第30話 神代楓1

 読書週間。うちの学校には、そんなちょっとしたイベントがある。開催期間は春夏秋冬に一週間ずつあって、図書委員会が本に触れてもらおうと推進している活動らしい。


 特に強制という訳ではないのだが、普段あまり本を読まない俺には、いいきっかけなのだ。


 というわけで、放課後に早速、九条さんと一緒に図書室に来た。どうせなら難しそうな本にチャレンジしてみよう。そんな気持ちで、あまり人気のない奥まった所に来てみた。


 しかし、来てみたはいいが……。


 さすがと言うべきか。分厚くて、タイトルからして難しそうな本ばかりだ。適当に一冊手に取ってみる。焦げ茶色の硬いカバーを開けば、貸出カードが目に入った。


 こんなの誰が借りるんだろうか。手に取ってみれば、一人の名前が書いてあった。


 神代楓さん。聞いたことあるような? あっ……四天王の一人だったっけ? 全部読んだのかな? だとしたら凄い。


 凄い人もいるもんだと、本を棚に戻す。そして、同じ棚から違う本を手に取ってみた。そして開いてみる。


 あっ、また神代さんの名前だ。って、ここ一帯の本、全部見てるのか?


 もしやと思い、いろんな本を手に取ってみた。本を開いて、貸出カードを見てみる。


 マジかよ……。


 なんと予想通り、ここ一帯の難しそうな本のほとんどに、神代さんの貸出履歴があった。


 ここまで来ると本好きの更に上をいく何かだな。取り敢えず、ここの棚の本は俺には無理そうだ。そう諦めて、ファンタジーものが置いてある棚に来てみた。


 お、これ面白そう。タイトルは腕輪物語。名前だけは聞いたことがある。映画化もしてたはず。さっそく手にとって開いてみる。すると、またも貸出カードに記載されている神代さんの名前が目に飛び込んできた。


 ここにもいたのか。ノンジャンルで本を楽しむ人なのかな。そんなことを考えながらページをめくってみる。すると、ページの間からルーズリーフの束が落ちてきた。


 なんだこれ? しゃがんで拾ってみると、そのルーズリーフには文字がビッシリと書かれていた。ヘッダ部分には七竜物語と書かれている。


 なんだろう。直感的に気になってしまった。


 近くの椅子に座って、長机を一人で占拠する。そして、ルーズリーフに書いてある文を読んでみた。


 ヤバイ……面白いな。


 舞台は神や悪魔、妖精や魔物が住んでいる王道なファンタジー物。あらすじは、世界には七竜と呼ばれる竜が世界の均衡を保っていた。しかし、預言者が八体目の竜が目覚めようとしていると予言したと同時に、世界で様々な異変が生じ始める。主人公はその謎を追う為に旅に出る。と言ったものである。


 惹きつける文章。豊かな表現力。薄い描写と濃い描写の緩急が程よく、読んでいて苦にならない。むしろ読みたくて仕方がない。と、時間を忘れて読み進めていたら、中々良いところで終わってしまった。


 なぜ、ここで止めた……。


 物語はまだ序盤中の序盤。こんなところで待ったをされる読者の身になって欲しいものだ。勝手に読んだのは俺だけど……。取り敢えず、続きが読みたい。


 そんな気持ちが抑えられない俺は、ノートを広げ、一ページの端っこを千切ってメッセージを書いてみた。内容は続きを読ませてほしいという事と、勝手に読んでしまった事への謝罪。これをルーズリーフと一緒に本に挟んで元の棚に戻しておいた。


 気づいてくれるといいな。


 そんな気持ちを胸に九条さんの元へ。九条さんは、一冊の本を抱えていた。


「読む本決まった?」


 俺がそう問うと、九条さんは満足そうに微笑んで頷いた。


「桐崎くんは、決まらなかったの?」


「え? あぁ……決まってないというか、決めたというか……あはは……」


 勝手に読んだ著者も分からない小説。それに決めたなんて、はっきりとは言えなかった。


「そっか! もう少し探す?」


「いや! 大丈夫! 帰ろっか!」


 そう言って鞄を背負い直す。すると九条さんは、落ち着きなくソワソワとし始めた。


 いったいどうしたのか。そんな疑問を浮かべながら、九条さんの頭上を見るとメーターは真っ赤に染まっていて、上の方がプルプルと震えていた。


「その……誰もいないね」


「え?」


 辺りを見渡すと、俺たち以外誰も居なくなっていた。図書委員の人もトイレに行ってしまったのか、見当たらない。


 再び九条さんに視線を戻すと、九条さんは本を抱えたまま、指を忙しなく絡めていた。


 静かな図書室内。さっきから視線を落としたり、こっちを見たり。九条さん、どうしたのだろうか。


「その……世界に、私たち二人だけ……みたいだね」


 呟くように、そう言った九条さん。声が小さくて聞き逃してしまいそうだった。


「え? あぁ、うん。そうだね」


 九条さんのメーターが今にも天井を突き抜けそうになっている。というか九条さん、そんなメルヘンチックなこと言うんだ。


 凄い違和感。きっと何かを伝えようとしている……。察するんだ……。


 思考を巡らせる。世界に二人しかいない。もし、そうなったら何を思う? 俺だったら……いや、まずはどう生活していけばいいか不安になっちまうな。


 よく分からない考えに行き着いてしまい、腕を組む。すると、九条さんが、一歩俺の方は寄ってきた。そして、ゆっくりと右手を俺の方へ伸ばす。


 耳を真っ赤に染めた九条さんの手が、俺の手に触れそうになる。と、その時だった。


 ガラリと図書室の扉が開く音が聞こえた。その音に反応するように、九条さんは手を引っ込める。そして俺と一緒に扉の方に目を向けた。


 そこには、アッシュグレーのショートカットが特徴的な女子がいた。切れ長の目で落ち着いた雰囲気を感じる。ちなみに好感度は30。


 その女子は目線だけをチラッとこちらに向けると、すぐに前へと向き直って、書棚の方へ消えていった。


 ビックリしたぁ……。引きつった顔のまま、九条さんの方へ向き直ると、九条さんも顔を引きつらせていた。


「帰ろっか」


「う、うん!」



 図書室を出て誰もいない静かな廊下を歩いていく。結構、長い時間いたんだろうな。日も傾いている。


 外から微かに聞こえる運動部の声と、雀の鳴き声。そんな小さな音に意識が向いてしまうくらい、俺と九条さんは静かに、そしてゆっくり廊下を歩いていた。


 気付けば昇降口に着いていた。俺は四組の、九条さんは六組の下駄箱へと分かれた。すると廊下側から、走る足音が聞こえてきた。足音が消えると、下駄箱の向こう側から、男子の声が聞こえてきた。


「九条さん!」


「は、はいっ!」


 声をかけられたことに驚いたのか、声が裏返っている九条さん。声をかけた男子は、緊張した様子で喋り続ける。


「あ、あの……これ受け取ってください!」


「えっ? あっ……えっと……」


「返事はいつでもいいんでっ!」


 男子は九条さんの言葉を遮りそう言うと、昇降口を出ていった。その横顔はすごく緊張している様子だった。いったい何を渡したのだろう。


 靴を履き替え、九条さんの元に行く。九条さんの手には、水色の手紙が握られていた。俺がそれを凝視していると、九条さんは焦ったような表情を見せる。


「あ、あのね、その……」


「あはは、大丈夫大丈夫! ラブレターって凄いね。渡されるの初めて見た」


「う、うん。ごめんね」


「え? いや、謝ることじゃないよ」


 何を申し訳なく思っているのだろう。一つも悪いことしていないのに。


 暗い表情の九条さん。ここはどうにかして話を逸らさないと。


「いやー、てか、あれだね。うん。こういことってよくある?」


 精一杯おちゃらけながらそう聞くと、九条さんは「うん。たまに」と気まずそうに答えた。


 いかん、間違えた……。別に俺は何とも思っていないんだけどな。むしろ嬉しいというか、誇らしいというか。


「て、てかさ! 俺、改めて実感したよ! みんなから好かれる九条さんと、こうして一緒にいられる幸せ! 本当最高!」


 身振り手振り激しく言うと、九条さんは笑ってくれた。


「ふふ、ありがとう。でもね、私は桐崎くんが好きでいてくれたらいいの。ううん、桐崎くんにだけ好かれたいの」


「く、九条さん……」


 恥ずかしくなってしまう。ドキドキするし胸がこそばゆい。凄い落ち着かない。


 後頭部をかきながら、頬を緩ませる。すると、九条さんは憂いを帯びた笑みを浮かべた。


「桐崎くんは、こういうことある?」


「こういうこと?」


「その……手紙を貰ったりとか……」


「いやいや、ないない。基本、女子に好かれたことないから。九条さんだけだよ。俺のこと好きって言ってくれたの」


「そっか!」


 そう言って歯を見せた九条さん。でもどこかぎこちないというか。頭上のメーターもほんの少ししか満たされていないし、青色だ。


 なんというか、今日は失敗しちゃったな。

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