第19話 雪村希5

 さて、どうしたものか。ま、歩くか。


 一人、トボトボ歩いていく。春輝や美来と合流するにしても微妙な時間だし、呼び出すのも申し訳ないしな。と、大きなため息をつくと、目の前には分かれ道が。


 なになに、通常コースと迂回コース。へぇ、まあ暇だし迂回するか。


 九条さん達は通常コースだろうか。春輝は涼んでいるのかな。美来はアスレチック制覇してそうだな……。と、変なことを考えていると、小川が見えてきた。透き通った綺麗な水。水温が低いのか、近寄ると冷たい空気を感じる。


 気持ちがいいな。そんなことを考えながら視線を移す。すると、少し遠くのベンチに人が一人座っていた。


 雪村さん……?


 目を凝らしてみる。やっぱり雪村さんだ。あんなところで一人、何してるんだ?


 気になってしまった。近寄っていくと、雪村さんは、遠い目で小川を見つめていた。物憂げな横顔だ。


「こんなとこで何してるの?」


「げっ?! 桐崎くん?!」


 声をかけると、相当バツが悪いのか、顔を引きつらせる雪村さん。こんな顔もするのか。


「人を怪物みたいな言い方しないでよ」


「いきなり声かけてくる桐崎くんが悪いんでしょ?」


「そっか、ごめん」


 頭を下げて謝る。すると、雪村さんはプッと漏らすように笑った。


「おかしな人」


「元からですよ。で、どうしたの? 元気なさそうだけど」


「別に。ただ、暇してるだけだよ。というか、桐崎くんこそ、何してるの? 一人でこんなところに。友達いないの?」


「い、いや……交代したというか、何というか、急に暇になったというか……。あっ、春輝は誘ったの?」


 そう聞くと、雪村さんは視線を落とした。


「勿論振られましたよ? 分かってました」


「そっか。他の友達とかと遊んだりはしないの?」


「あはは、私ぃ、友達ゼロなんです」


 そう言って雪村さんは、可愛らしい笑みを浮かべた。とても演技臭い作り笑顔。


「え……そ、そっか。その……ごめん」


 地雷を踏んだ気がする。良いフォローもできない。自己嫌悪。


「別に良いですよ? 気にしてないし。慣れっこです」


 そう言ってまた笑う雪村さん。俺はどうしていいか分からず困った顔をしてしまう。


「そんな顔しないでよぉ。ほらっ! 私さ、男子からは、ちょー人気じゃん? 女子はそれが気に入らないみたいでね。誰かが私のこと好きになると、なんか盗られたとか、すぐ騒いじゃう始末。女子からの好感度ちょーマイナスみたいな?」


 そう言って人差し指を頬に当てる雪村さん。原因とは言わないけど、色々分かってるのに、なんで対策しないんだろう。


「その……なんていうかさ。言ってしまえば、モテない様にしようとかは、しなかったの? 変なこと聞いてごめん」


 視線を落としながら聞く。すると雪村さんは、小川に視線を移した。水面から小魚が一匹跳ねる。


「しないよ。自分を殺してまで、そんな付き合いとかしたくないし」


「今の雪村さんは、素なの?」


「えっ……?」


 雪村さんの見開いた目が俺を捉える。俺はそれを見つめ返す。


「俺には、今の雪村さんも自分を殺しているような気がするよ」


「ば、馬鹿なこと言わないでよ!」


 声を荒げる雪村さん。開ききった目に、震えている唇。


「あはは、そうやって怒ったりしてるほうが、いいと思うよ。作り笑いなんかより、なんか凄く安心する」


 そう言うと、雪村さんは口を結んで固まってしまった。そして、顔をプイッと逸らすと、小さな声で話しだす。


「怒られるほうが安心するとか、キモいんですけど」


「あはは……確かに。でも、今の感じの方が良いよ。その……俺に対する感じでいけば、きっと、みんな好感触だよ!」


 そう言って笑みを見せる。すると、頬を染めた雪村さんが目線だけを俺に向ける。


「い、今更キャラ変えられないよ」


「まあ、難しい……よね。でも少しずつ! みたいな? ほら、まだ高校生活始まったばっかだし! なんなら、俺も協力するし。裏表なんて蹴っ飛ばしてさ、素を出してこうよ!」


 そう言ってサムズアップしてみる。すると雪村さんは、眉尻を下げて口角を上げた。


「やっぱり、おかしな人。邪魔って言っても近寄ってくるし、怒られたいだとか、協力したいだとか……キモすぎるし」


「あはは……凄い言われよう……」


 乾いた笑いが出てしまう。口角を引きつらせると、雪村さんは笑った。とても自然な笑いだ。


「ふふ、それじゃ早速協力してよ」


「え? なになに?」


「その……私と友達になって」


 そう言って照れくさそうな上目遣いをする雪村さん。思わず背筋が伸びる。


「も、勿論!」


 そう答えると、雪村さんは文字通り満面の笑み浮かべた。俺も笑みがこぼれる。ふと、目線を上げれば、雪村さんの好感度は100になっていた。


 ば、爆上がりとかいうレベルじゃねぇぞ?!


 これで一件落着。自由行動の時間も迫ってきた。俺と雪村さんは、少し早足で迂回コースを歩いていく。その途中、遠慮のなくなった雪村さんは、俺に口撃を仕掛けてくる。


「んー、なんで桐崎くんは私にデレなかったのかなー? 如何にも女子慣れしてなさそうなのに。まあ、七瀬くんがデレてくれないのは分かってたけどねー」


「酷いなー。そういえば、雪村さんは、いつから春輝の事が気になったの?」


「えぇ? 別に気になってないし。ただ大人気の七瀬くんをゲットできれば、私の事嫌いな女子達に一矢報いてやれるって思っただけ」


「あはは……」


 流石だなー。乾いた笑いが出てしまう。顔を引きつらせていると、雪村さんは豪快に笑った。


「あはは。もう、それもおしまい! 次はちゃんと好きな人を見つけて、純粋に楽しむ!」


「だね」


「桐崎くんも頑張ってね。九条さん、人気高いからねぇ。私には及ばないけど?」


「んっ?! ゲホッゲホッ」


 気管支に何か入ってしまった。バレてたかー……。


 と、からかわれながら、ウォーキングコースを抜けた俺達。林の中を抜けると、燦々と輝く太陽とが迎えてくれた。そして、九条さんも迎えてくれた。


「桐崎くん……」


「あっ! 九条さん! こんなとこでどうしたの?」


 また会えた! そんな嬉しさのあまり駆け寄ってしまう。ニコニコと嬉しさいっぱいの笑顔を向けるが、九条さんの表情は沈んでいた。


 あれ……どうしたんだろう?


 そんな不安が心を覆う。すると雪村さんが、九条さんの隣につく。そして、ズビシと人差し指を俺に向けた。


「言っておくけど。私、友達になってとは言ったけど、それ以上はお断りだから。第一、顔が好みじゃないし。それじゃね!」


 えっ……いきなり何? 雪村さんは散々なことを言うだけ言って、ウィンクを飛ばすと、どこかへ歩いていった。


「あはは……無茶苦茶だよ」


 苦笑いをしながら、九条さんを見る。すると、先ほどまでの暗い表情はどこへやら。なにやら嬉しそうというか、安心したようなとういか。九条さんは、口角を上げていた。


「桐崎くん! 集合場所まで一緒に行こ?」


「うん!」


 俺が満面の笑みを見せると、九条さんも満面の笑みを見せてくれる。一年生最初のイベント。遠足は最高の思い出になった。

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