第10話「激闘への導火線、着火」

 ――2020年、すなわち平成32年。

 欧州圏おうしゅうけんは、一時期離脱仕掛けたイギリスを再加盟させ、独立した経済圏として発展をげていた。ロシアが低迷する中で中国が台頭たいとう、アメリカとの経済戦争が第二次冷戦と呼ばれる軍拡競争を招いた時代……平和と繁栄は全て、欧州ユーロにあった。

 だが、その平穏が破られた。

 平成太郎タイラセイタロウは目の前の光景に、空襲を受けた祖国を思い出していた。


「やれやれ……今度はパスポート持参で空港から入国したいものだ」

「もち、観光でね?」

「……ドイツはかつて同盟国だった。ナチズムには嫌悪けんおしか感じないが、国のために戦った国防軍の事情は理解しているつもりだ」

「や、それもう70年以上前に終わってるから」


 苦笑する卜部灘姫ウラベナダヒメと一緒に今、成太郎はドイツの辺境を訪れていた。小さな村で、人口は3,000人程だ。そして、牧歌的ぼっかてきだったであろう風景は一変している。

 見渡す限りの牧草地と、サイロと風車が並ぶ大自然。

 今は蹂躙じゅうりんされ尽くして、緑の大地を無数のわだちが汚していた。

 自衛隊のC130Hから車両ごと降下した成太郎達を待っていたのは、D計画ディーけいかく第二号と認定されつつある脅威と、その暴力が破壊尽くした光景だった。

 なんて物悲しい、寂寥せきりょうを誘う景色だろうか。

 人々のいとなみは今、甦った悪夢によって失われていた。


「で? 成太郎、どう? 今回のD計画第二号……これは防衛省の制服組にも認定されてるし、ドイツとEUにも通達済みよ」

「ああ……この惨状、間違いない」


 少し歩いて成太郎は屈む。

 萌える緑の匂いは今、焦げ臭い硝煙しょうえんと炎に塗り潰されていた。

 向こうでは朱谷灯アケヤトモリ達、四人の魔女がボランティア活動に勤しんでいる。衣料品を配ったり、食料や毛布を用意したりだ。ある程度の支援物資は持ってきたが、ここまで徹底的な被害が出るとは、成太郎も思いもしなかった。

 自分の認識の甘さに、思わずくちびるむ。

 だが、今は過ぎたことより、これからのことだ。

 そっと成太郎は、無数にきざまれた大地の爪痕つめあとに触れる。


「D計画第二号は恐らく、戦車か、それに相当する戦闘車両だ。その規模は、推定で100両から200両……ちょっとした機甲師団きこうしだん並だな」

「キャタピラの跡から車種を特定できない?」

「灘姫……お前はそれでも軍人か?」

「あ、それ困る! 自衛官は軍人じゃないもん。自衛隊は軍隊じゃないもーん!」


 おどける灘姫が、へらりと笑う。

 やれやれと溜息ためいきこぼして、成太郎は彼女にもわかるように説明した。


「戦車のキャタピラは、車種ごとに違うのではない。勿論もちろん、それぞれ転輪に合わせて専用のキャタピラを装着するんだが……どちらかというと、第二次大戦中の車両は戦場に合わせてキャタピラを交換する」

「ってのは」

「砂漠用のキャタピラ、市街地用のキャタピラとまあ、色々あるわけだ。……この痕跡は都市戦用だな。つまり――」


 立ち上がって成太郎は、無数のキャタピラの跡が向かう先へ目を細める。

 見詰めるはシュヴァルツシルト、黒い森……まだ未開発の森林が村の外輪を縁取っている。そして、その向こうへと真っ直ぐ進めば、D計画の目的は明らかだ。


「つまり、。それも、真っ直ぐに」

「まーじかー! ……でもさ、成太郎。こんな沢山の戦車が動いてて、NATOナトー軍やドイツ軍に探知されないのって……あ! そ、そっか、D障壁ディナイアルシェードかあ」

「D計画の兵器群に常識など通用しない。魔力を帯びた旧大戦の遺産は、ある意味で神霊的な存在だからな。D障壁で身を隠すことも、実体の位相をずらして森を通り抜けることも可能だ」

「なんでもありだなあ、もぉ」


 灘姫がうんざりしたような顔をする。

 だが、すぐに彼女は才女の笑みを取り戻した。


「成太郎、厳命! ブルームB-ROOMはこれを実力で排除、無力化します。そゆ感じでよろしく! あたしはほら、欧州各国に根回しとかあるから。あとよろしくねん?」


 それだけ言って、灘姫は行ってしまった。確か先程、現地の農夫達に交渉して、車を出してもらうとか言っていた。

 戦争は常に、兵器と兵隊だけでは戦えない。

 後方の兵站へいたん、政治的な駆け引きと根回し、そして……守るべきものと、終わらせ方。そのどれが欠けても、戦争は戦争である以上の悲劇を生み続ける。

 そして、そうした制約の全てを持たないのがD計画だ。

 D計画はただただ本能に従い、人間を虐殺ぎゃくさつする。

 灘姫を見送っていると、背後で声がした。


「成太郎、支援物資を配り終えたけど……成太郎?」

「ああ、灯か。移動するぞ……我々は森を迂回しなければならん」

「あ、うん。で……今度は成太郎も一緒に戦うんだよね?」


 トレーラーに載せ替えた砲騎兵ブルームトルーパーは、全部で五騎。

 成太郎が持つ00式マルマルシキ"ハバキリ"も一緒だ。

 だが、成太郎は静かに首を横に振る。


「指揮をる人間が必要だ。現場での判断は灯、お前に任せるが……戦場を俯瞰ふかんできる立場として、俺も俺なりに精一杯やるつもりだ」

「……そっか。ま、あんまし無茶な作戦はよしてよね。あの達、結構頑張れちゃうからさ……そういうのって、なんとかしてあげたいから」


 ポニーテイルを揺らして、灯が背後を仰ぎ見る。

 咲駆サキガケエルや緋山霧沙ヒヤマキリサクレナイすおみは忙しく働いていた。ドイツ語は通じなくても、ジェスチャーと片言かたことの英語でなんとか対応している。それに、どうやらすおみが語学には堪能らしく、彼女を窓口にして支援物資は行き渡ったようだ。

 となれば、この場に留まる理由はもうない。

 すみやかにD計画を追撃し、第二第三の被害を未然に防ぐべきである。

 だが、三者三様に忙しく動き回る仲間を見やって、ぽつりと灯はつぶやいた。


「成太郎、さ……霧沙を作戦から外すって、できないかな」

何故なぜだ」

「こないだ、なんか変だった。そして、成太郎はそのことを知ってるみたいだった。灘姫さんも。霧沙、病気じゃないなら……なに? 心配だよ。霧沙はなにも言ってくれないし」


 霧沙の身体については、本人が一番よく知っている。

 それ以上に、成太郎も理解していた。

 まさしく、


「灯、お前にだけは話しておくが……霧沙は――」


 意を決して成太郎が真実を明かそうとした、その時だった。

 突然、二人の間に全速力でエルが飛び込んできた。

 彼女は肩を上下させながら、村の奥を指差す。


「指揮官さんっ! 灯先輩も! たっ、たた、大変です! 村人の人が!」

「落ち着いて、エル。どしたの?」

「あっ、灯先輩……あの! キャタピラの跡が」


 なにを今更と、成太郎は改めて周囲を見渡した。

 家畜の牛達が草をんでいた場所は今、無数のキャタピラで切り裂かれている。かなりの規模の車両が、高速で移動した痕跡こんせきだった。

 だが、エルはグイと成太郎の腕に抱き着き、無理矢理引っ張りながら歩き出す。


「とにかく、指揮官さん! 見に来てください!」

「ま、待てエル。引っ張るな、それと、引っ付くな」

「灯先輩も早く早くっ!」


 周囲の村人達は皆、突然の災厄に疲れた顔をしている。

 平穏は打ち破られ、日々の暮らしは徹底的に破壊された。そこかしこに砲弾の跡が広がっている。わずかばかりの物資では、彼等の心の傷を癒やすまでは至らない。

 平和は日々の努力で少しずつ積み上げられるが、失われるのは一瞬だ。

 痛切さを心に刻んでいると、成太郎の目に異様な光景が飛び込んできた。


「これです、これ! 指揮官さん、これも戦車なんですか?」


 エルが指さしているのは、キャタピラの跡だ。

 だが、それは周囲の車両のものより、何倍も大きい。

 常軌をいっした大きさの轍は、深さもちょっとした川くらいはありそうだ。エルを振りほどき、我も忘れて成太郎は駆け寄った。ひざを突いて四つん這いに、直接触ってみる。その巨大なみぞもまた、他のものと同様にベルリンに向かっているようだった。

 こんな巨大な戦車は、大戦中のどこの国も運用していいなかった。

 しかし、存在しなかった訳ではない。

 成太郎がそのことを思い出した時、駆け付けたすおみが小さく呟いた。


「ラーテ……


 ――陸上戦艦ラーテ。

 かつて大戦中、ドイツが計画した超弩級戦車ちょうどきゅうせんしゃのことである。巡洋艦の主砲を搭載し、その威容は通常の戦車が軽自動車に見える程だ。だが、敗色濃厚な大戦末期に、そんなバケモノを建造する力はドイツにはなかった。

 もし建造され、運用されていれば……もしラーテが、アフリカ戦線に投入されていたら。

 歴史に『たら』『れば』は存在しないが、可能性は確かに大きく変わっていたはずである。


「ラーテ、ですか? し、知ってるんですか! すおみちゃん!」

「ええ。ラーテとはドイツ語で、ネズミのことですわ」

「こんなにでっかいのに、ネズミ……ですか」

「重戦車マウスというのがあって、これはわずかながら実戦を経験しましたの。ドイツでは当時、巨大兵器に小さい動物の名前をつけて、連合国の混乱を狙いましたわ。ふふ、まさしく高度な情報戦、ですわね」

「ほええ……あっ、マウス! マウスならわたし、見たことあります! アニメで……ギャルズ&パンツァー、通称ギャルパンで!」


 エルの話はさっぱりだが、成太郎は震撼に身震いが止まらない。

 恐らく、D計画第二号とはラーテだ……周囲の戦車は、もしかしたらラーテの魔力が生んだ下僕しもべ、使い魔のようなものかもしれない。

 陸上戦艦の異名を取る超兵器を追っての、新たなる戦いが幕を開けた瞬間だった。

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