第11話「戦端は開かれた」

 周囲を満たすは白い闇。

 平成太郎タイラセイタロウは巨大なトレーラーの運転席で眠気と戦っていた。

 D計画ディーけいかく第二号は、恐らく陸上戦艦りくじょうせんかんラーテ……遠くからでも目視可能な、超弩級戦車ちょうどきゅうせんしゃである。魔力によって虐殺本能を植え付けられた、正しく魔物としか形容できぬ驚異だ。

 だが、突然のきりが追撃するブルームB-ROOMの少年少女を包んでゆく。


「この霧……自然現象の天候ではないな」


 視界が奪われてゆく中、アウトバーンを一路ベルリンへ……原初の森を迂回うかいするは、人類の文明を象徴する高速道路だ。すでに動き出した卜部灘姫ウラベナダヒメが掛け合ったのか、交通が封鎖され今は飛ばしたい放題だ。

 だが、立ち込める霧の中でやむを得ず成太郎はトレーラーを停車させる。

 日本から空輸してきた砲騎兵ブルームトルーパー運搬用の専用車両で、現在は成太郎の00式マルマルシキ"ハバキリ"を含む五騎が搭載された大型車両だ。

 停車させれば、荷台でケイジに固定された砲騎兵ブルームトルーパーから回線越しに声が響く。


『あれ? 止まりましたね? これは……出撃ですね、出番ですねっ!』

『ちょっとエル、あんまし張り切らないで。えっと、みんないい?』

『ボクはオッケー、かな? 名誉挽回めいよばんかいしなくちゃね』

霧沙キリサさん、あまり気負わないでくださいな。フォローはわたくしにお任せですわ』


 我らが防衛省特務B分室ぼうえいしょうとくむビーぶんしつ、通称ブルームB-ROOMの士気は高い。

 士気だけは高いと思えば、成太郎も心なしか気が楽だ。

 インカムを装着して、成太郎は四人の少女達に語りかける。少し気が重い……これから成太郎は、十代の普通の女子高生を戦場へと送り出すのだから。


「各員、搭乗完了しているな? 拘束具解除と同時に、索敵および強行偵察を開始する」


 元気な返事の四重奏が響く。

 この霧は明らかに、魔力によって生み出された天然のジャミングだ。だとすれば必定、更に霧が濃密な場所、霧の発生源に敵がいる可能性が高い。

 状況は不利だが、成太郎達に迷っている時間はない。

 既にこの地点は、ベルリンまで100kmを切っている。


「ブルーム1、朱谷灯アケヤトモリ

『は、はいっ! ……その、タックネーム? だっけ? 絶対に必要? なんか調子が』

「俺もあまり馴染なじまないが、最近の軍では常識のようだ。なに、公式記録に残す上での、必要最低限のコードだ。戦闘が始まれば、いつもの調子でいい」

『了解』

「視界が悪い中での戦闘になる。他の三騎に目を配ってくれ。俺の方でもモニターしているから、情報は逐次共有する」


 続いてブルーム2の緋山霧沙ヒヤマキリサ、ブルーム3の咲駆サキガケエル、そしてブルーム4のクレナイすおみにも声をかける。できれば、万全な体制で軍のバックアップを受けたい。

 だが、灘姫が折衝せっしょうする中、ドイツ軍は難色を示した。

 NATOナトー軍を集結させ、ベルリンの手前に現在、最終防衛ラインを構築中である。軍という組織の防衛戦闘という意味では、それは満点の答えだ。いかにも制服組が考えそうなことである。勿論もちろん、最終防衛ラインに敵が到達する道のりでは、小さな村や町が地図から消えるのだ。


「エル、先頭に立て。お前の機体が一番防御力が高い」

『了解ですっ!』

「すおみは索敵に集中、四号騎は狙撃戦特化調整のため、一番レーダーのレンジが広い」

うけたまわりましたわ』

「霧沙は先行、突出を許可する。ただし、本隊から離れ過ぎないことだ。脚を使って斥候せっこう任務……接敵遭遇エンカウント時は、速やかに本隊へ合流。いいな?」

『おいーっす』


 なんとも緊張感がない話だが、ガクン! とトレーラーが揺れる。

 荷台に横並びの、まるでベッドのようなケイジが順々にデッキアップされた。固定具のボルトが外され、四騎の砲騎兵ブルームトルーパーが大地へと降り立つ。

 各々に武器を手に取り、高架の下へとジャンプ。

 その背を窓越しに見送りながら、成太郎も緊張に身を固くした。

 慣れない手付きで、助手席側の指揮スペースへと移動する。


「よし、作戦開始……速やかに目標を発見、足止め。D障壁ディナイアルシェードを中和しつつ撃破してくれ」


 元気よく返事が返ってきた。

 深い霧の中へと、01式マルイチシキ"ムラクモ"の背が徐々に消えてゆく。

 重々しい足取りの、その金属的な足音さえ吸い込まれてゆくようだ。

 霧はその向こう側へと、成太郎の仲間を取り込んで塗り潰してゆく。

 刹那せつな、耳をつんざく砲声が空気を揺るがした。


『なっ、なに? 攻撃? どこさ!』

『霧沙、落ち着いて。大丈夫、当たらない……と、思う。それより、すおみ!』

『砲撃音を探知、この先ですわ。数は30から40……その中に、とびきり大きな反応がありますの』

『それ、ラーテさんですね! よーしっ、やっちゃいましょう!』


 たちまち周囲に火柱が上がる。

 だが、その照準はあまり正確ではないらしい。

 着弾は成太郎の乗るトレーラーをれ、高架下の森に火の手を広げてゆく。土砂が舞い上がり、霧のヴェールに土煙が重ねられていった。

 どうやらD計画第二号、ラーテとその下僕しもべの戦車部隊にも、霧は等しく作用するらしい。身を隠すことには適しているが、向こう側の攻撃も制限されてしまう。

 二度三度と砲撃が続いたが、停車したトレーラーを大きく外している。

 そして、その砲弾が飛んでくる先へと、若き魔女達は進軍を開始した。


「ここから5km先に、また小さな町がある。現在、住民は避難中だが……ここをやらせる訳にはいかない。この森を奴の墓場にしてやれ」

『簡単に言ってくれるよ、もう……よしっ、全員私についてきて! エルを先頭に突っ込むよ! すおみは援護射撃よろしく!』


 灯の声はまだまだ緊張に硬いが、最初の模擬戦から数えて三度目の出撃である。少しは慣れてくれたのか、以前ほどギクシャクとした雰囲気は感じられない。

 生来、生真面目きまじめで責任感のある娘なのだ。

 突然、ロボット部隊の小隊長をやれと言われて、やろうと頑張れてしまう。

 親の都合もあるのだろうが、灯が引き受けてくれたことは成太郎にはありがたかった。

 モニターで確認すると、ブルームB-ROOMの四人を示す光点が進んでゆく。

 搭載された成太郎のハバキリを介した、魔力探知型のレーダーだけが単調な電子音を響かせていた。相手は見えないが、迷わず仲間達は進んでゆく。


『そいえばさ、ボク達……初めての模擬戦も戦車が相手じゃなかった?』

『あの時は大変だったよね。私も慣れてなかったし……エルは勝手に突っ込んじゃうし』

『エヘヘ、そんなあ。わたし、照れます!』

『……めてませんわ、エルさん』


 呑気な会話が、徐々にノイズでかすれてゆく。

 霧の発生源に近付いて、通信も影響を受け始めたのだ。

 だが、不鮮明な声が朗報を告げてくる。


『いたっ! あれじゃない? ほら』

『大きいなあ……ちょっとした山みたい』

『霧のせいで、シルエットしか……距離感が掴めませんわね』

『よーしっ! 攻撃開始でーすっ!』


 戦端は開かれた。

 あっという間にこちら側の発砲音が無数に響き渡る。

 成太郎としては、ハリネズミのように武装満載で送り出してやりたいのが親心だ。だが、砲騎兵ブルームトルーパーは魔力で駆動するため、重量がかさめば消耗も激しくなる。重武装するには、それだけの魔力を安定して制御できる力が求められた。


「安定度だけなら灯だが、瞬間的な爆発力はエル……あのトラブルが発生しない限り、霧沙の力も信頼できる。すおみは一番魔力係数まりょくけいすうが低いが、それを補うための狙撃手担当だ」


 自分でも口にしてみて、思わず成太郎は口元を手で覆う。

 己を安心させるための独り言だったが、現状でベストな布陣だとは思う。思うが、時間も人材も限られた中でのベストは、実現しうる最高の状態とは言い難い。

 もっと組織のバックアップがあれば……砲騎兵ブルームトルーパーとそれを駆る魔女達が多ければ。

 だが、いつだって戦争は現場の兵士に対処療法を求めてくる。

 十全とした準備を整えての戦いなど、ありえないのだ。


『霧沙、取り巻きの小さい戦車を片付けて! すおみも! エル、私が背中をカバーするから、ラーテに突撃!』

『了解っ、吶喊とっかんしまーすっ! ……って、あれれー? あのー、ラーテさんが!』

……!? えっ、ちょっと待って、小さいのはまだいるけどさ』

『まずは小型の戦車を片付けましょう。……わたくしの方でも、反応をロストしましたの』


 突然の声に、成太郎も慌ててレーダーを確認する。

 感度を上げてみても、以前同様に敵の姿は映らない。そこには、進軍速度の鈍った四騎の砲騎兵ブルームトルーパー狼狽うろたえている。いまだ交戦中で、彼女達の周囲には通常の戦車がいるようだ。

 だが、D計画第二号こと陸上戦艦ラーテは……消えてしまったらしい。

 無駄とわかっていても、成太郎は双眼鏡をひっつかんでトレーラーから飛び出した。


「馬鹿な……あれだけの巨体が消えただと!?」


 D計画によって生まれ変わった兵器達は、既に物理法則や常識に囚われない。魔力を付与エンチャントされた段階で、人間の使用する武器ではなくなっているのだ。殺意を持って進軍し、本能的な闘争本能で人類を抹殺する虐殺装置キルマシーン……それがD計画。

 双眼鏡で霧の向こうへ目を細めた、その時だった。

 突然、成太郎の背後で重砲がえる。


「なにっ! う、後ろだと!?」


 その時、トレーラーの向こうに成太郎は見た。

 アウトバーンの高架に匹敵する高さに、巨大な黒い影が浮かび上がっていた。

 その砲塔が旋回して、ゆっくりと仰角ぎょうかくに持ち上がる。

 並んだ連装砲が突きつけられた先を、成太郎は振り返る。

 向こうではまだ、仲間達が……四人の少女が戦っていた。


「クソッ、なにかの悪い冗談だ! どうやってここまで……そんなにスピードがでるはずはない!」


 だが、事実は直視しなければならない。

 そして、現実から目を逸らして楽観論を重ねた結果、旧日本帝国軍は敗北した。全ては、正しい情報を得ること、それを認めることをしなかったのが原因である。

 今、目の前に陸上戦艦ラーテがいる。

 その巨大な主砲から、轟音と共に砲弾が発射された。

 爆風と黒煙に襲われ、成太郎は吹き飛ばされそうになる。

 急いでハバキリへと駆け上がろうとした、その時にはもう……その巨体は、まるで雲かかすみのように掻き消えていた。徐々に晴れゆく霧の奥から、クレーターだらけの無残な森が現れる。

 D計画を相手に、常識的な先入観は禁物なのだと成太郎は思い知ったのだった。

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