第二十三話 「結構いい勝負するじゃねぇか」



 ディアーレンには、鐘が二種類ある。


 一つは、教会に据え付けられた時刻を知らせるモノ。


 そしてもう一つは、東西南北の門、その櫓に備え付けられたモノ。


 今日、街に鳴り響いたのは後者、激しく打ち鳴らされた鐘は、大型の魔獣の襲来を告げるモノであり。


 直後、その大型の魔獣が告げた冒険者ケインを出せ、という言葉に現場は混乱に陥った。


 然もあらん。


 冒険者の中でも、魔獣と魔物の区別が付く者は少ない。


 それが只の兵士なら、尚更だ。


 この時、フラウに対し即座に攻撃行為がなされなかったのは、観察眼に優れた兵士が配置されていた事。


 そして、アベルの根回しにより、ギルドナイトの一人がその場に居た事である。


「ヴィオラ支部長! 俺達は何時でもイケるぜ! どうすればいい!」


「こっちにはアベルのアニキが居るんだ、怖いものなんてねぇぞ!」 


「ケイン、心配すんな! 俺たちが付いてるんだからな!」


 手慣れたもので、直ちに完全装備の冒険者が血気盛んに指示を待つ中、ヴィオラは告げた。


「あらあら、お待ちなさいな。気持ちは嬉しいのだけれど、彼女は戦いに来た訳じゃないのよ。――――ね、アベル君」


 話を振られたアベルに、皆の注目が集まる。


 彼はリーシュアリア達と共に、部下達を適当な理由で、ギルドに待機させていたのだ。


 アベルは混乱するケインの肩を叩くと、皆にも聞こえる様に説明する。


「わざわざすまんな、あれは魔獣じゃない。ケインと契約を結びに来た魔物。――――何と、あの伝説の巨大狼の魔物、ハティ種だ!」


「え、えええええええええ!? アニキ!? それってっ!? 真逆、あの時のは――――!?」


 ここで漸く、先日の大型魔獣が魔物だと認識し。


 更に自分と契約を結びに来た、という情報が正しいと知ったケインは、ますます混乱する。


 周りの冒険者達と言えば、アベルの言う事なので信じたいが、そもそもケインが魔物を従えている姿など一度も見たことが無いので、怪訝な顔をして質問する。


「アベルの旦那よう! ケインが調教師ってのは知ってるが、成功すんのか? こっちを襲わない保証は?」


「成功するかどうかは、ケインの男気次第だ。保証については問題ない、伝説通り知能の高い魔物だからな、ちゃんと話は付けてある――――用心するに越したことは無いがな」


 フラウに対して、アベルは問題視していなかった。


 危ぶむのは、例の吸血する魔獣だ。


 彼女とそれらが敵対している以上、襲ってこない保証はない。


 事情は解らずとも、アベルの『含み』は理解した冒険者達は、各々の装備と――――酒とつまみを準備し始めた。


「程々にしとけよ、小物が釣られるがもしれねぇからな」


「へへっ、いざ前にしておっ立たない不能野郎はこのギルドに一人も居やしませんよ」


 酒だ酒、屋台で飯買って行こうぜ、等と彼らが和気藹々と散る中、当のケインはと言うと、情けない顔でアベルに縋る。


「あ、兄貴ぃ! 僕、僕、僕はっ――――!」


「お前が一皮向ける絶好の機会だ。何、お気に入りの娼婦でも抱く様に行けば何とかなるってもんさ」


「な、なるほどっ!?」


 特に根拠のないアベルの言葉に頷くケイン、それを聞いていたガルシアは首を傾げイレインに聞く。


「それで良いと思うか? イレインちゃん」


「…………男の人って。男の人って」


 不潔、とでも言わんばかりのイレインの様子に、リーシュアリアも同調する様に肩に手を置いた。


「冒険者の男なんて、そんなものよ。恋人を作るなら外の男にしときなさいな」


「深く、胸に刻んでおきますリーシュアリアさん…………」


 ともあれ、賽子は投げられようとしていた。





 辺境の中でも大きな支部とはいえ、ディアーレンに所属する冒険者は精々百人がいいところだろう。


 そしてその全員がその場に、街の中に居た訳でもなく。


 野次馬に集まったのは、二十人程といった所だった。


 彼らはフラウとケインを取り囲む様に、思い思いの位置に座り、酒を片手に物見をしゃれ込んで。


 当の本人達は、何も言わずただ見詰め合い、すこしの時が経っていた。


 二人に流れる空気は妙にピリピリと、共感能力で解り合っているのだろうか、アベルも含めた観客達がじれ始めた中、最初に動いたのはフラウだった。


 彼女はその巨体を屈め、その顔をケインに近づける。


 心の弱い者が見たら、今にも頭から食べられそうになっている様に見えた。


「え、ええっと、あの…………」


 冷や汗をかき、若干の恐怖と戸惑いの表情を浮かべるケインに、彼女は鼻先を押しつけてクンクンと匂いを嗅ぐ。


 そして、誰にでも解る不機嫌な顔と声で一言。



「――――――――他の女の匂いがする」



 その言葉に皆が呆気に取られ、次いで吹き出しそうになりながら、必死に笑いを堪えた。


 ぐるると不機嫌そうな喉の音に、ケインは怯みながら必死に言葉を紡ぐ。


「えっと、僕はケイン。初めまして、な、名前を聞いても――――」



「――――初めまして、だと?」



「ひぃっ!? た、食べないでぇっ!?」


 地獄の底から出された様な、怒りを伴う声にケインは思わず頭を抱えてしゃがみ込む。


 然もあらん。


 彼女としては、意を決して、勇気を振り絞って惚れた男に会いに来たというのに。


 その男からは、幾人もの少女の匂いがする上に、己の事を忘れている様な発言。


 ケインからしてみれば、事前にアベルから聞いた『フラウ』という名前に心当たりがあるものの、それは幼少期に出会った子犬の名前。


 今のフラウの姿と、一致する筈がない。


 今一つ理解が出来ない不機嫌さと、その巨体故の圧迫感、恐怖。


 彼はそれらを飲み込み、拳を強く握って叫ぶ。


「お、お願いだっ! 僕の仲間に――――」



「――――黙れ」



 が、駄目。


 フラウは取り付く島もなく遮ると、ケインの全身を一舐めして言う。



「お前とツガイになるべく此処に来たが、気が変わった。――――試練を出す」



「…………し、試練?」


 怖々と聞き返すケインに、フラウはぎょろりと睨み付けると続ける。



「条件はただ二つ、――――勝て。そして、どんな手を使っても構わぬが、お主一人挑む事」



 アベルはケインが返事をする前に、横から声をかけた。


 念のために、確認はするべきである。


「おいフラウ! 一応聞いておくが、殺すのは無しだろうな!」


「愚問だな。だが、人の尺度と我らハティ族のそれは違う。此奴の命が危険と見たならば、そなただけが割って入る事を許す」


「あいよ、こっちからは以上だ」


 フラウは頷くと、再びケインに向き合う。


 ケインは暫く躊躇った後、真剣な顔でしっかり返答した。


「――――ああ。その条件でいい。僕は君の試練を乗り越えてみせる!」


「良く言ったぜケインーー!」


「骨は拾ってやるからな!」


「精々気張れよぉ!」


 強ばった笑みで周囲の声援に応え、ケインは腰の剣を抜く。


 命の危険は承知だ、己が眼前の巨大赤狼に対抗する手段を持っていないのも承知している。


 だが、此処で逃げれば、冒険者として、そして調教師としての行く先は閉ざされたも同然。


 何より――――、男が廃る。



「…………ほう、覚悟はいいようだな」



「何時でもどうぞ」



 周囲の冒険者が、その輪を大きく広げる。


 戦いの準備が終わり、そして。



「GARUUUUUUUUUUUUUUUUUU!」



「僕だって、やってやるさああああああああああ!」



 一人の中堅下位冒険者と、伝説の魔物との勝負が始まった。


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