違う雰囲気ぽかったし、秘密の一つや二つくらいあっても不自然じゃない。他人に不快な思いをさせてまで、書く物じゃない」


私の意見をキリンに伝えた。


「そうですよ。やはり、他人が嫌な事はしちゃいけませんからね」


うんうんと頷きながら、そう述べた。


私は紅茶を飲み終え、トキの座る席の向かいに座った。キリンも私の横に座った。


「トキ、アルパカの事なんだが...

私も気になったけど...。

本人は話したく無さそうだし、何か首を突っ込んだらまずそうな気がするんだ」


「...わかったわ。

何か運が良ければわかるかもしれないし...。少しはミステリアスな部分があった方が、魅力的だろうしね...」


トキは息を吐いて、紅茶を啜った。


ガチャ...


すると、ドアが開いた。


「こんちゃーす!」


「あっ!ショウジョウちゃあん!

いらっしゃあああい!」


このカフェを訪れたのはショウジョウトキだった。

名前は聞いた事はあるが、彼女のことはあまり知らない。


「やあ」


「どうも」


私とキリンは頭を下げた。


「なんか人が多い気がするんですけど...」


少々、驚いた様子を見せた。

トキはそんな彼女を自分と私達が座る席へと手招いた。


「今ね、この二人が怪奇現象について調べてるの。何か気になることとかない?」


トキは横のショウジョウに尋ねた。


「気になること?気になること...」


腕を組んでしばらく考えて、彼女はこう口を開いた。


「前に会った鞄を背負った子の

鞄の中身が気になるんですけど!」


先生とキリンは顔を合わせた。

二人とも言いたいことは同じだ。


「それってつまり、かばんの鞄の中身が知りたいってことだろう?」


「また人関係ですね...」


キリンは顔を曇らせた。


「でも、まあかばんならなんとか、

教えてくれそうじゃないか?」


「うーん...。確かに何か隠し事をする様な人でもありませんし、フレンズには優しいですからね。正直にお願いすれば見せてくれるかも知れませんね」


今度のキリンは私に肯定的だったので、

安心した。


「行くなら、図書館まで送るわよ」


「ああ、ありがとう」


という訳で私とキリンはトキ達に図書館まで送ってもらった。





「タイリクさんとキリンさんじゃないですか」


かばんはすぐに私達に気付いた。


「二人とも久しぶりだね!」


サーバルも一緒だった。


「今日はかばんに用事があって来たんだ」


「どうしたんですか?」


私は端的に彼女に事情を説明した。


「僕のカバンの中身が知りたい?」


「ああ。差し支えなければ、見せて欲しい」


「別にいいですよ。大したものは入ってませんけど...」


カバンの中には、じゃぱりまん、パークの地図やら色々入っていた。


「すっごーい!かばんちゃんこんなの持ってたんだね!」


「どれもサーバルちゃんとの思い出の品ですよ。例えばこの石とか...」


何の変哲もないただの石に見える。


「これは、じゃんぐるちほーでジャガーさんの船を待つ間、コツメカワウソさんと遊んだ時の石です」


「そんな昔のを!」


キリンは驚いて声を出した。


「何か珍しいものは無いのかい?」


先生はそう尋ねた。


「そうですねぇ...。これとか?」


黒っぽい鉱石の様なもので、石の中で液体が蠢いている。


「なんだと思います?」


「うーん...、ヤギじゃないし...」


「もしかして、セルリアンかい?」


先生の答えは合っていたようだ。


「わかるなんてすごいですね!

僕が食べられたあのセルリアンの体の一部ですよ」


「ええっ?こんなのいつ手に入れたの?」


「気づいたらポケットの中に入ってたんだ。ごこくへ行く船の中で入ってるのに気づいたんだ」


「これは珍品だね」


私も改めてその石を観察した。


「しかし...、怪奇的な品はありませんね」


小声でキリンは言った。


「まあいいじゃないか。おかしい物ばっか突っ込みすぎるとこっちまでおかしくなる」


「ははぁ...」


私達はその日図書館で一夜を過ごす事にした。

久々に彼女の手料理が食べたくなったのもある。


私はこっそり、怪奇譚を書いていることを彼女に話した。すると、“いいネタがありますよ”とにこやかに言ってくれた。

そのネタが欲しければ、真夜中に1人で森の中に来て欲しいと言う事だった。


ネタに誘われた私は、森の中へと向かった。


「おまたせしました」


かばんは大きなカバンを地面に下ろした。


「怪奇かどうかはわかりませんけど...まあ、怖い話だと思っててください」


「はぁ...」


「すみません。その正面の木の前に立って貰えますか?」


彼女に言われた通り、正面の木の前に立った。


「いいですか。何があっても絶対に動かないでくださいよ?いいですね」


「ああ...」


彼女がこれから何を始めようとしているのか全く持ってわからない。


彼女はカバンからある物を取り出し、それを私に向けた。


「ちょっとしたショーをお見せしますね。いいですか、絶対に動かないでください」


しつこいようにその言葉を繰り返した。


「わかってるよ」


そう言うと、カチャッという音が聞こえた。




バンッ



静寂を切り裂き、破裂音が鳴った。

横を見ると木の幹に穴が空いている。

心臓が止まりかけた。


彼女は呆然とする私に近づき、説明してくれた。


「これは拳銃です。フレンズを殺せるんです」


明るい声で説明した。


「セルリアン倒せるし、色々万能なんですよ」


「そ、そうなのか...」


「オオカミさん。怖くないですか?」


そう問われた。

しかし、私の口からその答えは中々出てこない。


「僕はこんなものを作ったヒトが一番怪奇だと思うんです」


淡々と語り始めた。まだその右手に拳銃が握られている。


「もしかしたら、僕が野生解放でもしたら、このちっぽけな道具一つでパークを血の海に染めちゃうかも知れませんね」


笑いを浮かべる。


「どうしてそんなもの持ってるんだい?


そう尋ねると、彼女は右手の銃を私の胸に突き当てた。

意識してやっているのか?いや、無意識だろう。私はそう考える。


「こういうのが手元にあると、何故か落ち着くんですよね。なんででしょう。

多分、疑心暗鬼的な部分もあるんでしょうね。いつサーバルちゃんが僕に牙を向くかもわからないでしょう?」


彼女は自問自答をした。


「ヒトは不思議だね...」


彼女は何故か言葉を返さなかった。

突きつけられたまま沈黙が続く。



「...バーン」


突然の一言で体がゾクッとした。


「あはっ、先生の驚いた顔、可愛いですね」


「お、脅かさないでくれ...」


私も苦笑いで答えた。


「どうですか?ヒトって何考えてるかわからないでしょう?どんな幽霊や怪物よりも、僕は人間が一番怖いです」


やっと、拳銃が肌から離れた。

彼女は振り向き背中を見せた。


「怪奇譚に書き込んでおいてください。

ヒトより怖い動物はいないって。

あと、先生も、一応ヒトですから用心しといてくださいね。何考えてるかわかりませんよ。迂闊に手を出したら、そのまま食べられるかも知れませんからね。

特に、“他人の秘密を暴こう”とすることは、オススメしません。夜は冷えますから、早めに図書館に戻りましょう」


そう言って、かばんは図書館へ戻って行った。

私もゆっくりと、彼女の後ろを歩いて、

図書館に戻った。


《鞄の怪》ーーーーーーーーー


彼女のカバンには沢山の思い出が詰まっていた。それと同時に人間の本質というものを知った気がする。

ヒトは何を考えているかわからない。

心の中が覗けないからこそ、

ヒトより怖い動物はいない。

もし、私がアルパカの右眼のことで

首を突っ込んでいたらどうなっただろう。彼女の言った事が正しければ、

私達は“食べられていた”かもしれない。

私達の考えもしないことを考える彼女は天才。いや、奇才であろう。


ーーーーーーーーーーーーーー


ショウジョウトキは私の口から、カバンの中に何が入っていたか聞きたいと言っていた。


私は、彼女に対してこう答えよう。


「思い出とヒトの全てが詰まっていた」と。




鞄の怪、調査終了。

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