第39話 外伝7 犬君は乳母になりたい!!
このお馬さんはとっても饒舌でした。おそらく私が、会話が通じる側だと早々に感づいた様子です。
いますよね、どこの世界にも勘の鋭い相手というものは。
そしてこのお馬さんが語ってくれるに、どうやら巌丸は私の事をさんざっぱら惚気ているらしいです。
惚気る要素はどこにあるのか、と心底思いますけれども、巌丸という男は前向き全開の気質をしている様子で、その現代社会で言うなら超ポジティブという人なのでしょう。
ほんの少し……いやかなり……うらやましい気質ではあります。私も前向きの思考回路が欲しいと思う事は数えきれないほどありますので。
そんなお馬さんの独り言という名前の私に聞かせる中身としては
「ねえ知ってる? 巌丸ってとっても一途なのよ。そこんじょそこらの男が皆見習ってほしいくらいに!! 都の男たちの下半身はだらしなさ過ぎていやだわぁ」
「……常識の違いでは」
「いやあねえ、狼童ちゃん。あなたも宮中で結構すごい発言しちゃってるって聞いてるわよぉ」
「何をあなたは聞いたんですかね……」
「あなたがあの超有名かつ誰に聞いても素晴らしいしか言わない、あの光君相手に、自分と結婚したいなら他の女全部切れ!! って言った事とか! あなたが何の手順も踏まずに光君に既成事実を作られそうになった時に、鬼が出たとか何とか言って、叩きのめした気丈な話とか! 遊びに来る犬の爺様とかが、あの子は大した女の子だよ、って言って教えてくれたのよ」
「あれは真剣に怖かったんですからね……? 一般常識である求愛のお手紙もなし、贈り物もなし、なしなし尽くしでいきなり、寝込みを襲われたら誰だって暴れまわりますってば」
「そうなの? 人間って不便ねえ、女の子がその気にならなければ、私達馬は番わないわよ?」
「お馬さんの生活も、大変じゃありませんか? 人間にとって優秀な馬、と言われる相手と番うわけで」
「うーん、まあ大変だけど、優秀な馬って巌丸たちが太鼓判を押す相手はね、皆飛び切り格好いいのよ!! だから私的にはありね、あり!」
「今聞いていて、あなたの口調がどんどん女性的になっているのはどうしてですかね……」
「私、普段は色男風な雌馬っていう事にしてるのよ!! でももともとの性格っていうの? そういうのはこんな感じなのよねー。周りは皆荒っぽい雑な性格の牡馬だから、皆に合わせた口調でしゃべったりしていると、雄風味な物言いになっちゃうのよねー、うつっちゃうのよ!」
なるほど、私が宮中でどんどん丁寧な口調になっている事と似たような感じなのですね。
確かに環境というもので、性格などは変わっていくと思いますし……変わらない人も動物もいますけれど、まあそこは個人差や個体差、と言われがちな所なのでしょう。
「あなた私の言っている事通じちゃうから、ここは思いっきりおしゃべりしたいのよ! それにしても、巌丸ったら、どこで道草食ってるのかしら。何か食べ物を探してくるって言って、戻ってこないじゃない」
「それなら、道に時々来ている、行商の方と物々交換をしているんだと思いますよ」
「あなたをここに私と置き去りにして? そりゃあ私、全力であなたの事助けちゃうけどね!」
「何でそんなに私に対して肯定的なんですか?」
「あなたが巌丸の好きな子だからよ! あの残念な私の若君ったら、なかなかいい女性を見つけられないって事で、周りにやいのやいの言われて、そろそろどこかの女の子を大将が紹介してこようかって言っていたくらいなんだから。そこで現れた、とっても私好みの強そうな女の子!! これは好意的になっちゃうでしょ、でしょ?」
「そ、そんな事情があったんですね……」
私はなんとも言い難い事実に、手元の草をぶちぶちと引っこ抜いた。この彼女が私に肯定的なのは、巌丸の好きな相手だからという事実それだけで……相当巌丸の事が大好きなのだな、なんて思っちゃう言動です。
確かに巌丸は、そこら辺の宮中男子と違って、ふらふら女の人の間をさまよったりしていない様子ですし、かなり誠実な様子だし……以前も思いましたが、姫様のお相手になれればよかったのに、なんて思っちゃう優良物件です。
まあ、姫様は巌丸ではなくて、最上級の男である、鬚黒大将と見事結ばれ、幸せ新婚生活を送っていたわけですがね!!
……ああ姫様……どうかご無事で……雷などが、姫様のいる場所を教えてくれましたが、それだけで姫様が精神的にも肉体的にも、完全に無事かと言われたら、そこは私疑っているんです。
神様の考えと私達人間の考え方は、食い違いがすごかったりしますからね。
ぶちぶちと草を引っこ抜くと、お馬さんが私の手から草をもはもはと食べてくれます。ちょっと癒される感じがしますね……
「三輪山への道は、ここから険しい山道になったりしますから……今は体を休めるのも正解かもしれませんね」
「そうそう! 人間は私達よりも疲れやすくてばてやすいんだから、適度な休憩が必要よ!」
朗らかに彼女が言ったその時です。
がさがさ……と明らかに人為的な音が、背後の草むらから聞こえてきました。
私は懐に忍ばせている、小さな刃物に手をやりながら、もう片方の手で小石を掴み、そっちに思い切り投げつけました。
狼のお母さんと一緒にいた頃に、覚えた技です、まだ勘は残されていた様子で、投げた方から悲鳴が聞こえました。
「いてえ!!」
「親分! 大丈夫ですか!!」
「大丈夫だ! なんてガキだ、こっちを見やりもしないで当ててきやがった!!」
私はそこで立ち上がり、警戒心をむき出しにした状態で、いつでもお馬さんに乗れるように体勢を整えて、低めの声を意識して問いかけました。
「……何奴だ?」
「取り囲んじまえばこっちのもんだ! 囲め!!」
私の質問に対して答える気はない様子で、がさがさと草むらをかき分けて、かなりの速さでそれなりの装備品に身を包んだ、むさくるしい男たちが現れます。
全員で十人程度でしょうか、これ位ならどうにかなりますね。
そんな事を頭の片隅で考えつつ、私は石が当たったのだろう男の方を見ます。
なんでその男かって分かったかというと、その男の額が赤くはれていたからです。結構しっかりあてられたようですね。我ながらなかなかの投石だったみたいです。
「……ガキ一人か? にしても上物の衣装だな」
「そんな一人ではありません、連れを待っています」
私は相手を刺激しないように、低いながらも丁寧な口調で返します。
それに対して、むさくるしい親分だろう男は、にやりと笑います。
「お前は稚児か? なかなかみられる顔だな! 顔はまあまあだが、髪の毛がひでえな!!」
そこでぎゃははははと笑う男たち。髪の毛が残念な事実は事実なので、私はそこで傷ついたりしませんが、そうやって笑われるのは意外と不愉快なものなのだな、とここで知りました。
宮中ではこんな風に、目に見えて笑われたりしませんでしたし、私は貌でも髪の毛でもなく、子心遣いと姫様への忠誠心で認められていたわけなのです。
「稚児って事は、連れは金持ちの坊さんなんだろ? 馬の装備もなかなかだな! 馬自体もいい金になりそうな馬だ! よし、今からお前もその馬も俺たちのものだ!! ……逆らったら痛い目にあうぜ?」
「どう痛い目に合うのか、教えていただきたいものですね」
私は平然とそう言います。何しろこの人数でしたら、勘が鈍っていても相手にできますから。
……私は狼の母さんと一緒にいた頃に、戦い方というものを習いました。それを隣に置いている人生だったわけです。
その時に培った暴れ方というものは、きっとここでは役に立つでしょう。宮中生活、都生活では一切役に立たない技能ですけれどもね。
「なんだぁ? ずいぶん生意気言うじゃねえか。よし、なら教えてやろうじゃねえか!! かかれ!」
親分がそういうと、親分を除いた九人が、一気に私に襲い掛かってきました。
「狼童ちゃん、危ない!!」
お馬さんがそう言って加勢に加わってくれそうですが、私は視線だけで彼女を止めて、ひらり、とその場で跳躍しました。
さてはて、後は倒れる間で打ち据えるだけです。もちろん当たり所を考えてあげるやさしさは、今日はきっといらないでしょう。
人間とは思えないだろう垂直跳びを見て、体がこわばった人から武器をひったくり、打ち据えます。
打ち据えて薙ぎ払って、叩いて打ち込んで。武器を盛ったらやる事なんてこれ位です。刃物で切り飛ばしたりしないのが、もしかしたら私の優しさなのかもしれませんね。
でも三輪山に登るのです。血なまぐさい事をしたら、姫様の元にはせ参じれなくなるかもしれないという考えも、心のどこかにきっとあったでしょう。
所要時間は体感で十分程度、それだけの時間で、九人は地面に倒れ込み、ぴくぴくと震えております。
私は彼等を見回したのちに、まだ傷一つない親分の方を見ました。
「これでもまだ私に手を出そうというのか?」
親分の顔は蒼白になっていました。きっとここにきてようやく、私は手を出していい相手ではなかったのだと気付いたのでしょう。
震えた姿は、先ほどの威勢のよさがまるでありません。
そんな状態で、親分は震えながら、口を開きました。
「お前は……お前は一体何者だ……こんな芸当が出来る稚児なんて、聞いた事がねえ……」
「何者か、と問われたならば、私の答えは明白です。私は姫様のおそばにいる者。他に何者かと言われた時の答えを持っていない」
親分は蒼白な顔になっております。意味不明だと言わんばかりの調子です。
そんな時でした。どこか緊張した空気をぶち壊して、普通の声で割って入った男がいたのは。
「犬君、そこの行商人がなかなか物々交換に応じてくれなかったんだ、遅くなって悪かった……って、何をしているんだ?」
「ああ、巌丸、遅いですよ。こちらの方々に、連れて行かれそうになったので、少しばかり抵抗しただけの事です」
「ひいふうみい……九人! 犬君は一度に九人も相手にできるのか。すごい技量だな。うちの奴らでもめったに出来ない芸当だぞ」
「相手もきっと手加減をしていましたよ、売り物にする予定の相手が死んだら、意味がありませんからね」
「なるほど。そうかもしれないな。……遅れて悪かった、俺がこの場に居たら、お前にこんな真似はさせなかったのに」
「お気になさらず。あなたが暴れるか私が暴れるかの二択でしょうからね」
私達がそんなやり取りをしている間に、九人がふらふらと起き上がりました。
それを見た親分が怒鳴ります。
「お前ら、撤退だ、相手が悪い!!」
「へい!!」
彼等も似たような事を思ったのか、すごい速さで逃げて行きました。
「行ってしまったな。犬君、これを食べないか。行商人の所から手に入れたもちだ」
「お餅なんて豪華な」
「米のお餅じゃないけどな、稗やキビの餅だがうまいぞ」
言われた私は、差し出されたそれに噛り付きました。お腹が空いていたので、飛び切り美味しいと思ったのは、間違いじゃないと思います。
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