第22話 どうも犬君です。斜め上を突っ切る相手が現れました。

美しいその人は、私の手を軽くつかんで後についてきてくださいます。


屋敷の垣根では、彼女を抱えて犬君は飛び越えましたそこを! 何処の花盗人なんでしょう!


なんて思いますが、彼女はふふ、と柔らかな音で笑いました。ここで私は初めて、彼女の声を聞いた事になりますね!


ただ。


そこまででいっぱいいっぱいだったようです。彼女の姿はふわりとかき消えました。


おそらく、元の体の所に戻ったのでしょう。


ただし、私は新たな問題の直面する事になってます。




「おいお前、降りて来い!」




どう見ても夜盗にしか見えない集団に、下からにらまれているのです。さらにいえば屋敷の中に戻ったら捕まるの確定系、誰も庇ってくれませんし彼女どうしたんだと言われたら終わります。


犬君終了のお知らせが来てしまいます。


私は色々と頭を働かせようとしたものの、その集団の言うとおりにした方がいいと考えました。


朝が来るまでに、姫様の所まで戻ればいいんですよね……蛍帥宮様には心配をさせてしまいますが、後で謝っておきましょう。


いまぞ犬君の成長した和歌を見せる時とかいう奴ですね。


言われた通りに彼らの前に降りた所、彼等は馬に乗っていました。なんですか、坂東の若武者ですか、平将門ですか?


このがっちりした体格、憧れますね! 話がそれました、彼等の一人が犬君をくらの後ろに乗るように指示を出します。




「話がある、乗れ。痛い目に遭いたくなければ」




「ちなみに痛い目とはどのような目でしょうか」




「縄に縛られて馬に引きずられるっていうのはどうだ」




「それはそれは痛い」




抵抗しようにも人数多すぎて、奇襲だ何だもできませんし。これもいう事を聞いた方が良さげな感じですね。


私はくらの後ろに乗りました。おお、馬のお尻は結構固い。


犬君が乗ったのを合図に、彼等は馬を走らせます。やや走って到着したのは小ぢんまりした居心地のよさそうな屋敷です。そこは結構お酒臭いですね、ここの人間はお酒が好きなようです。


犬君を割と丁寧に下ろしてくれた若武者が、犬君に杯を渡してきます。




「お前の名前は」




「自分から名乗らない人に名乗る名前はありませんね」




「貴様、若になんて態度だ!」




「はっはっは! いいじゃないか、これ位咬みつく気概があるほうが」




若武者は若と呼ばれている様子です。きっとここの荒武者たちの棟梁とかの子供でしょう。


東国めいた彫の深い顔立ちは、どことなく荒っぽい感じがにじみながらも、立ち振る舞いはそこまでひどいものじゃありませんね。育ちは良さそうです。




「俺は橘の巌丸という。で?」




「狼童ですが」




「また大変な名前だな」




「母が狼なので」




犬君の冗談に聞えそうな大暴露に、巌丸が目を丸くしてからばっしいん、と力いっぱい背中を叩きやがります。


いったい!


せき込む私に、巌丸は大丈夫かと気を使ってくれます。まあ自分が馬鹿力だと言う考えはありそうですね。


で、用事は何でしょう。




「あなたの話は何ですか、分かりやすく直球で」




「お前盗人だろう」




「はあ? 何言ってんですか。見ての通りいいところの侍従です」




「ただの侍従が女性を抱えて塀に飛び上がるものか? まあその女性がただの女性じゃないのだろうが。そんな腕利きの盗人の狼童に協力してほしい事がある」




「なんか盗むの手伝えって言いたいんですかね」




「話が早い!」




大声で笑いながら、また巌丸が犬君の背中を叩きます、だからあなた力強すぎます! 痛いです痛い!




「実はだな」




「はあ」




「藤壺と言う女性の「却下」……話を途中でぶった切るな」




「帝の御后様じゃないですか、そこから何盗み出せっていうんです」




「何も本人を盗み出すのを手伝ってほしいと言っているわけじゃない。そこの姫君を「きゃっかああああ!」




犬君は巌丸の事を殴りました。瞬間の躊躇もありません、こいつの息の根を止めるべきか真剣に考えました。


姫様はいま、お婿さんを選ぶために桐壺帝が真剣に考えていらっしゃるんです! 花盗人に盗まれていい相手じゃありません! 


今の所髭黒の中将が一番候補です! 




「いくら坂東の流儀があるのかもしれなくても、それは却下! 今あそこすごく微妙な問題!」




「……なんで狼童はそんな事に詳しいんだ? ……む?」




吼えた犬君に怪訝な顔をして……巌丸がいきなり、犬君を抱えました。


そしてすごく乱暴な手つきで撫で繰り回しだしたんですけど!?




「驚いた! お前女性か!」




「悪かったですね!」




「都の女性は皆お前のように塀を飛び越えるのか!」




「普通しませんね!」




犬君は巌丸に吼えかかり、睨み付けます。そしてその顔をぐいと向こうに押しやり、にやにやから一転、呆気にとられた顔の荒武者たちに言います。




「あなた方もこの人の奇行止めてくださいよ!」




「あ、ああ……」




呆気にとられまくっている……どうせ犬君が全く女の子に見えなかったんでしょうね! 問題ありません! 狙ってますから!


そして巌丸、撫で繰り回す手を止めてください! 女だって確認終わったら離してもらえませんかね!




「よし!」




撫でまわす手を止めた巌丸が、周りの武者たちを見回して宣言します。




「やんごとなき可愛らしい姫君を嫁にもらうのはやめた!」




「良かった、若が諦めてくれて!」




「棟梁に殴られずに済む!」




「狼童を嫁に連れていく! 気に入った!」




「本人の意思は!」




しかしその後とんでもない発言をかましたので、犬君は躊躇なく頭突きをかまして腕から逃れようとし、力の差で失敗しました。なんです、私が迎撃できない馬鹿力って!


がっちり手首を握る巌丸。梃子でも動かない位の力です、揺さぶったりいろいろしてるんですが振り解けません!




「若、ええと、確かに狼童は可愛い顔ですが……女でしょうが……それでいいんで?」




武者の一人がもっともな事言ってます、そうだそうだもっと言ってください!


しかし巌丸はすさまじくいい笑顔で言います。


晴れ晴れとしたおてんとうさまみたいな笑顔です。




「なに、故郷の占い師殿は、都で嫁が見つかると言っただけ、事実見つかっただろう! 俺はこの狼童がすこぶる気に入った! 目がいい。口から見える牙がいい。本物の狼を相手にしているようでぞくぞくする」




変態ですかね!? しかし若武者の発言に、皆様納得のご様子、納得しないで!




「若は狼や獣が好きだからなあ……性的じゃない方向で」




「じゃあさっそく愛を語らってくる!」




待って、坂東って結構年代降りても、あけっぴろげに愛を語らうと言いますがね、同意してません!


じたばたする犬君に、こっちがぞくっとする野性味にあふれた瞳を向けて、巌丸が言います。




「語る事はたくさんありそうだ」

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