第31話 神代楓2

 次の日の朝、ホームルームまでの時間を席でボーッと待ってると


「桐崎くん、おはよ」


「お、おはよ!」


 九条さんが遊びに来てくれた。ただいつもと違うのは、眼鏡をしているということ。確か、受験の時に見た丸眼鏡だ。


「眼鏡なんだね。珍しいねっ!」


「う、うん。ちょっと目が痛くて」


「えっ、大丈夫?」


「うん、大丈夫!」


 そう言ってニコッと笑った九条さん。メーターも半分くらいまでいってるし、大丈夫そう。と、安心していると、廊下側から声が飛んできた。


「桐崎くーん!」


 声のする方を向けば、雪村さんがいた。何か企んでそうな怪しい笑みを浮かべている。嫌な予感がする。警戒しながら近づくと、雪村さんは目を潤ませ、上目遣いをしてきた。


「やばいんですぅ。助けてくださいよぉ〜!」


「な、何が? どうしたの?」


「英語の教科書、忘れちゃったんですよぉ〜。マジ、ピンチなんです」


「なんだそういうことか。あっ……ごめん。今日、英語持ってきてないわ」


 申し訳ないと後頭部をかきながら言うと、雪村さんはため息をついた。


「頼りなっ。私がいつ忘れてもいいように持ってきておいてよ」


「えぇ……それはきついでしょ。他の人には聞いたの?」


 そう質問を投げると、雪村さんは頬を膨らませ、腰に手を当てる。


「分かって言ってるんですか? 私ぃ、友達、桐崎くんしかいないんですよ?」


「そ、そっか。ファンの人は?」


「嫌です。面倒いのでっ!」


「そっか。あはは……」


 さて、どうしたものか。と苦笑いをする。すると、九条さんが話に入ってきた。


「あ、あの……私ので良かったら」


 その言葉に雪村さんは目を輝かせる。


「本当ですかっ! やった! それじゃ後で六組まで取りに行くねっ!」


 雪村さん、すごく嬉しそう。バンザイしてるし。まあ、なんとか解決してよかった。てか、何気に九条さんのクラス知ってるんだ。


 機嫌良さそうに帰っていく雪村さん。すると入れ替わりのように、五美が教室に入ってきた。


「おお、五美。おはよ」


「おすおす。って、かーっ! 朝からいちゃついてんのか、こらぁっ!」


 俺と九条さんを見て、悔しがるような素振りを見せる五美。しかし、それもすぐにいやらしい顔つきに変わる。


「とまあ、冗談はさておき。さっき希ちゃんいたよな? 何してたんだ?」


「英語の教科書忘れたんだってさ」


「なるほどな。しっかし希ちゃん、可愛いよなー。あの短いスカートは明らかに俺を誘っているな」


「何言ってんだ?」


「は? とぼけんなよ。桐崎だって短い方がいいだろ?」


「は、はぁ? な、なに言ってんだよ」


 九条さんの前だぞ?! 変なこと言うなよ。


 不安になった俺はチラッと九条さんの顔を見る。しかし杞憂だったようで、九条さんは楽しそうに笑っていた。


 そして時は放課後。帰り支度を済ませ廊下に出ると、九条さんが待っていてくれた。


「おまたせっ!」


 駆け足で廊下に出ると、九条さんは口を結んだまま、コクリと小さく頷いた。


 どうしたのか? 落ち着かない様子だし。メーターは真っ赤になっている。


 今度こそ察するぞと、九条さんを見つめる。するとおかしな点を一つ見つけた。


 なんかスカート短くない?


 いつもは膝が隠れるくらいの長さだったはずなのに。今は膝上十数センチくらいまでの短さになっている。


「九条さん、スカートどうしたの?」


 そう聞くと、九条さんは顔を真っ赤にして目を見開いた。


「ご、ごめんね。へ、変だよねっ!」


「えっ? いや、そんなことは。って、九条さん?!」


 俺が言い切る前に九条さんは走り去ってしまった。聞き方間違えちゃったかな。それから数分立ち尽くしていると、スカートの丈がいつもと同じ長さになった九条さんが戻ってきた。


「だ、大丈夫?」


 そう聞くと九条さんは、何度も縦に首を振った。その様子が可笑しくて、笑みを見せると、九条さんも綻ぶように笑ってくれた。


 と、その時だった。廊下の向こう側から、九条さんの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


「九条さーん!」


 九条さんと一緒に声のする方に目を向けると、英語の教科書を手に持った雪村さんがやってきた。


「ありがとぉ! 助かりましたぁ!」


「良かった!」


 九条さんがそう言って笑顔を見せると、雪村さんの頬が赤くなった。そして、モゾモゾと落ち着かない様子になった。しおらしいというか。


 そして、ボソボソと小さな声で話しだす。


「あ、あの……お礼って訳じゃないんだけど……その……今度何かご馳走させてくれないかな?」


「えっ! お礼なんていいよっ! でも、雪村さんと遊びに行きたいな」


 九条さんがそう言うと、雪村さんは口角を上げて嬉しそうにしていた。そんな様子を、微笑ましいなあと眺めていたら、雪村さんがこっちを睨んできた。そして、顔を真っ赤にして俺を指差す。


「い、言っておきますけど、桐崎くんは、誘いませんからっ! それじゃっ!」


 そう吐き捨てて、走り去っていった雪村さん。


 別に何も言ってないんだけどな。と、雪村さんの背を眺めていたら、九条さんがこちらを向いた。


「雪村さんと仲良くなれた……かな?」


「うん。なれたと思うよ! すごく嬉しそうにしてた」


「ふふ、私も嬉しい」


「あはは、良かった!」


 九条さんの笑顔につられて、笑みがこぼれる。すると、九条さんは急に俯いて、ボソボソと小さな声で話しだした。


「い、一緒に……か、帰ろ」


「え? あ、うん。あっ……ごめん。その前に図書室寄ってもいいかな?」


 昨日書いた手紙、読んでもらえたかな。確認しなくちゃ。


「図書室? 本探すの?」


「ま、まあ、そんなところ」


 ぼやかすように答えると、九条さんは不思議そうな表情を浮かべた。


 図書室に着いて扉を開く。すると、図書委員と一人の女子が話している光景が目に飛び込んできた。


 あ、昨日見たショートカットの子だ。


「これ、借ります」


 ショートカットの子は無表情で、分厚い本を一冊、図書委員の人に渡した。それとは対照的にニコニコと貸し出し手続きをする図書委員。


「神代さん、すごいね。昨日も借りてたよね? 読書ペースヤバいね」


 神代さん? あ、あの人が最後の四天王……。なるほど……。可愛いというより、美人系といったところだろうか。って、そんなことはよくてだ……。


 俺は早速、腕輪物語が置いてある棚へと足を向けた。ワクワクとした逸る気持ち抑えながら、本を手に取る。すると何かが挟まっていた。本が少し空いている。


 これは!


 早速、長机に着いて本を開く。すると、昨日より多くのルーズリーフが挟まっていた。手に取ってみると、一枚目は手紙となっていた。


【私のお話を読んでくれたあなたへ。感想ありがとう。まさか人の目に触れてしまうとは思いもしませんでした。続きを挟んでおきましたので、お時間のある時に読んでもらえると嬉しいです。それと、謝罪に関してですが、挟んだまま忘れちゃった私に非があるのでお気になさらず。】


 ふむ、なんて良い人なんだ。返信までくれるとは思いもしなかった。しかし、これで続きが読めるぞ!


 と、歓喜に震えていると、九条さんの顔がすぐ横に現れた。


「桐崎くん、これなに?」


「あ、ごめんごめん。えっとね――」


 事の経緯を九条さんに説明した。すると、九条さんは納得したのか、すごいスッキリした表情を見せた。俺が、変にぼやかしてたのが気になっていたみたい。


「そうなんだっ! すごいねっ! この学校の人なんだよね。どんな人なんだろう」


「だねー。こう王道ファンタジーって感じだからなあ。男子かも」


 そう言って歯を見せて笑うと、九条さんも一緒になって笑ってくれた。


 そして笑いが収まった時だった。ふと、視線を感じ、目線をズラすと図書室入り口に突っ立っている女子がこちらを見つめていた。


 神代さん?


 と、目があった瞬間、神代さんと思しき人は、サッと目をそらした。そして、ゆっくりと回れ右をすると、図書室を出ていった。


 騒ぎすぎたかな? ま、何はともあれ、続きが読めるぞっ!


 ワクワクとした気持ちを胸に、ルーズリーフ の束を鞄にしまう。そして、九条さんと一緒に図書室を後にした。

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