第40話 総力戦、神と人と神となった人

 か弱き少女を依代にして、ここに創造神が降臨する。

 同じ次元に立つことで、シャルルは更に鮮明に破壊神が理解できるようになった。

 

 形としては人に似ている。手があり足があり、頭がある。

 されど、顔はない。

 そして、身体もあやふやで確固とした実体を保っていなかった。

 

 とてもじゃないが万全とはいえない。傷ついている。それも深く、このままでは神としての力までも失いかねないほど、危うい状態だ。

 間違いなく、成聖者を殺されたのが堪えている。

 その上、場所も悪い。そこは豊穣神と狩猟神の領域だけでなく、原初神が切り離した次元の境目すら存在するのだ。

 

 もう長いこと暇な神となっていながらも、原初神の力は一向に衰えていないようだった。

 三柱が課したルールは未だ生きている。

 すなわち、人間を通さずこの世界に顕現してはならない。

 それでどうにか人の形を保とうとしているのだろうが、稚拙に過ぎる。


「――引け、破壊神! 取り返しのつかないことになるぞ!」

 

 自身の状況をわかってかいないでか、破壊神は顔に当たる部分に口らしき空洞をこさえ吠えた。

 矛を収める気はないようだ。

 シャルルは大地の刃で相殺し、見えない衝撃から仲間たちを守る。降臨してなお、力の差は歴然であった。


「シアはそのまま破壊神を押し留めて。可能な限り、長く」

 

 咆哮一つで一本の刃を壊されるとなれば、近づくのは得策ではないとクローネスは冷静に彼我の力量差を見極める。


「わかったよ、ロネ!」

 

 文字通り、シアは根を張った。自身の身体に植物を這わせ、地面へと埋め込む。

 まるで植物に吸収されている痛ましい姿に仲間たちは目を見張るも、彼女の表情は植物を従えていると言わんばかりに気高かった。

 

 対する破壊神はどれほど足掻いても無駄だと悟ってか、聖別を始める。歌声とは言い難い音の波が森中を網羅し、魔物の気配が膨れ上がっていく。


「罪なき子羊 十字架にかかりて

 あざけりうけつつ 苦しみしのびて

 われらの罪とが にないたまえり」

 

 クローネスも紡ぐが、あちらのほうが近くより高位の存在。


「世の罪を除き給う天主の子羊

 われらをあわれみ給え

 ――神の子羊アニュス・デイ

 

 親和性こそ勝っているものの、どこまで防げたかは定かではない。


「シャルル、二つ柱をちょうだい」

 

 猛禽の背に乗り、クローネスは指し示す。

 指定した箇所から地面が起立すると、地面すれすれを滑空しながら周回し、支柱に〝弓〟を引っかけた。


「なるほどっ! そういうことか、ロネ」

 

 シャルルは察し、大地の杭を生み出すと巨大な固定型の〝弓〟へと添える。

 クローネスはその杭に触れ、狩猟神の〝矢〟として番えた。

 

 ――創造神の怪力で弦が引かれ、壊れんばかりの勢いを持って〝矢〟が撃ち放たれる。


 その投擲は射線に存在した魔物の群れを跡形もなく吹き飛ばすだけでなく、破壊の咆哮すら掻き消した。

 その勢いのまま、〝矢〟は破壊神へと迫る。

 それは世界の形すら変えかねない一撃。だが、その矢は見事破壊神へと的中し――貫くことなく、砕け散った。

 

 本能的に危機を察したのか、魔物たちは大きく迂回しながら進行を続ける。

 迎撃しようとクローネスは構えるも、


「俺たちに任せろ」

 ペルイが制した。


「でも……?」

「おまえらは破壊神に集中してろ」


「あぁ、雑魚の相手はオレたちで充分だ」

 レイドも請け負い、二人の人神は奇跡を行使する。


「神はわが砦、わが強き盾、

 悪魔世に満ちて、攻め囲むとも

 われらは恐れじ 守りは固し」


 つい先ほどまで軍勢による戦が繰り広げられていただけあって、『鉄』は充分過ぎるほど散らばっていた。

 鍛冶神の聖寵はその声を聞き――


「世の力さわぎ立ち 迫るとも

 主の言葉は 悪に打ち勝つ。

 わが命 わがすべて 取らば取れ。

 神の国は なおわれにあり――」


 成聖者であるレイドはそのすべてに聖別を施す。


「――神はわが砦アイン・フェステ・ブルグ・イスト・ウンザー・ゴット


 そうして、地面に無数の刃が生まれた。

 握りも何もない、純然たる凶器。


「日暮れて やみはせまり

 わがゆくて なお遠し

 死のとげ いずこにある

 死のちから せまるとも

 主に依れば 恐れなし

 

 閉ずる目に 十字架の

 み光を 仰がしめ

 み国にて 覚むるまで

 主よ、ともに宿りませ――」


 すかさず、航海神の聖奠。

 ペルイが歌うなり風が吹き荒れ――


「――日暮れてやみはせまりアバイド・ウィズ・ミー


 雷鳴と鉄の刃が魔物を撃破していく。

 狙いも何もないが、敵が多いだけあって効果は抜群だった。


「盾も武器もなく 友もいない

 小さい私をも 守ってください

 ひとつの願いが 胸に燃える

 終わりの時まで 主に従おう

 胸と唇に 炎が燃え

 敵のため祈り、眠りにつく――」


 それでも、取りこぼしはある。それを防ごうとレイドは聖奠も駆使して、この場を死守しようとする。


「はぁ、はぁ……好きな女の前だからって、無理しすぎじゃないか?」

膝を付きながら、ペルイが悪態を吐く。


「思っていた、ほどではない。どうやらリルトリアの奴が、鍛冶神の信者を多く連れて来ていた、ようだ……」

 言いつつも、レイドの声には疲労が滲んでいた。

 

 そして、二人の目の前にはまだ軍勢と呼べる魔物の群れ。

 嵐と炎に襲われてなお、こちらに向かってくる。

 

 焦燥感を燻らせながら、シャルルとクローネスは攻撃を繰り返す。一刻も早く破壊神を倒さなければ、仲間たちの命が危ないと。

 狩猟神か創造神の聖奠があれば、魔物の軍勢を退けるのは容易い。

 

 だがしかし、豊穣神の力で破壊神を留めておくには限界があった。

 早くもシアの呼吸を乱れている。身に纏った植物の緑が色褪せ、今にも朽ち果てようとしている。

 均衡の崩壊はすぐそこまで迫っていた。



 

 多勢に無勢な状況でありながらも、ペルイとレイドは人の身に余る奇蹟を振るい、持ち堪え続けた。

 

「はぁはぁ……大丈夫か、オッサン」

 

 土地柄、ペルイが真っ先にバテるのは必然だった。


「そういうおまえこそ……」

 

 航海神の聖奠が沈黙すると、魔物の群れは奇声を発しながら勢いを増す。

 レイドが一人で奮戦するも、疲弊しているのは彼も同じであった。

 

 そうして、鍛冶神の聖奠も失った。

 レイドは聖別で武器を量産し、ペルイと共に人力で投擲する。少しでも、魔物の接近を遅らせたかった。

 無様にも足掻くのは、ひとえにもう一人の英雄がいたからだ。

 二人とも、視界の端で動きだした彼に気付いていた。

 そう、リルトリアの存在に――


「――ほめたたえよ、力強き主をローブデン・ヘレン!」

 

 戦神の聖奠により、軍馬は一糸乱れぬ絶妙なタイミングで襲い掛かった。魔物の軍勢を横から食い破り、勢いを殺さず何度も牙を剥く。

 数は百人程度だが、全員が甲冑にランスと充実した装備ぶり。生き残った中でも、選りすぐりの手練れなのが窺える。

 

 自分たちの役目はこれでお終いのはずなのに、ペルイとレイドは懲りずに戦場に残っていた。弓を手に、空からの魔物に狙いを付ける。

 

 ――と、洗練された翼の集団が真上を過った。追って、魔物が断末魔と共に次々と落ちてくる。


「あれは……クロノスの飛行部隊か」

 

 彼等は小型の弓と柄の長い鎌を空中で器用に使いこなし、空の敵を一掃せんと威風堂々と羽ばたいていた。

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