第5話夢の通い路

 翌朝目覚めた定家さだいえ少年はひどくせき込んで高熱にうなされた。

「昨夜のことは夢だったのだろうか。それとも

 キツネにたぶらかされたのかもしれない。」

 うつらうつらしながらぼんやりと記憶の断片をたどっていたが

いつしか深い眠りに落ちて行った。

 定家は夢の中で自分が伊勢物語の主人公になっていることに気づいた。

定家の姿は少年ではなく、堂々たる体躯たいくの男になっていた。

ひょっとして顔も良くなっているかと期待に胸躍らせて

小川の水面をのぞきこんだが、いつもと変わらぬ不細工ぶりだった。

 定家は夜の闇にまぎれて式子内親王しょくしないしんのうを背負って逃げ出すとあばら家に隠れた。

式子が自分に何か言葉をかけようとしたとき、

突然誰かに揺り起こされ、目が覚めた。

「せっかくいいところだったのにどうして起こすんだよ!」

といいかけたが、なんとあのおキツネさんが枕元にいるのだった。

「今日からしばらくの間侍女になっておそばに仕えることになりました。」

というので、定家は驚いたと同時にわけがわからず呆然とした。

「なによ。キツネにつままれたみたいな顔して。ところで

 あなたったら、体の弱い姫君をあんなにむさくるしいところに

 連れて行ったら、死んでしまいますよ。

 駆け落ちなんて身の程知らずのことを考えてないで、

 少しでもあの方にふさわしい男になれるよう努力したらいかが。」

と、夢の中にまで口出しするので定家はむっとした。

「心の中で何を考えようが人の勝手じゃないか。それより

 あんたの術でおれを業平なりひらみたいな美男子に変えてくれよ。

 人間を動物にかえられるならそんなことわけないだろ。」

 キツネは定家の顔をまじまじと見て、

「ほほほ、たしかにそのご面相で高貴な姫君に

 思いをかけるなんて厚かましいですからね。」

と口元を抑えて笑ったので定家はカッとなった。

「うるさい!」と叫ぶと、枕を女にむかって投げつけた。

 しかし、女はするりと身をかわし、当たらなかった。

「そんなに元気なら、和歌を詠む稽古を始めましょう。」

というと、有無を言わさず文机ふづくえを運んできて筆をとらせた。

「なんだよ、まだ寝ていたいよ。」と定家は渋った。

前斎院さきのさいいんさま(式子)は毎日歌の道に精進しょうじんしていらっしゃいます。

 和歌の道をきわめて歌人として注目を集めれば、

 恋しいお方の目にとまるかもしれませんよ。」

という女の言葉に俄然がぜん、張り切って構想を練る定家だった。





 

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