第6話 どうもロリコンをとっちめます、犬君です。
そうして数日、計画のための下準備は着々と進んでいます。
姫様には藤壷さまが心を込めて作った細長をいただいて、私は今まで姫様に誠心誠意を尽くした褒美として、なんと藤壷様のよく使うお香を焚きしめた衣類を与えていただきました。
そして着の身着のままでやってきた私たちは、藤壷様のご両親や藤壷様のお衣装係さんたちから、衣類から何からいただいております。
藤壷様には、姫様の素性もこっそり話しておきました。自分そっくりな子供が、不幸な目に遭うのはかわいそうだし、姫様はとってもかわいいし、と藤壷様は養女にする来満々でいらっしゃいます、姫様これで安全です。
帝も、子供の頃の藤壷様とおしゃべりするような時間がうれしいご様子。何しろ子供の少ない帝……だって桐壷さんばっかり愛していたから、ほかの女性と関係するのが少なかった……は、いきなりかわいい盛りの娘が出来たという状態なのでしょうね。
たいへんすばらしい状態であります。
どんどん犬君にとっては良い条件がそろいます。
揃いにそろって、その運命の日は来ました。
その日は占いで、藤壷様は方違えをせねばならず、犬君のいただいた房、……房って言うのは仕切られた空間です、この時代壁のある部屋なんて普通はないから、几帳とか屏風で仕切りを作って部屋という認識になる……に、姫様とお泊まり。
そして私も方違えによって、恐れ多いことに藤壷様のお部屋にお泊まりしなければならなくなりました。
方違えはそう言う事もありうる占いです。
方違えは守らないと、恐ろしいことになると皆信じているのです。まあそれにかこつけて、よからぬ遊びをする男も多いんですが。
そんなこんなで、この日は藤壷様のお部屋の防御率が、非常に低い日になってます。
狙った女の部屋の防御が甘くなり、動き出さない光源氏じゃないでしょう。
私はしっかりと準備した物を確認し、夜を待ちます。
もしもの時のために、藤壷様の近くには、しっかりした女房たちがいらっしゃる。彼女たちなら、中に引き入れたりしないでしょう。しっかりしていなかったり、男に懐柔されている女房が身近だと、女性は大変危険な時代なのです。
自分の貞操の防衛は、女房にかかっていたりするんです。
もっと人選しろ! と言いたくなる事もあるくらいですから。
そういうところも計算に入れた今夜。
私は成人前の子供だから許されることと言う顔で、実は御帳第の上で眠ることにあこがれを持っていたことを、女房たちに話してみました。
たしかに、高級品であるそれらに、私のような身分の女の子があこがれるのは、わかっていただけました。
藤壷さまも、この計画の中身を知っているから、犬君もまだまだ子供、という顔で了承してくれました。非常に計画が順調です。
そして油断ならない夜がやってきます。
夜と言っても結構明るい時間からですが、小柄でかわいらしい背格好の藤壷さまと、年の割に体の大きな私の背格好は似ているのです。
そして、名誉な藤壷さまの香りがする衣装なんて着ていたら……
勘の鋭い人は判るんじゃないでしょうか。
そう、犬君は故意に藤壷様と入れ替わったのです。
なぜってこれからあの光源氏というロリコンに、赤っ恥を書かせるためですよ!
舐めるな。この計画のために着々と準備を進めてきた犬君に、抜かりはないのです。
夜、御帳台という据え付けのベッドの中で身構えていれば、しばらくすると衣擦れの音が聞こえてきます。
女性の衣擦れの音じゃないです、もっと男性的です。音の立て方とか歩き方とかが。
そして高級な香りが漂ってきて、くしゃみしそう。匂いが強烈なのですよ。金持ちは人工的な匂いが強い。
作中でも、香りによって誰が誰だか判る源氏物語、実際に体感するとすごい強い、確かに誰だか判りますね……。
清楚とか控えめとか、ないんですかね。
まあ、体を洗うことが少ない時代だからか、体臭を隠すためか知りませんが。
これがおしゃれなのですか。姫様には清楚な匂いを漂わせてほしい。今度藤壷様に相談しよう。と思いながら。
私はそのチャンスを、今か今かと待ちかまえていた。
御帳台の布地に手がかかる。月明かりでばっちりですね!
今じゃない、もう少し。
暗がりで、相手が中に入ってきます。
そして。
「日の宮様……お慕い申し上げておりました……」
という声が耳元にささやかれたその瞬間、私は全力で叫びます。
「鬼がでたあああああああああ!」
そして相手の衣類に、魔除けのゴマの香をぶちまけました。方違えだから、一応持っておいたのです。
という言い訳をしつつ、手元に置いておいた必殺の道具ですよ。
染み着いて染み着いて消えない匂い、と六条のお方に言わせた香り。
逃げ出すにしても後を追われるでしょう、逃げ出されても隠れようとしても、匂いで見つけられてしまう強烈なすさまじい香り。
そして叫びまくった為に、周囲の女房たちも起き出し。
相手は灰が目に入ったのか、動けないでいます。
そして苦悶の声を上げているけれども、私はこれとばかりに大騒ぎします。
「鬼がでた、鬼、鬼! 食べられてしまいます、助けてください!!! ……誰も来ないんですか、ええい、逃がすかこの鬼、とっちめてやる!!」
明かりがつきました。警備の人間もどたばたと音を立てて現れ始めます。女房たちも、慌てて明かりをともしてます。
鬼相手に立ち向かう勇敢な少女、という状態で私は、その男を転がしてまたがり、押さえ込み続けます。
「明かりを! この鬼の正体を見極めます!」
「やめてください……! かわいらしい方、どうして……!」
まだ私と藤壷様の入れ替わりを飲み込めていないらしい相手が、必死に止めるのですが。
私は無視して、大勢の人間が見ている中、その男の顔を明かりで照らしました。
ざわめきが大きくなって、戸惑う声も聞こえます。
そこにいたのは美しいと一般的に言われる顔立ちの男。桐壷帝によく似た若い男子。
そう、何を隠そう……
「光の君!? なぜここに!!」
誰もが彼を認識した中、彼は栄華を極める人生が終わる事を悟って、真っ青になっていました。
「犬君に恋文も送っていなかったというのに、通いにくるなんて……! なんて作法知らずなのかしら」
女房の中でも、良識的な人が軽蔑した声で言い放ちます。
「まだ裳着も済んでいない、子供に手を出そうなんて! 信じられない!」
若い女房が、信じられないと言わんばかりに大声で言う。
そう、この中の誰も、この男の本当の目的が藤壷様だなんて思わないのですよ。
方違えで眠っていた、この犬君に光る源氏が懸想して、襲ってきたと思うのです。
これを犬君は計算してました。
いくら平安時代でも、いいや、平安時代だからこそ、作法を無視して子供に手を出すのはタブーの極みなのです。
だって子供を産んでもらわなければならないのですから、子供が生まれない相手に手を出すのはいくら何でも。
現代だって未成年に手を出せば淫行罪だったと思いますが、この時代はもっと社会的に抹殺されます。
だって、相手を蹴落とそうと皆、相手の弱みだったりなんだりを探しているのですから。
恋の作法を無視しまくった男は、世間からつまはじきにされるのです。
これを犬君は狙ったのです。
母親代わりに横恋慕するのだってとんでもないから、普通の人の頭の中にそれはありません。
ですが、子供に目がくらんで襲い掛かる変態は、通りが早いのです。
ふふふ……どうだ光源氏、姫様を狙ったのが運の尽きです。
犬君はぎろりと下にいる男を睨み付け、吐き捨てます。
「私に懸想なさるのでしたら、私が大人になるまで待って下さらなかったのですか? 辛抱もできないお方なんですね、それとも鬼にとりつかれてこのような事を? 私、烏帽子を一本の角だと思いましたよ」
これで私の騒いだ理由は皆理解できる。暗がりで烏帽子が角に見えた、だから鬼が出たと半狂乱になったと思ってもらえるのだ。
まさか台詞の一字一句があったなんて思われない。
そして、騒ぎはすさまじく大きくなり、とうとう。
「何の騒ぎだ、私の日の宮、お前の所に鬼が出たと聞いたのだが……これは一体?」
桐壺帝まで大慌てでやってくる騒ぎとなりました。
色々な方が、帝に状況を説明します。
降下した、一番かわいい息子の不始末に……帝は絶句し、驚く事を言い出しました。
「お前、まさか彼女のような子供にまで手を出すのか……? 裳着の後に求婚する事も待てないほど、彼女をどこで垣間見たのだい。そんなに盲目的に思っていては、葵上が哀れではないか。だがこう言う事をするほど恋をしてしまったなら……」
帝は腕を組み、そして私と光源氏を見て言います。
「よし、そこまで彼女を想っているのならば、犬君をお前の妻にしてやろう。犬君はあと少しで裳着という年齢、きちんと手順を踏むくらい待てるだろう?」
えーっと、ちょっと待ってくださいよ……何が起きて……?
いや、帝の視点からすれば分かりますよ。
この世で一番愛した女性が産んだ子供が、常識も良識も忘れて犬君を愛しているならば、その思いを汲んで、犬君を妻にしてやろう……という事なのでしょう。
可愛い息子が、すべて失う覚悟で求愛しに来たならば、その覚悟を受け止めてやろうという事なのでしょう。
ある意味、悪い父性愛ですね。息子が可愛すぎて、道を誤る人って感じです。
まあ、桐壺さんしか見えなくて、結果彼女を不幸にした人ですから、こうなるのかもしれません。
光源氏は、忘れ形見ですし。マザコン極まったところは誰も知らないのです。しかし完璧に見えるところは、大勢の人が良く知っていると来ました。桐壺帝も、家を出た息子の内心なんて知らないでしょうしね……
しかし、こんなの犬君は予想してません!
誰がこんなロリコンマザコン屑野郎の、奥さんどころか妾になるものですか!
「陛下、私はいやです! こんな常識知らずの所の、正妻どころか妾なんて! 一生苦しむ事になるではありませんか! それに私には姫様の幸せを見届けるという役目があるのです」
私は、大声で陛下にまくしたてます。譲れません、こんな野郎の所なんて!
その勢いの良さに、周りがぽかんとしていました。
桐壺帝は、私の勢いを見て呆気にとられ、言う。
「私の息子がそんなに気に入らないのかい?」
「私のような裳着を済ませていない子供を、襲う時点でもうだめですよね! 恥知らずすぎて!」
私の断言に、突如響く笑い声。
は、と見れば。
光源氏が、大声で笑っていました。
なんか、憑き物が落ちたような、晴れた空のような笑い方です。
あ、嫌な予感がします。
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