第7話 どうも雲行きが怪しいです、犬君です。

ひとしきり笑い終わった光源氏は、私を見ます。

それはまるで、生まれて初めて、見るに値する相手をみたかのような視線で、不愉快です。

あなたが今まで見てきた女性は、見るに値しなかったのでしょうか。

そんなつっこみが必要なくらいに、打って変わった視線でした。

近くに藤壷さまも姫様もいるのが判っているのに、そちらにはまるで興味を失ったかのような視線。これも演技でしょうか。

しかしこの息なりの急展開で、そんな演技が出来る役者なのでしょうか、この光源氏。もといロリコン。

「父上」

ロリコンは言います。父である陛下を見やって。私を見てから、言うのです。

そこで私は、この中でたった一人、女の子なのに顔を隠していない事実に気づきました。

あ、やらかしましたね。ふつう成人男性に、顔を見せないのが平安流なので。

しかし顔を見たから、ロリコンが私にねっとりとした視線を向けるとは、思いがたいのですが。

いったい何が起きているのでしょう、あのロリコンの心中で。

考えたくもありません。変態の考えなんて。

そう考えたその一瞬。

「裳着まで待てば、彼女を妻に迎えても許していただけるのでしょうか」

ぎょっとする発言です。私としては。原作を知っている身の上としてはかなり、ぎょっとしました。

ですがロリコンは続けます。

「このような無様な姿を見せました。まことに申し訳ありません。……しかし父上が許してくださるのならな、彼女を迎え入れましょう」

あのなあ、お前いま、葵の上のところが本宅だろうが。

冷静な私が心の中で言いますが、周りは色めき立っております。

このロリコンが誰を襲うつもりだったのか知らないので、皆様見事にだまされているのですね。

おおかた、道ならぬ愛に走った純愛男と思うのでしょう。

何でそんなこと判るのかって?

周りがひそひそと、こう言っているからです。

「ここまで光の君が迷うほど、愛していらっしゃったとは」

「わたくしもそれくらい一筋に愛されたいわ」

「確かに待てなかったのはよくないけれど……あきらめないでもう一度求婚してくれるなんてすてき」

とか、聞こえてくるからです。手のひらを返したように肯定的です。おい。

さっきまで、非常識だと侮蔑していた皆様はどこに行かれたのでしょうか。

見方はいないのでしょうか、この犬君に!

藤壷様! ヘルプ!

心の中で叫んだその時です。

「あなた、お待ちくださいな。犬君には、光の君をお迎えする生家がありませんのよ」

この光源氏の逆転劇に、思うところがあったらしい藤壷様が、助けの声を上げてくれました。

そうです、犬君にはないのですよ!

こんな男の面倒を見る家も、女房も、何も持ってませんから!

必死に救ってほしいと、藤壷様を見ると。

私のさっきの発言と、そして経済状況とかを知っている陛下が少しうなりました。

「左大臣のところに、犬君を置くわけには行かないのかね」

「正妻のところに、陛下の肝いりの愛人をおいてしまっては、どちらも苦しい思いをするでしょう」

そうだ、正妻以外は愛人なのだ。

妻といいつつ愛人。実に面倒な表記である。

「それとも光の君が、犬君を迎え入れるために、新たなる屋敷を構えて、彼女だけを妻として迎えてくださるのですか?」

まだまだ若造の光源氏に、それをする根性があるのですか、と藤壷様はおっしゃってくれてます。

さすがです、助かった! 話はながれるに違いない。

と思ったのに。陛下が大したことじゃないと言うように、こう言い放ったのです。

「では犬君と婚儀をすませてしばらくは、ここに通ってもらえばいいだろう? 女房の元を訪れる男などいくらでもいるのだから」

あー……そうだ、そういう時代だ。そういうのあり得るんだった、だって清少納言だって、定子のところにいながら、恋愛を楽しんだんでしたね。女房のところに忍んでくる殿方、ふつうにいましたね、はい!

今回は私が未成年ということで大騒ぎですが、未成年じゃなかったらこんな大騒ぎにはならなかったでしょう。

裳着って本当に重要です。

それを利用した私も悪い女ですが。

しかし、光源氏ざまぁを予定していたのに。

これでは光源氏ざまぁにならないではありませんか!

どうする犬君。

あれ、待てよ、でも私のところに来させておけば姫様にも藤壷様にも手を出せないのでは……

いや、ここにくる言い訳が出来るから、うっかりとか言って襲うって事も……

どの選択肢なら良いんだ犬君!

ぐるぐると考えても、よい結果が出てきません。

しかし時間は過ぎていき、皆様の意見も決まっていくのです、待ってください私の意見は!?

あまりにも予想外のことの成り行きに、口が動かなくなりそうな私はそれでも言いました。

「陛下、お考え直しください!」

「光にここまで思われているのに、不安がるとは。光、真心を見せなければ、犬君の心は手に入らないと思いなさい」

非常に変な方向に、桐壷帝が勘違いしています。

さらに言います。

「お前が光の妻となり、そして姫の侍女としてここで働けば、お前の望み通り姫が幸せになるのだって見届けられるだろうに」

いや、一番の不安要素あなたの息子ですから!

言おうとしたのに言えなくて、口がひきつった私だった。

そしてここで。

ようやく事態が飲み込めたらしい、姫様が、口を開いたのです。

「犬君にすてきな男性が出来るなんて、とってもうれしいわ!」

姫様、こいつは最低ロリコン誘拐野郎なんですってば!

いくら内心で叫んでも、これ以上は藤壷様も助けられない。だって帝の決定なのですから。

彼女も何とも言い難い顔をしています。

だって私も彼女もこうなるとは、思ってなかったんですからね……

泣きそうになりながらも、私は言い切りました。

「姫様が幸せになるまでは、私だけ幸せになんてなりませんからね!」

「犬君、我慢しなくっていいのだからね?」

姫様は、私と藤壷様の計画を何も知らないので、そんな風におっしゃってくださるのでしょうね。

うれしいですけど悔しいです、はい。

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