プロローグ(習作)

 こちらはお目汚しですが、参考に。

 途中2/3で挫折したものを、推敲の手がかりになるかもしれないと、最後まで自分の文章に置き換えてみました。1100字も増えてることに若干凹む。

 前述の「推敲」はこれを反省に、原文を元に改めて書き直したものになります。


 原作はこちらです。

「ボクっ娘ライネ、蒸気鎧を纏って魔術師と共に巨悪と戦う」

 作家:キロール 様

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054885188279


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 そうだね、何から話そうか。そして、どこまで語ろうか。こういうことには慣れていないから、どうにも緊張するよ。


 これからボクが語るのは、ほんの数年前のこと。

 空に浮かぶ大地、スカイスチームから逃亡したボクらの旅路は、あの日から始まった。あれから、たった数年しか経っていないけれど、本当にたくさんの出来事があったよ。

 こうして日記を付けるようになったのは、つい最近、字を教えてもらうようになってからなんだ。なんだかくすぐったい気分だね。フフ、誰かに見せる気なんてないんだけど、習った文字を書くのは楽しくて、それに、ボクたちがこれまで何を思い、何をしてきたのかが残るなら、そしてこれからのことが伝えられるなら、たとえ、ボクたちが倒れてしまっても、救われるような気がするんだ。


 そうだね、旅の始まりを語ろう。

 あの日、風向きの関係か、工場で労働者のストでもあったのか知らないけど、動力の蒸気に一日中覆われているスカイスチームの空には、久々にスモッグのない青空が広がっていたんだ。



 ※   ※   ※   



 白く視界が覆われる。


 ボクは愛用の強化•蒸気鎧に身を包み、駆ける! 駆けて、駆けて、駆けて、駆ける!! 推進力が送られる度に、関節から吹き上がる白い蒸気が視界をふさぐし、運搬作業用の〈ワット型〉だから、走るとすごく揺れるけど。でも、それどころじゃないんだ! 早くしないと間に合わない!!


 フラハティが、スカイスチームの有力者の一人であるフラハティが彼女を狙い、ついに動き出したんだ!


 青空どころか、もくもくと吹き上がる白煙が視界の邪魔をして、前方すらよく見えない。でもっ、そんなことに構っている暇はないっ。


「急げ、急げ、急げ!!……っ、石炭はたんと食わせただろうっ!」


 焦るボクの視界に、目的の場所が見えてきた! ひらけた外周区の一角、使われていない運搬場に追い詰められている二人。取り囲む何体もの強化•蒸気鎧あれは――戦闘用の〈キュニョー型〉だっ。

 真っ向から立ち向かえば、負けるのは目に見えている。でもボクは行かなきゃいけない! フラハティの部下たちが取り囲んでいるエリックとサンドラを助けるために!!


 震えながらエリックがサンドラをかばうように立っている。二人とも綺麗な金髪の持ち主だけど、サンドラは上層民出身の美しい少女だ。本当ならこんな場所にいるのはおかしい。

 今は長い金の髪を揺らして怯えを顔に出すまいとこらえている。そんなサンドラを背に守っているのは、臆病なはずのボクの幼馴染だ。金髪のサラサラヘアーが似合う可愛い顔をしていて、背なんかボクより低いのに、彼女を守ろうと必死になっている。

 先を越されたみたいで少し傷つく。ボクだって、彼女のためなら同じように恐怖に立ち向かえるって、こんな時に対抗心を燃やしている自分にさらに心が痛んだ。


 エリックの後ろにいたサンドラが、駆けつけるボクの姿に気付いた。エリックの目にもボクが映る。二人の瞳がわずかに輝き、ほっとしたような表情が見えた。そうだ、自分にがっかりしている場合じゃない、年上のボクが二人を助けるんだ!


「どぉけぇええええええっっ!!」


 力いっぱい叫んで、背後からキュニョー型に飛びかかった。けたたましい金属音を響かせて、激しくぶつかり合う鉄の塊同士。ぶつかった勢いのままに拳を叩きつけた。何度も何度も交互に殴りつける。めちゃくちゃに腕を振るっていたら、急にワット型蒸気鎧の腕が動かなくなった。いくら動かそうとしても、軋んだ悲鳴を上げるばかり。


 左右の腕を背後からつかまれているのだと気づいた時には遅かった。鉄の両腕が、か細く泣くように軋みを上げ、そして響く何かが裂ける音。蒸気が両腕の関節から激しく吹き上がった。ボクの腕が入っている、蒸気機関で動く歯車と、鉄に覆われた人工筋肉とが、凄まじい力で背後に引っぱられる。

 ボクの、ボクの腕が、鎧ごと折られる!


「放せぇえッ! 放せッッ!」


 ……雨の日……折れた腕……何もできなかったボク……


 心の奥底にしまい込んでいたはずの記憶が、ふいに蘇る。思い出さないように固く鍵をかけていた恐怖の感触がじわりと染み出してきた。


 ――嫌だ、嫌だ、嫌だっ!! 母さんみたいな目にあいたくないっっ!!


 二人を助けなきゃいけないと分かっているのに、心を凍りつかせる恐怖にボクは声を上げそうになる。目の前のキュニョー型ばかりに気を取られ、他の蒸気鎧に無防備に背中をさらしていたのが、いけないんだ。

 なすすべもなく、強引に腕がひねり上げられていく。関節が可動領域の限界を超えた時、強化•蒸気鎧の腕が真っ黒な煙を血液のように吹き出したのが分かった。

 その瞬間、ゾッとする感触がして、頭が真っ白になるような強烈な痛みと鈍い音が響いた。


 ボクの左腕が折られた。


 叫んだまま、ボクは痛みで頭がいっぱいになった。体を襲った衝撃で、動くことも、他のことを考える余裕もない。おとなしくなったと判断した連中が、うずくまるボクの背面にあるハッチをこじ開けようとする。


 ――やめて、こわい、こわい、こわいよ。


 でも……でも、二人を、二人を助けないと……!


 歯を食いしばって、ボクはわずかに顔を持ち上げた。遮光窓の外、涙でぼやける視界に二人の姿が映る。その様子はひどく不安そうで、怯えている。


 大丈夫、……大丈夫、……いま、助けるから。


 ボクの決意は少しも揺るがないのに、心から助けたいと願い、そう思うのに、祈っているのに。


 神様は残酷だ。こじ開けられたハッチから結んだ薄茶色い髪をつかんで、奴らはボクを引っぱり出そうとする。抵抗したけれど、何人もの男たちの手でボクは引きずり出された。地面に投げ出されたボクを見て、男たちの一人がニヤけた口を開く。


「しつけのなってねぇが、世間がどんなところか、礼儀から教え込んでやるよ……」

「い、やめろ!! 汚い手で……っごぶ!」

 抵抗したボクは容赦なく顔を殴られた。痛みと衝撃で意識が遠のく。ぼんやりと、どこか遠くでエリックとサンドラの悲鳴とボクを呼ぶ声が聞こえた。それから、ベルトを外しているような金具の音も。


 やめろ――嫌だ、……嫌だ、……二人が見ている前でそんなことをされるのは、いやだ……。


 涙が後から後からあふれてくる。


「ぃやだよ……かあさん……」


 かすれた泣き声を上げたボクをあざ笑う男が押さえつけ、残りの男たちがエリックとサンドラに近づいていく足音がした。


 数ヶ月前、この街で父親を探していた美しいサンドラと出会ってから、フラハティとの攻防は続いていた。これまでは、ボクたちでどうにか凌いで来られた。だけど、もう無理みたいだ。いい加減に業を煮やしたフラハティは、子ども相手に戦闘用強化•蒸気鎧を投入して、問答無用でボクたちを潰しにかかって来た。

 きっとサンドラは連れて行かれ、ボクとエリックに待つのは……。


 男はボクの顎をつかむと、汚い手で無理やり自分の方を向かせた。荒くれ男のニヤけた顔が近付いてくる。


 ボクの目から涙がこぼれ落ちる。


 その時、鎖がしなるようなジャララララと重く軽快な音が走って、男の下顎をわしっと白い手が、しなやかにつかんだ。

 その手の下には腕がなくて、替わりに丈夫そうな鎖が垂れていた。


 どこからともなく現れた造り物めいた美しい手。白い陶器のようにすべらかなその指先に、ボクは見覚えがある。

 レイジーが、旅人だと名乗っている変わり者だけど人の良いレイジーが、丹精込めて直していた人形の手だ。ある日スカイスチームにボロボロの姿でやって来た彼が、人形といっても女の人と変わらない等身大のそれを、すごく丁寧に、修理し続けていたからよく覚えてる。『彼女はこっちに来た時に助けてくれた恩人なんだ』ってレイジーは確か言っていたっけ。


 びくともしない手で顎をつかまれたまま、下半身むき出しの男はキョトンとした顔をした。次の瞬間、ボクの視界から消失した。

 彼方に絶叫を響かせて――……


「やり過ぎ、マリオン大佐。やり過ぎだよ、あれ。死んだよ? スカイスチームから落っこちて」

「旦那様。あんな物をゴミ捨て場に投棄しても迷惑です。クズには死あるのみ」


「いやぁ、殺伐としているねぇ、相変わらずでなにより。『だんな様』と呼ばれた時は失敗したかと思ったんだよ。いや、マジで焦った」

「旦那様。胸部の装甲に厚みが増していやがりますが、どういうことですか」

「そこは、ほら。ね。男のロマン! メイド服と豊満な胸はなんと言うのかな、うん、私の夢だ。欠かせないね。余人は知らず、この玲人レイジの夢!」


 最後の方で、凛々しくキリッと決めてみせるあたりいつものレイジーだ。目立つ黒い髪を風にさらして、外套に身を包み、仕立て屋のキャサリンさんがあつらえたスーツを着て、右手には紳士ぶったステッキを握っている。黙っていれば、切れ長の目も高い鼻筋もハンサムだと思う。

 もう一人というか、マリオン大佐と呼ばれたお人形さんの方は、濃紺のブラウスに白いエプロンドレスというメイド服に、長い銀髪を編み込みにしてまとめている。ツンと尖った鼻と薄く青みを帯びた瞳が、冷たい印象の美人だ。


 でも、どうして二人がこんな場所にいるんだろう……?


 ボクは折れた左腕を固定するようにして、なんとか体を起こした。

 突然の乱入者に気付いて、サンドラやエリックに詰め寄っていた連中が引き返してくるのが分かった。


「なんなんだ、てめぇら! こっちはな、馬鹿なガキどものしつけで忙しいんだ、関係ない奴ぁ失せろ!!」

「私たちは、馬鹿な大人のしつけに忙しいから気にしないで。あ、ドリル使うかい、マリオン大佐? アタッチメントは持って来たよ」

「少年少女の前で、肉を裂き骨を断ち、悲鳴と血しぶきを上げろと? 旦那様は悪魔ですか」


 正直、展開についていけない。事態が切迫しているのに、この二人はなんでこんなやり取りをしてるの!?

 炭鉱府の最高幹部フラハティとのいさかいに首を突っ込んでくる大人は、スカイスチームにはいない。蒸気機関を動かすための炭鉱堀りは、多くの男たちの仕事だ。もし逆らって仕事を失えば、生活の場も自分の居場所もなくなってしまう。それなのに、レイジーとマリオン大佐はボクたちに手を貸してしまった。


「レ……レイジー、逃げなよ。相手はフラハティだよ? 巻き込まれたら、ひどい目に遭う。もうここにはいられなく……」

「ライネ、君はまだ子供だ。こういう時は大人を頼りたまえよ。もっとも、頼りにならないダメな大人はいっぱいいるんだけどさ。私はまぁ、……ほら」


 思いついたようにレイジーは口元に笑みを浮かべた。


「魔術師だから」


 いつものヘラヘラとした笑みではなくて、もっと優しくて心のこもった笑顔をボクに向けてくれた。隣にいるメイド人形のマリオン大佐も頷いている。


「たかがガキのために、馬鹿な奴らだなアァッッ!!」


 さっきの男が吠えた、と同時に一斉に銃を抜き放った連中は、レイジーたちに向かって、銃弾を浴びせた。しかし、聞こえてきたのは、鉄が硬い物に当たって弾けるような、乾いた連続音。ボクは思わずかざしていた指の隙間から、リズミカルに響く音の正体、両腕を高速に回転さて銃弾に向かって突き進むマリオン大佐の姿を見た。

 チィン、チィンと火花を上げて飛び散っていく、銃弾。扇風機のように回る不可視の盾を正面にすえたまま、マリオン大佐は無傷で前進していく。


「どど、ど、どうなってやがるっっ!!……」


 たった一人を相手に慌てふためく男たちの中には、全弾撃ち尽くしてしまった奴もいたみたいだ。手の中で撃針がむなしい音を立てた瞬間、そいつの体が吹き飛んだ。

 いつの間にか、マリオン大佐がさっきまで男が立っていた場所に踏み込んでいる。大地を踏みしめる足に重心を落として、拳を突き出した形で静止していた。誰もが、あまりの速さに、銃を撃つことを忘れ、声を失う。マリオン大佐は止まらない。瞬く間に男たちが打ち倒されていく。

 なんて、強さだ……!


 メイド服の圧倒的な力にただ呆然とするボクの耳に、上ずった男の声が飛び込んできた。残っていた戦闘用蒸気鎧たちをけしかける叫び声だ、でも、その相手はマリオン大佐じゃない。


「お……男の方を殺れっっ!!」


 レイジーがやられる! まずい!! マリオン大佐を先行させて自分はその場にとどまっていた彼の方に、慌てて視線をやる。

 ボクの目に黒塗りのステッキを振るうレイジーが映った。

 そして、こんな言葉が聞こえたんだ。


「大いなる東の王、風の精霊よ、汝が諸力をここに遣わさん!」


 普段の彼からは想像もつかない、凛とした声で告げると、途端に一陣の風が巻き起こった。吹き上がった風は誰を傷つけることもなく、すぐにほどける。

 直後、鈍い金属音が立て続けに響いた。見えない刃に切り裂かれたように、キョニュー型の蒸気鎧たちが、一斉になぎ倒されたんだ。どのボディにも凹むほどの跡を残して。まだ立っていた生身の男たちはあっけなく、マリオン大佐に制圧された。


「旦那様。さすがです。お見事な腕前でした」

「そりゃあね?……なんでも私は、この世界じゃ唯一の魔術師らしいからね」


 そう言うとレイジーは、そばまでやって来て、ボクの体をひょいと抱え上げた。


「大丈夫かい、ライネ。……それにエリック、サンドラも。ともかく一旦逃げよう」


 エリックとサンドラが走って来て、レイジーに抱えられたボクに心配そうに声をかけてきた。左腕が痛くて青ざめていたけれど、大丈夫だとボクは答える。

 本当は男の人に触れられるのも苦手なんだけれど、レイジーに抱えられるのはあまり気にならなかった。


「急ぎましょう。街の有力者に喧嘩を売ったのです、悠長にしている暇はありませんよ」


 ボクを心配するエリックたちをたしなめると、マリオン大佐はそう告げた。レイジーは頷き二人を促して、ボクを抱えたまま走り出した。


 そう、この日から、ボクたちの旅は始まった。

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