第34話再びの別れ

「すまん!むりに許してくれとはいわない!

 自分が同じ目にあってやっとわかったが、

 君にどんなにいやな思いをさせて

 しまったかと思うと、

 悔やんでも悔やみきれない。」

と三条高倉邸に戻った以仁王もちひとおう

妹の式子内親王に仕えている女房である

竜寿(定家の姉)にひざまずいて謝った。親王宣下しんのうせんげこそ

受けていないとはいえ、れっきとした皇子が

一介の女房に土下座同然のポーズで

ひざまずくなんて異例中の異例である。

「頭をおあげください、宮様。

 許すも何も、あなたはわたしの仕える

 大切な姫様のお兄様なのですよ。」

と竜寿は相手の顔を立ててやったが、内心では

「ふんだ。身分が高いからって思い通りに

 女性がなびくと思ったら、大間違いですからね。

 夜中にふらふら出歩いて、男色家の怨霊が

 乗り移った男に襲われるなんて、自業自得だわ。」

と憤慨していた。

 その様子を几帳きちょうの陰から覗き見ていた

式子内親王しょくしないしんのう藤原定家ふじわらのさだいえ

目の前の光景に目を丸くした。

「自分は皇子だと自負してあんなに

 プライドが高かったお兄様が

 自分より身分が低い相手に対して

 自分の非を認めて謝るなんて、

 一体どういう風の吹きまわしかしら?

 テイカ、あなたあの晩、九条邸に居合わせて

 何があったか知ってるんでしょう?」

と式子は定家に尋ねたが、

「さあ、僕は別棟にいたもので存じ上げません。」

と定家は空とぼけてみせた。

「宮様の名誉のためにあの晩の怪事件は

 おれの心の中にしまっておかなくては。」

と悪鬼そのものといった形相で荒れ狂った

悪左府の怨霊の様子を思い出して

定家は身震いした。

「2人とも、そこにいるのはわかっているから

 隠れていないで出ておいで。」

と王に声をかけられ、定家と式子は驚いて飛び上がった。

「まろは近々この屋敷を出て、

 どこか知らない場所に行って

 新たな人生を始めようと思うのだ。」

と以仁王は妹に別れを告げた。

「せっかく戻ってきたのですから都に

 とどまって若宮や姫宮の成長を見守って

 あげてください。」

と言いながら、式子は袖で顔をおおって泣き出した。

「いや、いつまでもここにいたら、

 平家に見つかってお前たちに迷惑がかかる

 かもしれないだろう。」

と王はもっともなことを口にした。

「では叔母様(八条院)を頼られて御所にかくまって

 もらうのはいかがでしょう。」

と式子は提案したが、

「叔母様には若宮を守っていただいたし、

 これ以上迷惑かけられない。」

と王は譲らなかった。新しい夫ができた

元妻、三位局さんみのつぼねが仕えている叔母と

同居することなど耐えられるはずもなかった。

三位局との破局による痛手は大きく、

傷ついた心をいやすためにも

都落ちは必至であった。

 

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