第18話 雪村希4

 学校から出発して数分。バスガイドさんによると、目的地まで二時間程かかるとのこと。ガイドさんが丁寧に説明をしているのだが、みんな聞く耳持たずで騒ぎまくっている。


 そんな調子が続くこと約二十分、バスは高速道路に入った。ここからは変わらない景色だ。ちょっと残念だな。なんて考えてしまったが、さすがはバスガイドさん。ここぞとばかりに、提案を持ちかける。


「みなさんは、映画とカラオケ、どちらが好きですか?」


 その言葉に、クラスメイト全員の視線がバスガイドさんに向く。そして「映画!」とか「カラオケ!」などの声が飛び交い始めた。


 最終的に多数決でカラオケになったのだが、バスに搭載されているカラオケは古くて、みんなの選曲はやたら渋いものになっていた。


 そんな感じで、終始退屈することなく目的地までの移動を楽しんだ。そして長いこと走ったバスが止まった。バスを降りて深呼吸を一回。ここは海が近いらしく、ふんわりと潮の香りが鼻を通った。


 バスを降りれば、みんな一か所に座らされ、ありがたいお言葉を頂く。そして、長ーいお話が終わり、カレー作りが始まった。


 ここからは班ごとに分かれての作業なのだが、俺含め春輝以外が戦力外。野菜のカットは、やたらデカイしで、とても良いカレーとは呼べない物ができてしまった。


 ま、形が悪くても、みんなで作ったという、いわば雰囲気的調味料のお陰で、カレーは凄く美味しかった。


 そして、とうとうやってきた自由行動。先生からのお約束事項が終わると、一斉にみんなが動きだす。


 この時を、どれだけ楽しみにしていただろうか。九条さんと約束してから、今日という日まで。日に日に膨んでいった期待感が今、弾けそうだ。


 と、締め付けられるような思いを噛みしめていると、後ろから勢いよく肩を組まれた。


「きーりさきーっ! アスレチック、行こうぜっ!」


 顔を向ければ、無邪気な顔した五美が歯を見せていた。


「え、あぁ……ごめん。その、先約があってな」


 申し訳ないと顔を引きつらせながら言う。しかし、五美は止まらない。


「なんだよー、つれないなー。一緒に遊ぼうぜ!」


「あぁ……それが……」


 九条さんと二人で遊びたい。なんて言えないんだよなぁ。でも、遊びたい。と、戸惑っていると


「五美、俺と遊ぼうぜ」


 声の方に顔を向ければ春輝がいた。春輝は歯を見せて笑うと、五美の肩に腕を回す。そして半ば強引に五美を引っ張っていった。


「き、桐崎ーっ!」


 五美が俺の名を呼びながら片手を伸ばす。


 ありがとう、春輝!


 五美には申し訳ないが、これで良し。そう安堵のため息をついたその時だった。


「桐崎くん、やっほ!」


「ゆ、雪村さん?!」


 今度は雪村さんの登場だ。まさかの事態に目を見開いてしまう。


「ちょっと何その反応。失礼すぎ! それに顔引きつらせるの禁止でしょ!」


「ご、ごめん。それで何か用?」


 九条さんはどこだ?! 目線をいろんな方向に飛ばしながら、雪村さんに問う。すると雪村さんは、不機嫌そうな顔をする。


「別に桐崎くんに用はないけど? 七瀬くん、どこにいるか知らない?」


「春輝なら、あっち行ったよ!」


 大袈裟に指をさしながら早口で言う。すると、雪村さんは腕を組んで、頬を膨らませる。


「なーんか、かんに触るなぁ。ま、いいや。それじゃね!」


 そう言って雪村さんは駆け足で去っていった。今度こそ一安心。もう一度ため息をつくと、またも俺を呼ぶ声が飛んできた。今日一番聞きたかった声!


「き、桐崎くん! ご、ごめんね、待たせちゃって」


「だ、大丈夫! そ、そ、それじゃ行こうか!」


 いつも以上に吃ってしまう。ここからは、ふ、二人なんだよな。凄く緊張する。そんな俺の緊張が伝わってしまっているのか、九条さんの表情も硬いような……。


 こうして俺と九条さんは、できる限り人目につかないように、フィールドアスレチックが体験できる場所まで移動した。


 さて、着いたはいいけど、ここで困ったことが一つ。なんと、アスレチックしかないと思っていたこの場所に、近くの林の中を歩くウォーキングコースなるものが用意されていたのだ。


 アスレチックで激しく動くより、まったり歩く方が良いのでは……。そんな悩みが出てきたのだ。


「ウォーキングコースもあるんだね。九条さんは、どっち行きたい?」


 チラッと目線だけを向けると、九条さんも目線だけを俺に向ける。


「ウォーキングコースがいいな。まったり歩きたい」


 そう言って微笑む九条さん。けど、ちょっと元気がないような? 気のせいかな? いや、どちらにしろ、盛り上げなくては!


「お、俺も同じこと考えてた! その……奇遇だね!」


 そう言って笑ってみる。すると九条さんも笑ってくれた。そして林の中へ足を進めていく。


 柔らかい風が吹いて、葉がサワサワと擦れる音が聞こえる。鳥の鳴き声もして、とても静かで落ち着く場所だ。


 って落ち着いてる場合じゃない。毎度思うが沈黙はダメでしょうよ。


「なんかここ、涼しいよね!」


「うん、気持ちいいよね」


 会話が止まってしまう。いつもの、緊張による沈黙じゃなくて、いつもと違う沈黙。なんか、気まずい。


 視線は足元に向いてしまう。どうしたんだろう。なんで元気ないんだろう。


 俺、なんかしちゃったかな。でも、好感度は100だし。俺が原因じゃなかったりするのだろうか。どちらにせよ、力になりたい。


「九条さん、その……何かあった?」


 そう尋ねると九条さんは、大きく首を横に振る。


「う、ううん。何もないの。そ、そのごめんなさい……」


「そっか! あっ! そうそう。お昼のカレーどうだった?」


 そう聞くと、驚いたのか、九条さんは目を見開く。話が唐突すぎたかな?


「美味しかったよ。結衣ちゃんが切った玉ねぎ大きくてね」


 そう言って笑いだした九条さん。やっぱり大きく切っちゃう人っているよね。というか如月さん、料理不慣れなのかな?


「あはは、うちも同じ感じ。もう春輝以外ダメダメでさぁ。野菜類全滅」


 思い出したら笑えてきた。すると、九条さんもつられてか笑ってくれた。


「七瀬くん、料理得意なの?」


「んー、得意なのかな? まあ、春輝は器用なやつだからね。本当、非の打ち所ないよなー」


 そう言って自嘲的に笑う。すると、九条さんは優しく微笑んだ。


「不器用でも一生懸命な人……素敵だと思う」


 そう言って照れたような笑みを浮かべる九条さん。なんだか俺も照れくさくなってしまうな。


 それからバス内での話とか、色々な話をしながらウォーキングを楽しんだ。すると、【中間地点】という標識が見えてきた。


 もう半分か、早いなー。と、考えていると標識の陰から人が出てきた。なびく亜麻色のサイドテール。整った横顔と鋭い眼光。あれは……。


「如月さん?!」


「桐崎、選手交代よ! 桃華との思い出を独り占めなんてさせないわ!」


 ズビシと人差し指を俺に向ける如月さん。驚きのあまり、顔が引きつる。隣の九条さんも驚いた様子だ。


「ゆ、結衣ちゃん?! ど、どうしてここに?」


「桃華、あたしのセンサを舐めないで! って、それよりも酷いじゃない! 自由行動は先約があるからって! あたしも桃華と思い出作りたいよー」


 涙目の如月さんが九条さんの元へ駆け寄る。そして抱きついた。九条さんは、広げた手を優しく包み込むようにして如月さんを迎えた。


「ご、ごめんね結衣ちゃん。そうだよね。思い出作りしなきゃだよね」


 そんな様子を眺めていると、九条さんの二の腕あたりから、如月さんが顔を覗かせる。その表情は、何やら勝ち誇ったような感じだ。


「それじゃ、そういうことだから! 桃華は頂くね」


 如月さんがそう言うと、九条さんは申し訳なさそうな表情でこちらを振り向く。


「俺は、大丈夫! 満足度200%ってくらい楽しんだから!」


 そう言って歯を見せてサムズアップ。すると九条さんは、安心したような優しい笑みを浮かべた。


「ありがとう桐崎くん。行ってくるね」


「うん! 今日はその……ありがとう! 本当、楽しかった!」


 本当はちょっと寂しいけど、バレないように大袈裟に笑って手を振る。すると九条さんも小さく手を振って、如月さんと歩きだした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る