第17話 雪村希3

 雪村さんと分かれた俺は、一旦トイレへ。紙パックジュースの中身を処理して、ベタついた手をしっかり洗った。


 ふースッキリ! と購買に戻ると、人の数は減っていた。これは買いやすくなったなーなんて考えていたけど、パンの数も減っていた。


 変なのしか残ってないな。そりゃそうだよな。


 ゲンナリしながら、パンを適当に買って教室へ向かう。教室入り口が見えてくると、そこには九条さんがいた。その横顔は何やら困ってそうだ。


「あれ、九条さんどうしたの?」


「あ、桐崎くん。その……」


 そう言って教室内に目を向ける九条さん。それをたどる様に、俺も教室を覗く。すると何時ぞやの光景が。


「雪村さん、どうしたの?」

「良かったらお昼どう?」

「こっち空いてるよ!」


 俺の席周りに群がる男子諸君。可愛ければ何でもありの様だ。そんな様子に呆れながら立ち尽くしていると、人混みの中から雪村さんの顔がヒョッコリ出てきた。


「あっ! 桐崎く〜ん! 早くぅ〜」


「え? あぁ、うん」


 そう言って足を進めようする。すると、シャツの袖口を掴まれた。振り返れば、不安そうな顔した九条さんが。


「ど、どうしたの?」


 袖口を掴まれるという、中々にドキドキするイベントに、吃りながら聞いてしまう。しかし、九条さんは口を結んだまま俺の目を見ていた。


 どうしたんだろう? 行きたくないのかな。まあ、人多いし、落ち着かないよね。


「その……場所変える?」


 目線だけ向けながら言ってみる。すると、九条さんはスカートの裾と弁当箱の袋をギュッと掴んで、力強く頷いた。


 何故、言葉を発しない……。


 そして空き教室にやってきた俺と九条さん。適当な席に座ってお昼ご飯を食べることに。


 九条さんと二人きりでお昼を食べられる! そんな感じで舞い上がりそうだったのだが、何だこれは……。


 てっきり、机を向かい合わせにしてーなんていう憧れのシチュが生まれるかと思ったのだが、横に並んだ状態になっている。


 確か春輝とは向かい合わせでお昼してたよな……。この差はいったい……。


 それから黙々とお昼ご飯を食べていく。ヤバイヤバイ。話すこと話すこと!


「く、九条さんって、いつもお弁当だよね! もしかして、自分で作ってたりする?」


「う、うん!」


「おぉ! 凄いね!」


 す、すげぇ。毎朝早く起きてお弁当作るなんて……。俺はその時間すら惜しくて寝てたい派。


 と感心してると九条さんは続ける。


「そんなことないよ。元気ないときはサボっちゃうから」


「いや、それでも凄いよ! 料理とか好きなの?」


「ううん。特別好きじゃないの。自分のことは自分でやるっていうのが、うちの方針だから」


 そう言って微笑んだ九条さん。厳しそうだな。俺なんて、自分のことでさえも母さんに投げっぱなしなのに。


「そっか! でも本当凄いと思う! きっと九条さんの力になるよ」


「ありがとう」


 頬を紅潮させながら、優しく微笑む九条さん。なんか顔が熱くなる。調子こいて褒めすぎたかな?


 と、何とか会話できた昼休憩。俺と九条さんは、それぞれの教室に戻る。あー夢のひとときだったな。なんて考えながら自分の教室に入ろうとすると、入り口で雪村さんとぶつかりそうになった。


「わぁっ?!」


「うわぁっ?! もお……桐崎くんか。ちゃんと前見て歩いてよ。それともぉ、わざと? 私とぶつかりたかった?」


 そう言って、雪村さんは意地悪な笑みを浮かべる。


「そんなわけないでしょ」


「なーんだ。あっ! それはそうと、ちょっと聞いてよ!」


 そう言って雪村さんは、俺の襟を掴む。そして人気のない所まで引っ張っていった。


「な、何するんだよ」


「ねぇ、浅宮さんって七瀬くんの彼女なの?」


「はぁ? いや、ただの幼馴染だよ」


「じゃあ、何よ! あのガード力! 縄張り意識の強い肉食獣みたいな!」


「いや、知らないよ……」


 まあ美来はなぁ……。俺や春輝のことについては、何かとオーバーになるからな。


「何とかしてよ」


「いや、何とかって言われても……」


 低い声で言われると、頬が引きつってしまう。何とかって言われてもどうしようもないのだ。すると、雪村さんは小さなため息をつく。


「はぁ……。まあ、そうだよね。まあ、そう簡単に事が進んでもぉ、歯ごたえがないみたいな?」


「はぁ……」


 美来じゃないけど、俺も調子狂うなぁ。本当デレなくて良かったと思うよ。


「それじゃ、またね!」


 そう言って雪村さんは、走り去っていった。その後ろ姿を眺めながら思う。


 こんな調子がこれから続くのかと。先が思いやられてしまうな。


 そんな俺の予想は、もちろん外れることなく、雪村さんの接触は毎日のように続いた。


 依然として好感度はマイナスのまま。日によっては、マイナス90くらいになったりと、上がったり下がったり。原因が原因なだけに目標の30は難しそうだ。


 そして、とうとう迎えた遠足の日。朝のホームルームが終わると、一年生全員が一斉に外へ動きだす。校門を抜けると、綺麗に並んだバスが七台停まっていた。俺たち四組のバスは四番目ということで、バスとバスガイドさんを見ながら歩いていく。すると五美が騒ぎだす。


「うひょー! 二組のバスガイドさん、めっちゃ可愛いじゃんよ!」


 それにつられ、他の男子達もバスガイドさんをジロジロと見だす。


 確かに綺麗な人多いよなぁ。さて、俺達四組のガイドさんはどんな人なのかな?


 そして四番目のバスが見えたきた。すると


「うわぁー! 何故だぁーっ!」


 五美が頭を抱え、叫んでいた。まあ言いたいことは分かる。俺達四組のガイドさんは、貫禄溢れるお方だったのだ。


 五美の取り巻きも、あからさまにゲンナリした様子だった。こうしてバスに乗り込んだ俺達。席に座れば、もうお祭り状態で、クラスメイトみんながはしゃいでいた。


 もちろん俺もハイテンション。やはりこういうイベントって、いつもとは違う非日常感のようなものがあって、ワクワクするよな。


 と、窓から校舎を見ていると、横に座っている春輝が肩を軽く叩いてきた。


「冬馬、食べるか?」


 振り向けば、スティック状のポテトスナックを持った春輝が微笑んでいる。


「まだ、出発してないだろ」


 そう笑いながら言うが、お菓子は受け取る。いつも落ち着いている春輝も、この様子だ。


 あー楽しみだ! 待ってろよ! 遠足ぅ!


 前のバスが発進すると、俺達のバスも続いて発進する。窓に映る景色が移り変わる。まだ見ぬ景色を求め、一年生初の大イベントが始まった。

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