第32話 神代楓3

 その日の夜、俺は家で七竜物語の続きを読んでいた。自室の勉強机にルーズリーフを広げ、時間も忘れて読みふけっていた。


 いやぁ、面白い。戦闘描写はあまりないけど、謎解きが多くて読み応えがある。


 そうだ。また感想を書いてみよう。


 ルーズリーフを一枚取り出し、良かった点を書いていく。それと、気になった点も書いてみた。俺の読解力が足りなかったのかは分からないけど、引っかかった部分。指摘というより質問風に書いてみた。


 変な印象にならないか、何回も見直しをして、七竜物語と一緒にまとめておいた。


 そして、次の日の朝。春輝と美来より早めに登校した俺は、図書室にやってきた。早朝のこの時間。図書室はいつにも増して静かなものだった。


 早速、前と同じように、手紙と一緒にルーズリーフの束を挟んでおく。返事はいつになるか分からないけど、帰りに覗いてみよう。


 そんなワクワクした気持ちを胸に、教室へと向かう。教室が見えてくると、なにやらおかしな光景が広がっていた。


 教室入り口に、男子数名が群がっているのだ。何事かと思い、近づいてみると男子達は、一人の女子の後ろ姿を見つめていた。


 アッシュグレーのショートカットの女子が教室入り口で、顔半分だけを覗かせて、クラスの中を見つめている。好感度は50を示していた。


 何をしているんだと不思議に思いながらその横を通って教室内へと入る。その過ぎ去り際に、横目で顔を見る。


 神代さん?


 その女子は、無表情でジーッと教室内を見つめていた。すると、俺の存在に気付いたその女子は、目線だけを俺に向けた。そして、目が合った瞬間、その女子は口を小さく開けて「はっ!」と言うと、走り去ってしまった。


 いったい何してたんだ? というか、好感度50もあったっけ? 最初いくつだったっけなぁ……。それよりなんで少し好印象みたいな感じなんだろう。


 謎しかない。頭の中で「んー」と唸りながら席に着く。そして腕を組みながら目を閉じていると、肩を叩かれた。


「桐崎くん?」


「ん? あっ、九条さん。お、おはよっ!」


 顔を向ければ、九条さんが微笑んでいた。ちなみに今日も眼鏡である。眼鏡姿もまた、可愛ずぎる。


 と、見惚れていると、九条さんは俺の横の席に座った。そして何やら楽しそうに微笑む。


「小説どうだった?」


「うん。面白かった! 久々に夢中になったというかさー」


「そっか! いいなー」


 何がいいのだろうか。と疑問を顔に浮かべる。すると九条さんは続ける。


「桐崎くんを夢中にさせるモノを作れるのが、羨ましいなって」


 そう言って照れ臭そうに笑う九条さん。俺は君に夢中なんだけどな。伝えたいけど、恥ずかしすぎて口を結んでしまう。


 すると、九条さんは脇を締めて気合の入った顔を見せる。


「私も頑張らないとっ!」


 可愛いなあ。って、いかんいかん。俺も頑張らないとだよな。ボケっとしてたらいけないよな。よしっ!


「九条さんっ! その……お昼さ……二人で食べない?」


 小さな声でそう誘うと、九条さんはモジモジと体を揺らしながら頷いてくれた。ちなみに、メーターは真っ赤っかになっていた。


 そしてやってきた昼休憩。チャイムが鳴ると同時に美来と春輝がやってくる。


「あーっ、やっと昼だよ。しんどっ」


「はは、まあ古典は眠いよねっ」


 と、疲れた様子の二人が、俺の近くの席に座る。俺は、購買に向かうついでに二人に告げる。


「ごめん。今日、九条さんと二人で食べる約束なんだ」


 そう言うと二人は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。そしてちょっと間を置いて、美来が笑いだした。


「あはは、そんな深刻な顔すんなし。何事かと思ったわ。いってらっしゃーい。んじゃ春輝、一緒に食べよっ」


「うん」


 春輝が優しく頷いたのを確認し、俺は購買へと向かった。九条さんと二人でお昼ご飯。楽しみすぎて、鼻歌交じりで廊下を歩いてしまう。しかしその途中、何か違和感が走った。


 視線を感じる。何者っ?!


 バッと勢い良く振り返る。しかし、特に誰かが俺を見てるという様子はない。


 気のせいか。


 それから、いつものパンを買って、九条さんのクラスへ。高鳴る鼓動を抑え、教室前に着くと、九条さんはすぐに駆け寄ってきてくれた。


 目が会う度に、心が満たされる。笑顔を向けてくれる度に、心が温かくなる。


「い、行こっか」


「う、うん!」


 そらから黙ったまま空き教室に来た俺と九条さんは、机を向かい合わせにして昼食を取り始めた。


 辺りを見渡せば、男女のペアが二組いた。付き合っているんだろうな。なんかイチャイチャとした雰囲気を感じる。さり気ないボディタッチとか、自然だなーと眺めてしまった。


 はっ! 見過ぎた!


 サッと九条さんに視線を戻せば、頬を染めて上目遣いでこちらを見ていた。そしてボソっと一言呟く。


「な、なんか、緊張しちゃうね」


「う、うん」


 それから結局面白い話一つできずにお昼は終わってしまった。相変わらず格好がつかない。


 ふと、一緒にいた男女ペアの人達を思い出す。


 俺もあんな風に、九条さんに触れたりしたいな……。って、いかんいかん。欲望突っ張らせて、嫌われたくないし。


 そして迎えた放課後。今日も図書室へ向かおうと廊下に出る。すると九条さんが待っていてくれた。


「桐崎くん、図書室行こっ!」


「うんっ!」


 優しいな。わざわざ付き合ってくれるなんて。


 そして図書室に着いた俺と九条さんは、「続き挟まってるといいね」なんて話しながら扉を開ける。すると、腕輪物語が置いてある棚の前で、ルーズリーフの束を眺める神代さんの姿が目に映った。


 あ、あれって……。やばい、他の人に見つかっちゃった。


 そんな焦りを覚えながら立ち尽くしていると、神代さんが顔だけをこちらに向けた。目が合うと、神代さんは小さく口を開けて、ルーズリーフの束をたたんだ。そして、ゆっくりとこちらに歩いてきた。


「これ、あなたが書いてくれたの?」


 無表情でそう言った神代さんは、俺の感想が書かれたルーズリーフを広げた。


「え? あ、そ、そうです」


「そうなんだ」


 目線を落とし、少し口角を上げた神代さんは、俺の感想が書かれたルーズリーフを大事そうに両手で握った。


 ヤバイ。知らない人に俺の感想を見られてしまった。メチャクチャ恥ずかしい。


「え、えっと……その感想なんだけど……」


 と、歯切れ悪く言うと、神代さんは眉をキリッと釣り上げる。


「その……指摘についてだけど、具体的に教えて」


「えっ?」


 指摘について教える? えっと……ちょっと待って。もしかしてその……。


「この七竜物語だけど、神代さんが書いてる?」


 俺がそう問うと、神代さんは真面目な顔して深く頷いた。


「えーっ?! ま、マジか。あ、えっとその……初めまして。桐崎冬馬です。本当、毎度楽しませてもらってます」


 そう言って軽く頭を下げると、九条さんも自己紹介をする。


「九条桃華です。よろしくお願いします」


 すると神代さんも自己紹介をしてくれた。


「神代楓です。それじゃ冬馬、早速指摘について教えて」


 と、冬馬……? いきなり下の名前で呼び捨てなんだ。ちょっと驚き。


 と、狼狽えていると、横の九条さんも何やら驚いたような顔をしていた。


 二人揃って固まる。そんな俺たちを無視して、神代さんは長机に座っていた。


「早く」


「あ、はい……」


 机に座ると、神代さんは俺の感想を指差す。


「冬馬、この指摘についてなんだけど、ヒロインが主人公に好意を抱くキッカケが分からないってどういうこと?」


「あー、えっと。ヒロインなんだけど、仲間になってから、知らぬ間に好意抱いてるなーって。もしかして最初から好きだったとか?」


「違う。徐々に好きなった感じなの」


「そ、そうなんだ。なるほど……」


 と、半ば納得いかない俺が首を傾げていると、神代さんはズイっと顔を近づけてきた。


「冬馬と桃華はその……どういう関係なの?」


 すると、九条さんはあわあわと口を開けたり閉じたりして、落ち着きをなくす。


 いざ、聞かれるとメチャクチャ恥ずかしくなるな。


「え、えっと付き合ってます」


 後頭部をかきながら答えると、神代さんは顎に手を添えて難しい顔をする。そして、「あっ」と声を漏らすと、また顔を近づけてきた。


「いい考えがある。二人を観察させて」


「か、観察……?」


 観察ってなんだ? 唐突にに出てきた訳の分からぬ単語に、目をパチパチとさせる。すると神代さんは、少し不機嫌な表情を浮かべた。


「好きだとか、好かれるだとか分からないの。二人を観察すれば、勉強になると思うの」


「べ、勉強……」


 理解が追いつかない。横の九条さんも口を結んで、目を白黒させている。しかし、神代さんは、そんな俺たちを無視して満足そうに頷いた。


「それじゃ、そういうことでよろしく」


 そう言って神代さんは、立ち上がるとそのまま図書室を出ていった。


 まるで嵐が去ったような静けさ。俺と九条さんは、訳が分からないと言いたげな顔で見つめ合うのだった。

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