第12話「深まる謎、明かされる真実」

 残念ながら、平成太郎タイラセイタロウブルームB-ROOMの追撃戦は失敗に終わった。

 収穫は少なく、敵の進軍は続く。

 D計画ディーけいかくで製造された未完の最終兵器達は、どれもが人間の殺戮、虐殺を目的に行動している。より人口の密集したベルリンを目指すのは当然で、その道筋にある全ては破壊、蹂躙じゅうりんされる。

 また一つ町が消えたと知ったのは、成太郎が整備班と合流したあとだった。

 紅重工くれないじゅうこうの仮設テントで、成太郎は携帯電話を慣れぬ手付きで耳に当てる。


『ふーん、そっか。まあ、お疲れちゃん! 最低でも私達防衛省、自衛隊が善処を尽くしたという既成事実きせいじじつは残せたわ。それに……これで終わりになんてしないよん?』


 通話の相手は卜部灘姫ウラベナダヒメだ。

 彼女はいつものおちゃらけた口調だが、その声には節々に強い意思が感じられる。彼女の、D計画殲滅せんめつへの熱意は消えてはいない。そして、それは成太郎にとっては、以前から仕事や任務である以上の執念をも感じさせていた。

 一見して人当たりのいい女性だが、笑顔の裏にはなにかが隠れている。

 だが、それをえて詮索せずに成太郎は話を続けた。


「とりあえず、送れるだけのデータは送った……ふぁぁ、ふう。時差があるから普段より余計に眠い」

『ほいほい、届いてますよっと。ふーん……周囲の小型戦車、ってか通常の戦車はこれ、ラーテの魔力が生み出した使い魔サーバントみたいなものみたいね』


 今回の戦闘で、ブルームの魔女達は相当数の車両を撃破した。朱谷灯アケヤトモリを先頭に、緋山霧沙ヒヤマキリサクレナイすおみも、勿論咲駆サキガケエルもよくやってくれる。だが、肝心のラーテを撃破することは、残念ながら叶わなかった。

 通常の戦車は全て、撃破後ほどなくして残骸が消滅した。

 それは後続のバックアップ班も確認し、貴重なデータが得られた。


『通常のティーガーやⅣ号よんごう戦車じゃないわよ、これ……E-100、E-75、そしてE-25にE-10。全部、大戦末期にドイツが計画して、

「……話に聞いたことがある。Entwicklungstypen、いわゆる開発型番のEを冠した、部品の共通化、規格化に主眼を置いたシリーズだな」

流石さすが昭和生まれ、詳しいわね! 戦中育ちは伊達じゃないって感じ?』

「他に学ぶことがなかっただけだ、あの研究所では」


 人造人間として魔力を付与エンチャントされ生み出された、成太郎。彼のような人間を造ることも、D計画の一環だった。そして、彼以外は皆、死んでしまった。同時の技術では、砲騎兵ブルームトルーパーの制御も、そこに魔力を供給する人間も造るのが難しかったのである。

 徹底して管理され、人間扱いされない日々を成太郎は忘れない。

 その中で、優しく接して情緒と尊厳を教えてくれた女性のことも。


「周囲の戦車程度なら、今の俺達でも対処が可能だ。だが」

『ラーテが高速移動したって? ちょっと待って、ドイツ側に残ってる資料でも、1,000tトンを超えるバケモノよん? 霧の中だからって』

「灯達が交戦していた地点から、後方の俺のトレーラーまで、直線距離で約1.5km……わずか数秒で、しかも砲騎兵ブルームトルーパー部隊を迂回うかいして移動している」


 回線の向こうで灘姫は黙ってしまった。

 だが、成太郎の述べたことは事実だ。

 実際には『灯達がラーテをロストした』その直後に『成太郎の背後にラーテが現れた』というものである。その事象同士を結び付けると、ラーテは数秒で4km前後移動したことになる。

 ただ、その移動手段が通常とは異なるものだったと考えるのは打倒だ。

 魔力で駆動するD計画は、物理法則すら捻じ曲げる力を持っている。


『……ワープ、的な?』

「ワアプ? なんだそれは」

『あ、知らない? ほら、SF小説とかによく出てくるじゃないの』

「SF小説……ああ、空想科学読本くうそうかがくどくほんたぐいか。すまんな、自分が空想を超越した存在なので、興味を持ったことがない」

『そらそうね、ふふ……で、ワープってのは瞬間移動のこと。空間同士を歪めて、点から点へと跳躍するように移動するの。距離や時間を無視するのね』

「ふむ」


 先程、灘姫からも事後報告という形で語られた話を思い出す。

 先日のD計画第一号……高高度迎撃戦闘機、震電しんでん。プロペラ推進のレシプロ戦闘機ながら、その速度は音速を超えていたことが明らかになった。航空自衛隊のF-35Jを軽々とほふる、圧倒的な制空戦闘能力……加えて、砲騎兵ブルームトルーパーとの戦闘では自己進化能力を見せ、戦いながらジェット戦闘機へと姿を変えたのだ。

 その震電だが、D障壁ディナイアルシェードによって空気の断層を作り、空気抵抗を打ち消していたことが明らかになった。ジャミング効果のあるラーテのきりといい、D計画の兵器は常識の埒外らちがいから襲い来る。

 ちらりと成太郎は、整備中の砲騎兵ブルームトルーパーを見やった。

 戦闘で汚れ、オイルと硝煙しょうえんの臭いにまみれた巨人は、片膝を突いて駐騎ちゅうきしていた。


「つまり、ラーテは高速移動する強固で強力な巨大戦車ということか」

『わはは、割とチートね、チート』

「チイト? それも空想科学読本の用語か」

『んーん、どっちかってーとライトノベルかな?』

「なんだそれは……軽い小説? 軽薄なのは好かん」


 ともあれ、インチキという意味の言葉だと教えられて、なるほどと成太郎は頷く。

 瞬間移動、これはとんだイカサマ、ペテンである。包囲殲滅ほういせんめつ挟撃きょうげきも、全く意味を失ってしまうからだ。相手は好きな時に離脱できるし、好きなポジションから攻撃できることになる。

 追い詰めようのない敵だとしても、成太郎達は追うしかない。


『あと、吉報? あ、いや、これは凶報かなあ? んとさ、ドイツ軍が最終防衛ラインの構築を完了したわ。んで、戦力を再編して打って出るって……どする?』

「どうするもこうするもない、無駄なことだ。止めてくれ」

『止めたわよ、でも聞き分けると思う?』

「……通常兵器では、D障壁を破ることはできん。一方的に蹂躙されるぞ」

『ドイツ軍にもメンツがあるからねえ。困った困った、と。まあ、もう少し引き止めてみるわ。そっちも少し休んで、追撃を続けて。ドイツ軍が足止めしてくれれば、ラーテの背後を急襲できるかも。もっとも、ワープして逃げられたら意味ないんだけど』


 その後、二、三のことを確認して成太郎は通信を終えた。

 残念だが、状況はかんばしくない。

 幸い、四騎の砲騎兵ブルームトルーパーに大きな損傷はないが、魔力を供給する少女達は疲労もあらわだ。まだ彼女達は、年端もゆかぬ子供なのだ。休ませてやりたいし、できることならこんなことはやらせたくない。

 だが、魔力を持つ人間だけが、D計画が持つ無敵の防御……D障壁を無効化できる。そして、そんな者達を守って戦うには、砲騎兵ブルームトルーパーがベストな兵器なのだ。

 やれやれとスマートフォンを耳から離す成太郎。


「ふう……ん? お、おや? これは……待て、俺はそんなところは触っていない。むむ……どうしたことだ、ぐぬぬ!」


 どうもタッチパネルというものには、慣れない。

 通話の終了を操作したつもりが、しらないアプリケーションが起動してしまう。そもそも成太郎にはまだ、アプリとか通信量の話がチンプンカンプンだった。灘姫からは、だと思えと言われているが、正直信じられない。

 そうこうしていると、背後に気配が立つ。

 突然ブーン! と震え出したスマートフォンを持て余しつつ、成太郎は振り返った。


「お前達か……テントを用意させた、飯を食って休むといい。と、と、こいつ……黙ってくれんのか、ええいもう」


 わたわたとしながらも、少女達に休息を取るよう成太郎はうながす。

 だが、一同の先頭に立つ灯が、そっと彼の手からスマートフォンを取り上げた。彼女が指を滑らせると、ようやく静かになる。それを返却しつつ、灯は真剣な表情だ。

 受け取る成太郎もまた、話を聞こうと身を正す。


「えっと、整備の方は大丈夫みたい。今夜遅くに大きいヘリコプターが来るから、それで次の地点まで運ぶって。……それまで、休んでていいのかな」

「ああ。兵士にとっては休息するのも任務のうちだ。……あ、ああ、お前達は正規兵ではないな、うん。いや! そういう意味ではなくて、うむ、ただの女学生なのだから」

「ふふ、ありがと。正直ちょっと疲れた……こないだの、空中に放り出されるのよりはよかったけど。ね、霧沙? エルも、すおみも」


 うんうんと霧沙が腕組み頷き、微笑ほほえむすおみも同意する。

 エルだけが「えーっ、最高に燃えましたよ!? 熱かったですよ!?」と、一生懸命語り出した。そんな彼女をハイハイとなだめつつ、灯の表情が生真面目きまじめに硬くなる。


「ねえ、成太郎……大事なお仕事なのはわかってるけど、ちょっと……その、私達だけじゃ少し頼りないっていうかさ。成太郎、その……戦時中は兵隊、だったんだよね?」

「正確には、軍の備品みたいなものだ。階級もないし、給料も年金もない」

「そ、そっか……ごめん」


 灯はなにか言いたげだが、生来の優しく面倒見がいい性格で言い出せないらしい。少し同情されてるのだと知ったが、成太郎は嫌な気はしなかった。平成という今の世の中では、こうして他者を気遣える子供達が育つのだ。そこには、竹槍の訓練もないし、勤労奉仕きんろうほうしもない。戦闘機の部品を作る作業もしなくていいのだ。

 そんなことを考えていると、すおみが一歩踏み出す。


「あの、成太郎さん……貴方あなた砲騎兵ブルームトルーパーをお持ちですね? 試作実験機、00式マルマルシキ"ハバキリ"があるはずです。できれば、一緒に作戦に参加してほしいのですわ。成太郎さんには一日の長もありますし」


 当然、必要となれば成太郎もそのつもりだった。

 だが、その時は慎重に決断しなければならない。慎重に慎重を重ねて、用心深く前後のことも考えなければならないのだ。それが、部隊を指揮する者の責任である。

 成太郎が言葉を選ぶ中、口を開いたのは霧沙だった。

 そして、いつか訪れる筈だった瞬間が、今だと知る。


「ごめん、すおみ……勘弁してやんなよ。魔力のある人間として造られたらさ、結構大変なんだ。魔力を使う度に、命を削ってるようなもんだから。結構しんどいんだぞ? 成太郎も……勿論もちろん、ボクも」


 意外そうな顔を皆が見せる。

 成太郎も否定する言葉がなく、黙って顔を手でおおうしかない。

 そう、成太郎のような人造人間は、魔力の消耗は命の危機をともなう。そして、その後に造られた改良型の人造人間……霧沙にとっても、程度の差こそあれ同じだ。

 先天的に魔力を持って生まれた、灯やエル、すおみとは違う。

 神が与えたとさえ思える奇跡を、人の手で再現するのは難しいのだ。しかし、悪魔と手を結んででも人はそれを欲した……かつては戦争のため、そして今は戦争を回避するため。

 誰もが無言になる中、辛うじて成太郎は皆に休息を取るよう言うしかできなかった。

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