(16) 重賞で1番人気になっちゃった

 

 12月2週目の日曜、弥生は関東から離れた。アルゼンチン共和国杯で2着と健闘したボルタが、中京のGⅢ、中日新聞杯を使ってきたからだ。

 

 元より、アルゼンチンのレース後に、ここを使うことは言われていた。弥生はだから予定どおりで、遠征は特段問題なかった。問題なのは、ボルタが1番人気になったことだった。GⅠではなくGⅢだが、弥生はグッと緊張の度合いを深めた。

 

 ここを予定していたシルバータスクやシトリンフレームが出ていれば、どうだったか分からない。しかしタスクはアルフォンソを背に有馬に向かうことを決め、シトリンフレームはジャパンカップを使って休養に入った。彼らが出走しなかったために空き家っぽくなったこともあったが、3冠ジョッキーとして弥生が注目されている証でもあった。

 

 今年、重賞1番人気は3回目。弥生賞の惨敗に、勝ちはしたものの札幌記念の不甲斐ない騎乗。3度目の正直ということでしっかり乗ってちゃんと勝ちたい。

 

 日曜の中京は3鞍騎乗だった。メインの中日新聞杯までに、第2レース8着と第7レース7着。関西馬が多数を占める場所で成果を出したかったが、なかなかうまくいかない。

 

 ―― せめて、メインは勝たなきゃ。

 

 弥生は強く思った。

 

 パドックで厩務員に、どう乗るのか聞かれた。

 

「えっ、いやぁ」

 

 弥生はちょっと言葉に詰まった。

 

「アルゼンチンみたいだと、今日の中京の馬場だと届かんかもしれんよ。まぁあんたに任せんけど、最後方はマズいと思うなぁ」

 

 それは弥生も思っていた。今日の芝は全体的に前残りだ。

 

 しかし、あまり前に付けても、目標にされる。できればうしろからじわじわと上がっていって、4コーナーで前の届くところまで押し上げておきたい。そこで、この馬の切れ味を発揮して差し切る。それが理想だ。

 

 ファンファーレが鳴り、フルゲートの馬たちが続々ゲートに入っていく。奇数番が入り、14番の弥生がゆっくりとゲートに入った。ここでもまだ、位置取りを決めかねている。大外の馬がゲートに入り、全馬ゲートイン完了。スタートが切られた。

 

 ボルタは、フワッとした感じでゲートを出た。ちょっと追えば、先行できそうな手応えだった。

 

 でも、弥生は手綱を絞って後方に下げた。シトリンエクレールのときは人気薄だったので、逃げが活きた。しかし1番人気馬では、そうもいかない。先手を奪えば、そのまま行かれてしまうのではないかと皆が思う。だから、その中の誰かが必ず絡んでくる。玉砕的に来るものだっている。それくらい、単勝1番人気というのは特別なのだ。他の陣営にとって脅威を与えるのだ。

 

 現在ポジションとしては、13番手くらいと言ったところ。どん尻というわけではなく、うしろにぽつりぽつりといる。しかし、前とはだいぶ差がある。

 

 ボルタの反応は悪くない。もう少し前との差を詰め、直線でうまく外に出せればいい勝負になるだろう。アルゼンチンより1枚ほど相手が落ちているのだ。

 

 東京得意なボルタだけに、同じ左回りの中京も悪くはないだろう。ただ中京は東京とちがって直線が短い。それが懸念材料だ。

 

 向こう正面を動かなかった弥生は、3コーナーで少し追う仕草を見せた。ここからスパートでは先が長いが、しかし先頭との差も気になる。反応の悪い前の馬を交わし、それを呼び水に加速していった。

 

 コーナーで上がっていくのは、コースロスになる。それは承知だが、馬の反応がいい。ここでガマンさせるよりは、気持ちよく走らせた方がいい。また内側の1頭を交わした。

 

 1番人気の進出に、スタンドが沸く。しかし弥生は分からない。ボルタに「がんばれがんばれ!」と声をかけていた。

 

 第4コーナーを7番手でまわる。しかし前はかなりバラけている。先行勢が追いだしているのだ。

 

 ただ、バラけているだけに壁にならない利点もある。いくぶん消極的な性質を持つ弥生にとっては、前との差はあっても包まれるよりはいい。弥生は外目に出して思いきり追った。

 

 すかさず2頭抜かす。残り4頭。差し切れば、タイムシーフ以外の1番人気で初の重賞勝利!


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