(17) 成長の一戦

 

 中京は東京競馬場と同じで、左回り。左回りはこの2場と新潟しかない。

 

 先週のステイヤーズ・ステークスや来週のディセンバー・ステークスも検討されたボルタだが、左回りが得意ということでこのレースを選んだ。正直、ステイヤーズ・ステークスを選択していたら勝負にならなかっただろう。弥生はそう思っていた。

 

 本当に左回りはスムーズだ。コーナーをうまく周り、直線もスムーズに外に出せた。あとは伸びるだけだ。

 

 2頭交わして、残りはあと1頭。グングン迫っている感じはするが、東京より100メートル短い直線距離だ。届くかどうか。

 

 今年、重賞勝利はGⅠ4つとGⅡ1つ。そしてGⅢを1つ。でもタイムシーフとフォックストロットのサポートを除けばGⅢの1つだけになる。でもそのGⅢエプソムカップは2頭同着の1着だし、それにタイムシーフがGⅠジョッキーにしてくれたからその騎乗依頼が来たようなものだ。

 

 少しでも、自分の力で。弥生はとても気にしていた。重賞の2着3着はそこそこあるが、しかしそれは、イマイチ勝ちきれないということでもある。来年からは、もうタイムシーフとフォックストロットのサポートがなくなるのだ。自分自身の力だけでやっていかなければならない。

 

 とにかく、差し切る! そのためにはバランスを保って馬に負担をかけないこと。弥生は体幹を強く意識しながら追った。

 

 残り100メートル。ボルタ伸びてっ! そう念じる。内外離れて分からないが、まだ並んではいないようだ。タイムシーフならここからすごい脚を使うが、今乗っているのは前走でようやくオープンクラスに上がった馬。破格の脚は期待できない。

 

 そしてゴール。うしろから伸びたボルタの方が惰性がついていて、ゴール後は相手より前を走っている。しかしゴール地点で先着しているかは分からない。

 

 ―― 差し切っていて。お願い!

 

 誰にともなく、祈る。そしてその祈りに、不思議な感情もわく。今までの自分なら重賞で馬券圏内に絡んだだけで満足だった。なんとなく、役割を果たした意識があった。しかし今の自分は、2着や3着では不満。もしかしたら、それだけ成長したのかもしれない。

 

 写真判定だが、検量室前まで戻るとボルタの厩務員が、

 

「ありがと。差してるで」

 

 と小声で言った。モニターではしっかり分かったらしい。

 

「そうなんですか? しっかり仕上げてくれてありがとうございます。ボルタ、いい伸びで」

 

 弥生はすぐ返した。舞い上がらないで、ちゃんと対応もできるようになった。

 

 写真判定が出て、ボルタが差しきっていた。その後の勝利ジョッキーインタビューでもちゃんと話せた。なんだか、自分が成長していることを実感できる一戦になった。

 

 ボルタの馬主が歩いてきて、握手を求められた。

 

「来年も頼むよ。左回りだと、東京のダイヤモンド・ステークスかな?」

 

 その馬主の弾んだ声が、うれしかった。これまでは、「よくやってくれた」止まりだった。しっかり勝ち切ったからこその、相手の満面の笑顔なのだ。

 

 リーディングの順位も、一気に4つ上がった。この暮れなのに、だ。ばらけているのは上位20人くらいで、あとは成績がくっ付いていて、星ひとつで大きく変わるのだ。

 

 この日、岡平先生は中山だった。本来は裏開催で目立たない中京だが、今日はこちらに重賞が組まれている関係で、中山メインの方がさらっと先に行われる。おそらくこちらのレースの方が、スタンドも盛り上がっていることだろう。岡平先生は、見ているはずだった。

 

 ―― 帰ったら、褒めてもらえるかな?

 

 新聞記者の囲みから解かれた弥生は、早く帰りたいなと思った。


 

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