第4話 どうも過去は変です、犬君です。
最初に私は、平凡だと、モブだと言ったと思います。
だがしかし、いくつか平凡とはいいがたい過去が、この犬君には存在していたのです。
前世を思い出している時点で、平凡じゃないって?
そこはツッコミを入れないでください。思い出してしまったのは仕方がないんです。ふっと記憶の中に蘇る情景を、脳みそが処理しきれなくて、寝込んだ事だってあるんです。何回も何日も。
そのため、昔の私は熱を出しやすい鬼にとりつかれやすい子供、という見方をされてきました。
記憶と折り合いをつけて、記憶と自分は違うのだ、という分離が出来たのは、姫様のおかげでしょうね。
姫様と遊んだりしていると、これは物語の中じゃない、私にとっては本物の現実なんだ、と痛感させられましたから。
物語だから、なんて斜に構えている余裕はありません。なにしろ幼い姫様は目を離せなかったお子様でしたので。
そんな話はさておき。
犬君の過去は、犬君の名前の由来になっております。
犬の君。
じっくり考えてみたら、変な名前じゃありませんか。犬の君。幼名だったにしろ、この名前はとても変です。
子供に犬の君なんてつける親、居ませんよね?
しかし、私にはその名前を付けられてしまう、理由があったんです。
私はあまり、犬君としての親の記憶はありません。
流行り病で亡くなったからです。それも乳飲み子の頃に。その流行り病のせいで、一家の暮らしていた村は全滅しました。
それなのに、乳飲み子なのになんで、生き残れたんだって?
本当に不思議なのですが、私は、その病から逃れられたんです。
かからなかったんです、その恐ろしい流行り病から。
そして、村の近くを根城にしていた犬が、おそらく子供を亡くしたばかりだったのでしょう。
乳を欲しがって泣いている私に、お乳をくれたんです。
それから私の母は、その犬になりました。真っ白な大きな大きな犬でした。現代では絶滅している、ニホンオオカミだったのかもしれませんね。
母は私を丁寧に育ててくれました。
乳児が獣の速さで走れるようになる位に。結構長い間、四つ足で私も暮らしてました。まじです。
手足の長さに大きな違いが出てきて、仕方がなく二本足になりました。
そして毎日狩り。狩り。狩り。狩り。……狩りしかぶっちゃけしない毎日です。
偶然にも、村のはずれにあった捨てられた竪穴住居がありまして、母がそこをちょうどいい根城にしたため、村から住処は移動しなかったんですがね。
三つくらいの頃からでしょう。蛙の声が分かるようになりました。言いたい事とか、お喋りしている声とか、求愛とか。
長虫の言葉も、なんだかわかるようにもなりました。
長く生きているという、おじいさんな亀の言いたい事も。
つまり、母が食べなかった生き物たちの声が、分かるようになったんです。
母が言うにはふつうらしいです。自分の食べない生き物と話す事くらい、出来て当たり前だそうです。
人間は何でも食べるから、言葉が分からないそうですね。母曰く。
とにかく、狩り以外の時間のお喋り相手にも困らないし、彼等も薬草に詳しかったです。
そこで、狩りの知識と薬草の知識を覚えた私は、五歳くらいまで暮らしてました。滅びた村で、屍が白骨化した世界で。
しかし、たしか……その村の徴税を担当している役人が変わったんです。病気で。
そして新たな役人は、この村が何年も税金を納めていないと、帳簿から確認して、現地確認しに来たんです。
前の役人は病気にとりつかれるのが怖くて、来なかったらしいです。普通ですね。
まあ、新たな役人は現地確認して、母と戯れていたわたしを発見しました。
度肝を抜いたそうです。
私を保護しなければ、と思ったそうです。私は嫌でした。母も友達もいましたからね。
しかし、犬の寿命は人より短く、母は私を置いていく事を分かっていたので、その男に付いて行くように言いました。
そして泣く泣く母と別れて、私は人間の振る舞いを教えられました。
この頃からですね、前世の記憶がやってくるようになったのは。
おそらく私が、獣から人になりだしたからでしょう。
そして私は、いまの犬君になりました。犬君はその役人が付けました。
そして寝込まなくなり、人間らしくなったところで、役人の知り合いの娘が病気になり、彼も姫様の遊び相手になれない事情を知り、私をその代わりにしたんです。
私が割合子供っぽくなくて、そんなに手のかからない幼児だったからでしょう。
聞き分けもよい方でしたし。母に聞き分けがよいように躾けられてもいましたし。
そんなのが、私のちょっと平凡じゃない過去でした。
ただ、たとえ前世の記憶があっても、子供の頭と経験では、普通じゃない事がまずい事かどうか、判断できない事もよくありました。
記憶は覚えている事なんです。感情が大部分なんです。
そして皆様、幼少期から死ぬまでの感情を全て覚えてはいないでしょう?
つまり。
私は、色々穴あきの良識しかない子供だったんです。
そして尼君の所で、蛙の喋っている事を話してしまったんです。
聞いた皆様卒倒しかけました。そして皆に口止めされました。外に言ったらいけないと。
姫様はさっきばらしましたが、それはお母様にお話している事であって、外で言ったという事とは思っていないでしょう。
そして、皆さま感心していて、恐れた顔をしていないのが救いです。
化け物扱いされたら、姫様の側にいられませんし。
しかしこの時代、もののけとの境界線が薄いので、そんなに恐れられないかもしれないですね。
「それはすごい才能だな」
桐壺帝が感心した後に言っています。
「陰陽師もそこまで至るには、大変な修行が必要だと聞きますし」
「私たちの娘をどんな怪異からも、守り通してくれそうな力だ」
「ええ本当に」
「犬君はほかにも、すごいんですよ、身軽だし足も速いんです、前におうちに人が無理やり入ってきた時、追い払ったんですよ」
姫様が日の宮の膝の上でいう。聞いた彼女が身を震わせた。女房達も同様だ。
「まあ、そんなに恐ろしい事が……」
たしかに尼君の邸に、無理やり入ってきた奴らがいた事がありますね。
あれは後から長虫に聞いたところ、姫様の素性を聞いたよからぬ奴らが、姫様を操り人形にして入内させて、桐壺帝を破滅させんとたくらんだ結果だった。
彼等は私が全員転ばせて、姿の見えない所から物の怪のふりをして食ってやる、と脅したら全力で逃げました。
「犬君はわたしの、すごく頼りになるお姉さんなんです」
姫様が自慢げにいうので、私はそっと目を伏せて言う。
「いえ、至らないことばかりで本当にご苦労をおかけし続けて、申し訳ないと思っているんです」
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