第16話 狩猟神の弱音

 きっと、クローネスだって言いたくなかったはず。

 それがわかっているからこそ、ペルイは黙って彼女の言葉に耳を傾けていた。


「私の〝弓〟は、狙いさえ定めれば何処にだって届く。それこそ、月すら射抜いてみせる」

 

 事実なら、誇張抜きに大国を相手取っても一方的に蹂躙できる。

 


「別に、狩猟神だけが特別なわけじゃない。他の創世神も似たようなものよ。だからこそ、破壊神の成聖者だけは逃してはならなかった。姿を見せている内に、殺しておかなければならなかった」

 

 暗躍されたら、どうしようもない。

 破壊神の聖別は、人間を含めた動植物の魔物化――時間を与えてしまえば、たった一人で戦を仕掛けられる。


「でも、仕方ないよね。シャルルは子供だったんだから」

 

 前言を撤回するような……明るい声。


「何も知らない子供なんだから……」

 

 それを裏切る……悲しい旋律。

 もしかすると、それは子供だったクローネスが言って貰いたかった言葉なのかもしれない。


「だからね、ペルイ――」

 

 けど、その言葉はクローネスには許されなかった。

 仕方ない。

 王族に生まれた彼女にとっては、逆の意味にしかなり得なかった。


「この大陸から逃げて。シャルルとシアを連れて、一刻も早く」

「……」

「海に出れば、誰もあなたを追うことはできない」

「そりゃそうだが、破壊神はどうするんだ?」

「あなたたちは気にしなくていいわ」

「いいわけあるかっ! そんなんで、シャルルたちが納得すると思ってんのか?」

「じゃぁ、私がなんとかする」

 

 子供じみた反論に、ペルイは頭を振る。


「無茶だ」

 

 破壊神を相手取れるのは創造神だけだ。

 狩猟神単体で勝てる道理はない。


「無茶ではないわ。だって、死神は倒せたもの」

「あれは例外だろ?」

 

 死神の成聖者はエディンの弟だった。

 その弱み――人間の情に付け込んだから、豊穣神がいなくとも倒せただけであって、正攻法では勝ち目はなかったはず。


「それでも、あなたたちを護るよりは簡単なのよ」

 

 悲しそうに、辛そうにクローネスは絞り出した。


「いずれ、〝森の民〟も動き出す。悪いけど、王女としては彼等と揉めるわけにはいかないの」


 人の世から離れた〝森の民〟は、狩猟神の力を使わないクローネスを訝っている。

 彼等は、政治的事情など理解しない。

 

 下手をすれば、人の世の理すら通用しないのだから――もし、勝手に動かれてしまえば必ず揉め事になる。

 

 そうなれば、ファルスウッドの代表を名乗っている以上、クロノスは責を負わざるを得ない。


「私は、王女としては未熟なの。まだ、一人では何もできやしない。けど、成聖者としては違う。あなたたちの誰よりも、上だという自負すらある」

 

 今のまま放浪を続ければ、クローネスは王女としての力で、ペルイたちを護らなければならない。

 

 そんな自信はないと、彼女は吐露している。

 

 それなら、一人で格上の破壊神に挑むと。狩猟神の成聖者として、ペルイたちを護ると言ってくれている。

 

 ――自分たちのことは、自分たちでなんとかする。

 

 身勝手な台詞など、言えるはずがなかった。

 きっと、これまでに何度も助けられている。気づかない内に、王女クローネスの助けを受けている。

 

 でなければ、ここまで順調に旅が続けられたはずがない。

 

 知っている人間はいるのだ。ペルイもシアもシャルルの顔も、知っている人間は確かにいるのだ。

 あの頃は、堂々と旅をしていたのだから――


「この大陸を離れれば……〝森の民〟はシアを諦めるのか?」

「さすがに、海を渡る意気込みはないと思うから」

「言われてみりゃ、そうだな」

 

 初めて海を見たシアは赤子のように怯えていた。船に乗った時なんて、死ぬ死ぬと連呼しながら、船酔いに苦しんでいたくらいだ。


「そうか……。俺たちにやってやれることは、他にねぇんだな」

「えぇ、気持ちだけで充分よ」 

 

 穏やかに鳴らせるものだから、ペルイは無性にやるせなくなった。

 

 ――どうして、クローネスだけがこんなに頑張らないといけないのだ? 

 

 答えは、知っている。王女だからだ。

 そして、約束があるからこの場所で待ち続けている。

 レイドが迎えに来るのを信じて、頑張っている。

 

 でも、それだけだ。

  

 それだけの理由で、クローネスは王女であることに拘っている。

 一人きりで、頑張ろうとしている。

 

 レイドが一声かけてやれば――そう思うと、あのバカを殴りたくなった。

 ついでに、この世界を創った神々も。


「……ありがとう、ペルイ」

 

 その礼は見当違いだと、骨が軋むほど拳を握りしめる。自分は何も言わなかったのではなく、何も言えなかっただけなのだから。

 

 暗闇に救われているのは、果たしてどちらなのだろう。

 互いに表情を忍ばせたま、二人は必要な会話を続ける。


「それで、シャルルたちは破壊神の所在について何か言っていた?」

「そのことに関しちゃ、あいつらは俺に内緒にしているからな……」

 

 それでも気付いたことはあったので、ただ……、とペルイは言葉を繋ぐ。


「見当もついていないようだ。ねだられて色々な場所に連れていってやったが、いざ到着して時間が経つと、肩を落としてやがる」

 

 あれでバレていないと思っているのだから、二人とも子供としか言いようがない。


「手掛かり一つ、掴めなかったの?」

「あぁ、なんにもだ。おおかた、周囲の大地や植物を壊してんだろう」

「……そう」

「つーか、前から訊きたかったんだが、創世神おまえらの聖寵ってのは、どこまで聴けるものなんだ?」

 

 人神の聖寵は〝聴く〟だけで、〝訊く〟ことはできない。

 

 戦神は危険を、航海神は波風を、鍛冶神は鉄の状態を、慈愛神は神様の愛を、正義神は神託を一方的に告げられる。


「基本的には人神あなたたちと同じなはずよ。ただ、創世神私たちの聖別対象は〈子〉にあたるから、色々と命令できるだけ」

「てーことは、聖別と併用してんのか?」

「えぇ、そうよ。それでどこまで聴けるのかって質問だけど、あまり複雑なのは無理ね」

 

 ペルイの見解通り、所詮は植物――知能で言えば人以下だ。そもそも、見えているものや聞こえているものが違うので、祖語が生じるのは至極当然。


「例えば動物を斥候に出したとして、得られる情報は敵が沢山いるかいないか、武器を持っているかいないか程度かしら」

 

 森の哨戒を除いて、動物だけで偵察や諜報に動く機会はないらしい。あくまで、伝書鳩のように扱われるとのこと。


「植物や大地の場合は?」

「さぁ?」

 

 私に訊かれても困る、とクローネスは子供みたいに零した。


「……でも、成聖者なら近くにいればわかるってシャルルは言っていたわ」

 憂いを帯びた音色にペルイは察するも、

「そうか……」

 

 つい先ほど殴ってやりたいと思っていた所為か、どう返していいかわからなかった。

 

 ――近くにいるのなら、何故会いに行ってやらない。クローネスがどんな気持ちでいるか!

 

 無意識に、背中に担いだ銛に手が伸びる。

 

 ――いったい、何をしてやがるんだ、レイド!

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