第14話 戦神の苦悩

 敗走を強いられたリルトリアは、自軍の惨状に不謹慎ながら胸を撫で下ろす。

 兄の小言を覚悟していたのだが、心配はないようだ。

 ところが、手放しに喜ぶこともできなかった。


「身構えなくとも大丈夫ですよ。あちらから攻撃を仕掛けてくることはあり得ません」

 

 リルトリアは三兄に進言する。

 命令なのだろうが、兵たちは馬鹿みたいに盾を掲げて、防御態勢を取っていた。


「ほ、本当か?」

 

 三兄は情けなくも、自分の周囲を隙間なく囲ませていた。身動きが取れないほど兵を密集させるなんて、愚かとしか言いようがない。

 

 戦神の聖寵せいちょうにあやかる気など、毛頭ないのだろう。

 

 相変わらず、自尊心だけは高いようだ。

 見下していた弟が成聖者に選ばれたからと、今までの信仰を捨てるなんて――リルトリアは苦言を飲みこむ。

 

 どちらにしろ、狩猟神の聖奠せいてんの前では防御も回避も無意味なのだ。自分だって、呆気なく吹き飛ばされた。

 周囲の被害は、まるで竜巻にでも襲われたかのようだった。これで目いっぱい手加減しているのだから、次元が違う。

 

 ――人神と創世神。

 ――元、人間と神。

 

 聖奠を行使する際、その差は絶望的に見えてくる。

 所詮、人は神の足元にも及びはしない。少なくとも、純粋な力――目に見えるモノでは、敵いやしない。


「クロノスは文字通り迎撃しかできません」

 

 政治の舞台では、こちらが圧倒的に有利。自分が狙われなかったことから、クロノスも理解しているはず。

 間違っても、クローネス一人で、一万からなる師団を相手にはしない。

 

 だから、今回のこれは脅し……いや、助けられたのだとリルトリアは察する。

 

 もし、投擲の被害を受けていなければ、兄はリルトリアを責めただろう。それこそ、鬼の首を取ったかのように激しく。

 

 彼女は、帝国でのリルトリアの立場を知っていた。

 

 敵対しているにもかかわらず身を案じられ、リルトリアは情けなくなる。自分の弱さが悔しくて、悔しくて――

 

 でも、どうすることもできない。

 今の自分は英雄であり、大きな力を――発言権を持ってしまっている。

 

 帝国は一枚岩ではない。

 皇帝に異を唱えれば、乗っかる者が必ず現れる。一度でも批判してしまえば、反旗を翻す大義名分とされてしまう。

 

 リルトリアの発言は戦神の言葉として捉えられてしまうので、滅多なことは言えなかった。


 大げさでなく、自分の一言で争いは起こるのだ。

 

 それだけは避けねばと頑張った挙句、かつての仲間と争う羽目になってしまった。

 

 ――全ては、わたくしの弱さが招いたこと。

 

 皇帝を始めとした貴族を断罪しておけば、避けられた事態だ。罪状はいくらでもあった。証拠はなくとも、裁くことはできた。

 

 ――わたくしの一言で充分だった。

 

 英雄の言葉はそれほどまでに重い。

 邪神との争いが終わった直後であれば、皇帝に抗う力などなく、最小限の血で済んだ。

 

 ――あの時、わたくしが父や兄たちを殺しておけば……。

 

 過ぎたことを、できもしなかったことをリルトリアは悔やむ。究極のところ、迎撃しかできないのは彼自身であった。

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