第21話 どうも犬君です、予想の遥か頭上を飛び越える案件です。

遅かったですかね!


母屋に飛び込んだ時に見えたのは、いろんな几帳がなぎ倒されたような状態と、女性たちが顔を覆う事も出来ないで真っ青になっている状態です。


やんごとない公達たちも、身動き一つとれていません。


そこで、一人いるのが、ここに乱入してきた物です。


犬君はてっきり、ここに生霊になった六条のお方が来たのだと思ったのですが。


どうもそう言うわけじゃなさそうです。


だって彼女は、ただぼんやりと立っているだけなのです。


とても静かな動作で、生まれ持った気品や格の違いを感じさせる仕草で、立っているだけなんです。


原作中で、お産の時に葵上を引きずり倒すくらいの苛烈さがあったはずの六条の方と何かが決定的に違うんです。


この方は一体……




「な、なな……なっ……」




その中でかろうじて声を出せるのは、屑こと光の君です。奴は顔面蒼白、もう倒れんじゃないのかと言う位の状態です。


これは何か知っていますね。


この方の素性とか知っていそうです。


犬君はとりあえず、誰も動けない状態なので、その方の真正面に立ちました。




「きみはっ……」




頭中将こと、屑の親友が声をかけますが無視します。


私はゆっくりと相手の顔を確認しました。


そして予想もしなかった相手が立っていた事に、度肝を抜きました。




そこに立っていたのは、異国風の目鼻立ちのしっかりとした、ぶっちゃけゲルマン系のお顔の造りの、超絶な美人が立っていたんです。


顔の色は雪のように白くて、頭髪は黒曜石のように黒くて光り輝いています。


彼女の何かが揺らめくのか、白くきらきらと粉雪のような物が取り巻いております。


大変な生活なのか、どこか痛々しいやせ細り方。


原作知識の中で、私はこの方が誰なのか弾きだしました。




末摘花です。




ぶっちゃけ、数少ない屑がまともな事をした相手です。


噂だけで求愛されて、お返事もためらっていたのに、頭中将と屑の男同士の競い合いで強引に事を進められて、屑と関係を持つ事になった人です。


しかし、昔気質のお父さんに大事に大事に育てられた彼女は、屑の求める優雅な女性の事が出来なくて、和歌とかも昔風で幻滅され、逃げ出されます。


しかし、一途に待ち続け、どんどん家が没落していっても屑が会いに来てくれると待ち続け、結果その一途さだけは認められて、金銭的に援助してもらえるようになった女性です。


私からしたら、噂に惑わされて女の人に手を出して、理想と違ったら棄てるとか最低と思います。


モテない系男児だった犬君にとって、そんな非道な振る舞い許すまじ。


男同士の競い合いで女の人巻き込んでおいて、棄てるとかほざけって感じなのです。




さて話はずれますが、犬君は彼女を見てその顔や仕草その他もろもろに、信じられない物を感じ取っています。




「……あなたは、繁栄をもたらす方ですね」




末摘花に対して、いろんな説があるんです。雪女との類似性とか、笑いにより春を呼ぶための道化とか、常陸宮の娘と言う都以外……異界……を象徴する女性で、彼女と交わる事で呪術的な加護があるとか。


結構大昔には、醜いという事も強力な霊力や神通力の象徴とされ、そう言った女性と交わることで霊的な力を手に入れようとしたとか。


私は科学的じゃないな、でもあり得そう……と思っていたのですが、実際に相手を見ると確かにそんな物を感じます。


この女性は、大事にすれば繁栄をもたらすし、この女性に思われていれば、間違いなく栄える未来を手に入れられる。


直感的なものです。


でも色々な物がそれが外れじゃないって思わせます。


それだけの強力な霊力を持つ女性が、哀し気な瞳で屑を見ていました。


きっとこの人は、棄てられても待ち続けたんでしょう。


だから、こんな哀しそうな瞳で屑を見ているのです。


……逆にこの方を放置したから、屑はいろいろ大変な目に合っているのかもしれませんね。




「……お寂しいのですね」




犬君の言葉に、彼女がただ黙っています。そこで、彼女の瞳を正面から見ると、終わらない吹雪が視えました。


この超常的な瞳が、今まで通ってきた相手を気絶させたのでしょう。


ちょっと雪女じみてますね。




「申し訳ないとは思います。しかし、ここは貴方様がいらっしゃるところではありません。いいように弄ばれて捨てられて。それでも恨まず、お寂しい思いをさせ続けたのでしょう」




彼女は犬君を見ています。ただ悲しそうな、雪の舞い散る瞳で。




「私がお送りしますよ。一緒に帰りましょう。大丈夫、帰れますよ」




犬君は彼女に笑いかけ、手を差し伸べます。


平安時代の好みの顔じゃなかったというだけで、古風な性格も一途な思いも、大事にされてきたからこそ男性に対する耐性が無くて、面白い事も言えないことも否定された悲しい人。


彼女が私の手を取りました。恐ろしく冷えていて、一瞬これが生霊かと思いました。


ここで私は振り返り、屑ににやりと言います。




「ご自分の招いた事ですね。悲劇の主人公ぶっても、あなたがすべて悪い事実は消えませんよ。この姫が優しいお方でよかったですね。貴方に仕返しをする気で来たわけではないご様子です」




「なにを」




葵上さまが引きつった声で、自分の夫の方を見てます。




「このお方は、ただ、会いに来てしまっただけなのですよ。何年も無視されて放置され続けても、そこの男を信じて。すばらしい一途さです。美徳ですね、相手を信じて待つのは」




「あなた、まだ私の知らない女性がいたのですね!」




葵上さまが引きつった声で言います。屑が視線をさまよわせました。いたたまれなさそうです。


きっと、末摘花様とのことはなかった事にしたかったのでしょう。


私はこれから始まる争いを無視し、彼女の手を引いて歩きだしました。


蛍帥宮様と出くわさない道を使って。


だってこれで、家まで送るって言ったら蛍帥宮様自分も送るって言って、色々問題が起きそうですからね。

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