第15話 神と人、絶望的な力の差

 風が騒がしくて、ペルイは目を覚ました。

 灯りの消えた真っ暗な部屋が、夜の深さを教えてくれる。

 

 ペルイたちはクロノスの王城ではなく、街の宿に泊まっていた。

 クローネスが手配してくれたおかげか、上等な部屋だ。シアとシャルルも、別の部屋で休んでいる。

 

 ペルイは窓を開け、不自然な風の正体を見極めようとしていた。

 

 航海神の聖寵は〝波風の声〟を聴く、いわゆる潮読みの力。

 その為、地上においては大した意味を成さず、騒がしいなど、漠然としたことしかわからなかった。

 

 それでも、接近してくる羽音を感じ取れたのだから、捨てたものではない。

 

 フクロウの先導に続いて、背中に主――クローネスを乗せた巨大な猛禽がやってきた。


「――乗って」

 

 説明はない。ペルイは面倒くさそうに武器を背負い、窓枠に足をかけた。寝る時に着替える習慣を持たない、海の民ならではの身軽さだ。


「おー、さみぃな」

 

 温暖な島出身のペルイには、この高さの風は身に染みた。


「――あさかぜしずかにふきてスティル・スティル・ウィズジー

 

 波風を軽減する、航海神の聖別。

 本来は〝船〟に対してのみ行われるものだったのだが、ペルイは〝人〟にも発展させていた。

 船に乗った経験がなかった(船酔いが激しかった)シアとクローネスの為に――


「せっかく、気持ちのいい風だったのに……」

 

 けれど、ここは鳥の上。残念そうにクローネスが愚痴り、猛禽が責めるよういなないた。


「わ、悪い……」

 

 振り落とされては堪らないと、ペルイは素直に謝罪する。

 しばらく、無言のまま空中遊泳を楽しむ。眼下に広がる真黒な樹海に相対するように、空には星々が流れている。

 ここが船上だったら最高なのにな、とペルイはひっそり故郷を偲ぶ。


「で、いったい何用だ?」

 

 森の中でも抜きんでた大木の根元に着陸すると、ペルイは切り出した。


「つーか、不用心じゃねぇか?」

 

 梢が邪魔して、月明かりさえ射し込まない深淵。平然と猛禽から飛び降りたクローネスの姿さえ、はっきりと窺えない。


「大丈夫よ。それにここなら、安全だから」

 

 証明するように、獣の気配が膨れあがった。ペルイは見当違いな忠告だったと、頭をかきながら大地に足を着く。


「ペルイたちは、これからどうする気なの?」

 

 漠然とした問いかけだが、核心を衝いた質問。


「四カ月もの間、あなたたちは一つの場所にはいられなかったのでしょう?」

「あぁ、そうだな。無理だった」

 

 シャルルの親は執拗だった。他にも、創造神に豊穣神の成聖者、英雄を狙っている気配は常にあった。


「わかっているでしょう? もう、限界がきているの。誰も、名も無き英雄ではいられなくなってきている」

 

 黙っていても、勝手に祀り上げられる時は遠くないだろう。

 それどころか、僭称する者も現れてくるかもしれない。

 

 そして、その流れが行きつく先は争いだけだ。


 たとえ善行であろうとも、下手に英雄の名声にあやかれば、無視できない軋轢が生じてしまう。


「んなこたぁわかってる。だがな、破壊神が姿を見せたら全てが終りなんだ」

  

 成果が偽りだと発覚すれば、熾烈な政争に身を置いているクローネスとリルトリアはただでは済まないだろう。


「でも、シャルルに破壊神は殺せない」

 

 シャルルは、破壊神の成聖者に同情してしまった。

 自分と似た境遇――生まれながらの神。それも崇められていた創造神自分と違って、破壊神は虐げられていた。


「あぁ、そうだな。あいつには殺せないし、殺させもしねぇ」

「それなのに、追っているの? 説得でもするつもり?」

「さぁな。そこまでは知らねぇ。けど、あいつの好きにさせるつもりだ。今まで、我慢してきたんだ。その程度の我侭くらい、叶えてやりたい」

「――甘いわ、ペルイ」

 

 冷たい、言葉だった。


「最悪、自分が手にかけるつもりでいるんでしょうけど、甘すぎる」

 

 最初から、言葉で説得できるとは思っていなかったのだろう。ペルイが口を開く間もなく――聖奠せいてんが放たれた。


「反応、できなかったでしょう?」

 

 風が吹いたと思ったら、後ろの大木が激震していた。


「それ以前に、視えてもいないんじゃない?」

 

 クローネスは淡々と言ってのける。今も、〝矢〟を番えた〝弓〟を構えていると。


「弓に……矢、だと?」

「えぇ、私の聖奠は不可視の投擲なんかじゃない。視えないのは、単に次元が違うからよ」

「……まさか、破壊神も?」

「えぇ、人神では創世神の聖奠を視ることはかなわない。エディンもそうだった。死神の振るう〝鎌〟に気付かなかった」

 

 創造神と豊穣神の聖奠が目に見えたから、仲間たちは勘違いしていた。

 けど、それだって正解ではないとクローネスは忠告する。


「私たちの聖奠は、神から授かったシンボル――神器の使用なのよ。人神あなたたちの聖奠が奇蹟を起こすのに対し、創世神私たちの聖奠は奇蹟を起こす神器を召喚する」

 

 かつて、仲間たちが見たシアとシャルルの聖奠は神器が起こした結果だ。創造と豊穣の神だからこそ、それが目に見える形で現れた。

 

 対して、狩猟は生み出す行為ではない。


 それは奪い、獲得するという観点からして破壊や死に近いモノ。

 狙った獲物を動けなくさえすれば認められる。それ以外に、人の目に映る結果は必要ない。


「神々の武器を振るう創世神私たちに、人神あなたが敵うはずがない」

 

 圧倒的な力の差――いや、次元の違いを突きつけられ、ペルイは言葉を失う。

 無力なのは、先の戦いでわかっていた。

 しかし、これほどまでとは……。

 クローネスから、ここまで言われるほどとは思ってもいなかった。 

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