第39話 創造神と破壊神

 創造神の成聖者は一人で戦っていた。彼女のみが破壊神の姿を瞳に焼き付け、明確な敵意を向ける。


「天よ、喜べ、地よ、たたえよ

 造られしもの 声あわせよ

 主のよみがえりの この日を祝い

 尽きぬ喜び、われらたたえん」

 

 シャルルは自らが立つ大地を聖別していく。


「罪に打ち勝ち、死をやぶりて

 われらの心 解き放つ主

 その勝ち歌こそ 全地に満ちて

 救われしもの ともに歌う――」

 

 少女の喉がかき鳴らす旋律は力強く、平野の隅々にまで届く気さえした。


「――地よ、声たかくランカシャー!」

 

 森まで続く大地が躍動し、破壊神に向かって地柱が乱立する。

 その一つ一つが山脈に連ねんばかりの密度と大きさを有しながらも、疾走する速度で標的に襲い掛かり――残らず砕け散った。

 

 欠片一つ残らない様を見届け、三人の成聖者が胸を撫で下ろす。

 いまのは攻撃ではなく、防御の一手であった。

 

 本体は見えなくとも、〝槌〟は他の二人の目にも映る。なんらかの手段をもって、破壊神は〝槌〟を投擲していた。

 大空を逃げてきたクローネスとレイドが平野に降り立つ。


「ロネっ! これを飛ばして! 森に向かって空高く!」

 

 待っていたのか、豊穣神の〝かめ〟をシアが差し出してきた。

 頼まれるまま、クローネスは〝矢〟として受け取り、狩猟神の〝弓〟は寸分たがわず打ち上げた。

 虚空の何処かで〝甕〟が割れ、森に恵みの雨が降り注ぐ。


「よろこびと さかえに満つ

 主の日こそ われらの憩い

 つかれをも いやす神に

 わが重荷 すべて委ねん――」


 絶え間なく打ちつけられる雨粒により、人の目にも破壊神の存在が朧げに浮かぶ。森を形成しているどの木々よりも高く、大きな存在。


「――よろこびとさかえに満つオー・クアンタ・クオリア!」

 

 シアは歌いながら両手を地につけ、遠く離れた植物たちに聖別を施す。

 死んだ森がたちまち息を吹き返し、破壊神の巨体を縛り始める。

 声――に聞こえなくもない振動が森をつんざくも、土地柄によるものか植物の桎梏しっこくはびくともしなかった。


「いったい、どういう状況だ?」

 緊張の緩和を読み取ってか、ペルイが一同を見渡す。


「破壊神の成聖者は私が殺した。それによって破壊神が一時的に顕現し、暴れている」

 私を殺すまで、とクローネスは嫌そうに嘆息した。


「そうか、あいつ……死んだのか」

「シャルル、あなたの優しさは届いていた」

 

 シャルルは首を振る。

 ――違う、と。

「優しさなんかじゃない。ただ、おれがわかって欲しかっただけだ。あいつのほうが辛かったのに……!」


「そんなの関係ねぇ。あいつが、心を開かなかっただけの話だ。現におまえは同情する俺たちを受け入れた」

 誰よりも早く、ペルイが慰める。

「そもそも、悪いのはアレだろう?」

 些か乱暴にシャルルの頭を叩くと、ペルイは銛で破壊神を指し示した。


「ペルイの言う通りよ」

「うんっ、そうだよっ!」

 クローネスとシアも追従し、


「ほれっ、レイド。おまえもなんとか言ったらどうだ?」


「いや、その……なんだ。シャルル、おまえは偉い。まだ、子供なのにな」

 急に振られたレイドはしどろもどろしながらも、答えた。


「……子供は余計だっつの」

 笑って吐き捨てると、シャルルの瞳に神妙な光が宿った。

「おれは破壊神を許さない。人の運命を弄ぶ、時代遅れの神を絶対に!」 

 

 全員が頷く。


「まったくだ。神だろうがなんだろうが、好きにされてたまるかっての」

「激しく同感だな。神だというなら、一人の人間に固執しないで貰いたい」

「そうね。原初神がやる気を出す前に、私たちで片を付けましょう」

「うんっ! 今度こそ、わたしも力になるからっ!」

 

 仲間たちの顔を見比べたあと、シャルルは創造神に語りかける。

 

 ――どうか、おれに力を貸してくれ。


「来たれ、創造主たる聖霊よ

 人間たちの心に訪れ

 なんじのつくられし魂を

 高き恵みをもってみたしたまえ」

 

 ――仲間を、おれの小さな世界を守るだけの力を!


「われらが肉体の弱さを

 絶えざる勇気を持ち力づけ

 光をもって五官を高め

 愛を心の中に注ぎたまえ」

 

 ――神よ! おれの人生を縛ってきた創造神よ!


「敵を遠ざけて

 ただちに安らぎを与えたまえ

 先導主なるあなたにならって

 我らをすべての邪悪から逃れさせよ――」

 

 ――その為ならば、いま再びあなたに祈ろう!


「――来り給え、創造主たる聖霊よウェーニー・クレアトール・スピリトゥス

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