第5話 どうも作戦を進めます、犬君です。

そんな風に和気藹々と、姫様と藤壷様、桐壷帝がおしゃべりし、それに本当にほっとします。しかし私には第二の目的があるのだから、其れのための計画も練らねばなりません。そう、姫様が私の尋常ではない部分を暴露してくれたおかげで、進めやすくなった計画です。

題して、光源氏追い出し作戦であります!

確かに藤壷様は、桐壷帝が亡くなってからは、光源氏を頼りにしたりしましたよ。彼女にたよりになる男がいないこと、そして自分の生んだ息子は光源氏の子供と言うこともあったでしょう。

だがしかし。ここで姫様が前世では娘と、みなさま納得しているのだから、話が変わってきます。

つまり姫様の旦那様のほうが、藤壷様にとって頼もしい男性になるのです。

そうなるとどうなるか……想像できます?

答は簡単。光源氏に頼らなくてもよくなり、光源氏を遠ざけてもよくなる、不義の子供は産まれない。彼女の苦しすぎる人生は遠のくんです!

私は姫様第一ですが、やっぱり光源氏の犠牲になった女性たちは幸せになってほしいんです。

だってこの時代の部屋の概念って、鍵もほとんどないものだし、男が強引に入ってきたら拒絶できないのですよ。ふつうの女性は。

紫式部自身もこんな時代だからこんな間違いが起こる……なんて物語の中に書いているらしいです、専門書に依れば。現物読んでないけど。

だーかーらー!犬君は奮闘したいのでアール!

にこにこしながら、義理親子の会話を聞いている間に、食事の時間などになって、桐壷帝は去っていかれました。そうか、食事は後宮でとらないんですね、と納得しつつ、私たちも藤壷様のところでお食事。

姫様は、普段食べない珍味とか豪華なご飯に感激し、そこから、いかに彼女が不遇の身か想像したらしい女房様たちが、目元を拭っておられました。

私も頂きました。豪華だなーと思ったけれども、やっぱり後ろ盾のない尼君のところの食事は平均よりも下だったのでしょう。

お代わりがいらないほどたくさんよそってもらったご飯の、美味しいこと。

母さんと狩って食べた肉くらいです、こんなたらふく食べられたのは。

なんて感激しつつ、歯を磨いて姫様の髪の毛を梳き、そろそろ就寝。姫様は眠い目をこすりこすりしているから、私は気を利かせます。

「姫様はお休みの時間なので、どこか休めるところに案内していただけないでしょうか」

「まあ、うれしすぎて気付けなかったわ、あなた、あちらの房に、この子を連れていってちょうだいな」

さすがに一緒に寝るのはためらわれた様子の藤壺様。そしてあちらの房とは、藤壷様のお部屋です。

お部屋は一緒にしたいのでしょう。やっぱり娘がほしかったんですねと再認識し、気合いを入れ直します。

あとは藤壷様が休む時間になれば、計画は動き出して。

犬君は動くのです。




光源氏ざまぁをするために。





大人の彼女たちも、明かりの都合上夜中まで起きていたりはしないんです。現代日本とは違うんですよ。灯りも薄暗いですし、油もとっても貴重品ですし。月をちょっと眺めてお話をして、就寝。現代人の感性と、獣時代の感覚が同居する私にとっては、活動時間内だけれども。

藤壷様の周りに、人がいなくなって、内密の話が出来そうですね。

無論周囲の人間の、寝息か狸寝入りかくらいはわかるのです。すばらしきかな、野生時代に鍛えた勘。

私はそっと、藤壷様の御帳台の前にすわり、声を潜めて話しかけました。

「藤壷さま……」

三回ほど呼べば、おぼろげながら起きたご様子です。。

「なにかしら……あなたは犬君ですよね」

「はい、犬君です。近くに寄っていただけませんか、どうしても内密にお話ししたいことがあるのです」

「内密に? あなたはいくつの秘密を隠しているの?」

「これは姫様と、藤壷様に関わるとても大切なお話なのです、聞く価値はあるかと」

私の真剣な声に、衣擦れの音とともに彼女が近づくのが分かります。でも御帳台越し。

「実は、光源氏のお話なのです」

話の核心から言い切ります。これで話を聞くつもりになるでしょう、ならないわけがありません。

「いきなり何を言い出すの?」

藤壷様は声を少し震わせた。警戒されているが、一気に言った方がいい。

私は、光源氏が姫様を、誘拐し、監禁し、思うように洗脳しようと計画していたこと、そのために尼君のところに出入りしていたこと、彼が姫様に情欲を起こしていることを尼君が見抜いたことを話した。

少なくとも、保護者がいる子供を引き取って育てたいなんて、そういうことでしょう? 普通にこの時代の十八やそこらの若いのが、十歳くらいのロリにご執心ってあたりで犯罪臭漂い過ぎです。

もっとも、私は物語を知っているからこそ、飛躍的な推測になっているわけでもありますが。

そして光源氏が、尼君を心労著しい状態に追い込もうとしていたことも説明し……だって若いイケメンで、女の人にモテモテの、入れ食い状態の男が、ロリを引き取りたいっていって、不安にさいなまれない良識的なおばあちゃんているの? 断っても断ってもやってくるとか、身分の高さを考えると追い出せないとか、心労すぎるだろ?……こう続けます。

「なぜだろうと思っていたのですが、藤壷様を見て謎が解けたんです。あの男は藤壷さまによからぬ、道ならぬ思いを抱き、自分好みの藤壷さまそっくりのお人形がほしくて。姫様を手にいれんと狙ったのだと」

彼女は息を飲んでいますね。原作の藤壷様は、若紫の事なんて知らなかったのだから、この反応は真っ当で当然。

「そう思いますと、いても立ってもいられなくなりまして。もしや光源氏は……日の宮様に悪意を持って迫ってきているかも知れない、姫様の前世でのお母上の危機、と思って、しかしこのようなお話を、女房のみなさまにお話しする事も出来ませんし」

私がもっともなことを言えば言うだけ、相手の空気が凍っていくのが分かります。

身に覚えがあるようですね、たしか若紫の段の時点で、肉体関係ってありましたっけ……? 思い出せません。

この世界に、私のような異分子がいる時点で物語りは、別のものと言っていいだろうけれども。

可能性はあるはず。このプライバシーのなさきわまりない、世界であれば。

私が御帳台ごしに藤壷様を伺えば。

彼女は黙った後に、小さな声で言いました。

「光の君は、そのようなことまでなさっていたなんて」

何とか言えたのだろう、本当は絶句したかったに違いないでしょう。

だが、いくらしっかりしているとは言え、小さな子供が何とか打ち明けてきたことに対して、無言を貫くことは出来なかったんでしょう。

優しい人です。無言が人を怖がらせると、知っているのですね。

思いやりがあって素晴らしいです。

ほんとうにこの人、理想の母親ですねえ。作中でこの人に子供が複数生まれなかった事が悲しいです。

まあ、話の都合上なのでしょうが。桐壺帝の御子か、ロリコンの子かわからない、王位継承権がある子供が複数生まれたら、きっと物語の中の光源氏の栄華は、あり得なかったでしょうし。

内心で感心しながら、相手の反応を待っていれば。

「よく、そこまで考えて、がんばって行動できましたね」

ほめられた。ほめられたんですよね、きっと。

彼女は黙ったままの私に、何を思ったのでしょう。

そう言ってきてくれました。

「怖かったでしょう、恐ろしかったでしょう。そんな風に大切な人を、よこしまな目で見られているなんて知って。頼れる尼君も心労で弱っていて、さぞ心細かったでしょう。……でも、ここも安全ですとは、言えないのです」

「どうしてですか、まさかあの男はここにまで進入してくるんですか」

「……ええ」

その、肯定の中には様々な物が含まれている気がします。

どこまで想像していいのですか。

そんなことを考える間です。。

「あの男は、まさか日の宮様に無体なことを」

小さくても声が裏がえりかけました。何とか自制したけれども。

本物と結ばれても、身代わりも近くにほしいなんてなんて強欲なんでしょう! 強欲で地獄に堕ちろ。

内心で毒づいていると、藤壷様はおっしゃいます。

「あの方は、御簾を乗り越えてきて……何とかその時は、胸が痛いと苦しんで逃れましたが」

……この時代、御簾を乗り越えてきたらもう、他人は男女の関係だと思う時代だったような気がします。

藤壷様だって、見られたらただでは済まなかったでしょう。何しろ帝のお后が、帝の降下した子供と肉体関係を持ったと思われれば。

近親相姦と思われて、どちらも恐ろしい目にあったに違いありません。

藤壷様がそうならなくて、真剣によかった……。

だが光源氏はもげろ。

前世は男だったが、女をだれもきちんと幸せに出来なかった馬鹿でくずは、情状酌量の余地なし。男でも滅びろと思ったであろう。

「この次もあると、思われているのですか。さすがに一度拒絶されていれば、よほどの鈍感な男でなければ察するのでは」

希望的観測というか、現代人の感覚で言ってみれば。

彼女は首を横に振っていました。

「和歌で、そうとは判らないけれど、深く読めばまた来ますととれる物を送ってきたのです……」

口がひきつりかける犬君です、んなばかなと言いそうになったものの我慢しました。

光源氏のままチャンへのあこがれと情欲頭おかしいだろ! これだけ拒否されてんのにまた来るとか何勘違い野郎を極めてんだよ!?

私は黙るしかないです。男女のあれこれはとやかく口を出さないのが、賢い女の子の姿勢なのだが。

これはない。マジでない。

「……そんな間違いすぎること、認められないです」

私は小さな声で言いました。そしてその時思いついたことがありました。この時代の考え方を存分に利用する方法を。

「日の宮さま。一つ、犬君は思いついたことがあるのですが」

「思いついたこと?」

「はい。光源氏が、二度とここに来られないような、大恥をかく方法です。日の宮様にも、姫様にも、手を出そうなんて思えなくなる方法です。ただ、陛下のお心を悩ませるかも知れませんが」

「其れはいったいどのような方法?」

藤壷さまは食いつきました。よっぽど光源氏に苦しんでいたのですね。

「はい。……子供が寝ぼけても、騒ぎを起こせば、宮中では大変恥ずかしいと思うのです」

そして詳細を話すと、彼女は小さな声で笑ってくれました。

「あなたは観音様がもたらしてくださった、救いの童なのかしら」

「いいえ、ただ姫様に幸せになっていただきたくて、、そのためには日の宮さまも幸せでなければならないと思っているだけの、ただの子供です」

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