第10話 家に帰れない日

「大丈夫ですか?」


白いローブを着た人が道を塞ぐように仰向けで倒れている。

顔はフードで隠れていて、どのような人物かわからない。

この道は村に繋がる一本道で道幅は決して広くはなく、荷車を引いているテイはどいてもらうほかに通る方法がない。

顔見知りならば当然すぐに駆け寄って安否確認をするのだが、村に白く高そうな生地で織られたローブを着る人物など存在しない。

そうなると村人以外になり、犯罪者の可能性もでてきて迂闊に近づく事もできなくなってしまう。


「大丈夫ですか? 生きてますか?」


テイは離れたところから再度声をかける。


「最悪。」


若い女の声がした。

そして、白いローブの人は顔だけこちらに向けた。


「本当に最悪。動けなくなって1時間以上たつのに誰もこの道を通らない。更にやっと人がきたと思えば荷車を引いた農民のガキだし。」

「あの、通りたいのでどいてもらえますか?」


高そうな服を着ているし、あまり変わらない方がいいと判断したテイはとりあえず通りたいと伝えた。


「動けないのよ。足をくじいたし、お腹もすいたわ。」


返答を聞き、どうするべきかと考えたテイは荷車に積みっぱなしにしていた試食用の野菜を渡してみることにした。


「あの、これくらいしか持ってないんですが良かったら食べてください。」


「それより、そこにあるやきとりを寄こしなさい。」


白いローブの人はしっかりとテイの荷物を確認し、やきとりを要求してくる。


「あの、これ俺の夕飯なんで。」

「やきとりを寄こしなさい。」


何を言っても無駄なんだろうと思ったテイは仕方なくやきとりを差し出した。

白いローブの人は体を起こし、テイの手から奪う様にやきとりを取るとすごい勢いで食べ始めた。

途中で手を止め白いローブの人は一言。


「水は?」


フード被っていて表情はわからないが声がとげとげしい。

テイは持っている水筒を渡すと、白いローブの人は飲まずにそのまま地面にかけた。


「なにをするんだ!」


大事な水を捨てられ思わず声を荒げるテイだが、白いローブの人は気にせずゆっくりと喋った。


「飲みかけなんて飲むわけないでしょ?」


何当たり前の事を聞いてくるの?と返され、テイが唖然としていると白いローブの人は魔法を唱えはじめた。


『我が魔力を糧に生まれ出でる生命の滝、流水ランニングウォーター


何もない空間から手のひらサイズの小さな滝が現れる。

白いローブの人はその小さな滝を使って水筒を洗い、水を汲む。

水を汲み終わると、小さな滝は消え、下に水たまりが残るだけだった。


「今の何かわかる? わからないわよね? 田舎の農民になんて。」

「魔法だろ。」


白いローブの人はいきなり目の前で魔法を使い、農民はこんな事なんて知らないでしょ?と馬鹿にしてきたが、テイはあっさりと正解を言い当てる。


「へぇー。知ってるんだ。」

「俺だって使える。」


普段のテイならば、魔法が使えるなんてわざわざ言わないのだが、自分以外ではじめて魔法を使う人と会ったためテイは内心興奮していたし、馬鹿にされるのにも腹が立った。

彼女も辺境に住む田舎者の農民が魔法の事を知っているなんて思いもしなかった。


水滴ウォータードロップって魔法を使える。」

「初歩の初歩の魔法じゃない。まぁ、農民で使えるならすごいんじゃない? でも、私が使う流水は青の魔法よ。白の魔法とは格が違うのよ。」

「青の魔法って何? どういうこと?」


白のスクロールを使ったから水滴は白の魔法なんだろうとテイは予想したが、青の魔法とは一体なんだろうと疑問が湧く。


「知らないの? そうね、農民が詳しく知るわけないでしょうね。 やきとりのお礼に教えてあげてもいいわよ。白のスクロールは知ってるのよね? スクロールには種類があって白、青、緑、黄、赤、ってあるのよ。白より高位な魔法が青、青より高位なのが緑と順々に魔法の格が上がって赤の魔法を覚えていればもう伝説の存在ね。」

「へぇ、なるほど。」


テイはきっと赤の魔法はすごいんだろうなくらいしか良くわからなかった。


「まぁ、白が練習級、青が基礎級(初級)、緑が中級、黄が上級、赤が伝説級なんて言われているわね。これで農民でもわかったからしら?」

「なんとなくわかった。」


テイの顔を見て察した彼女は改めて噛み砕いて教えてくれた。

テイもさっきより理解ができ、彼女の言葉に納得できた。


「あなたさっきから言葉が乱れているわよ。農民なんだから自分の身分ってものを理解しなさい。」


自分は農民、そんな事テイにもわかっている。

だが、白いローブの人の身分なんて聞いてないし、わからない。

大事な水を捨てられて気が動転して言葉遣いも変わっていた事にテイ自身も気づいていなかった。


「すみません。そろそろ通りたいのでどいてもらえますか?」


テイは言葉を丁寧に言い直し、当初の目的だった通行の許可を願った。


「いいわよ、なんていうわけないでしょ?! 言ったでしょ!! 私はもう動けないの!!」


白いローブの人はまた道を塞ぐように大の字になる。


「どうしたらいいんですか? 本当に困るんですけど。」

「その荷車乗せなさい、これは命令よ! 断った場合、後で偉い人に連絡してあなたの事を死刑にしてもらうわ。ちゃんと町まで連れて行けば報酬は出すから。」


白いローブの人は身分差を笠に無理難題を言ってきた。

ここでもし相手が本物の貴族様の場合、本当に殺されるかもしれない。

農民は貴族様には絶対服従と子供の頃からきつく親にも言われていた。

テイは従う他ない。


「.........わかりました。」


テイは荷車を軽くするために、積んでいた木の箱を道から少し逸れたところに置く。


「座りにくいわね。その野菜が入ってる箱は紐で固定しなさい。その箱を支えにして座るから。」


テイは言われるがまま準備をした。

準備が終わり、白いローブの人がテイの荷車に乗ると、白いローブの人は機嫌よく高らかと出発の声をテイにかける。


「なかなかいいんじゃない? では、町に向かってしゅっぱーつ!!」


テイは荷車に白いローブの人と1つの木箱を乗せ、来た道をしぶしぶ引き返し、町に戻る事になった。

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