檻の中②

 事件発生から一時間ほどが経過し、大分県警の会議室に多くの警察官たちが集まった。

 まず、白いスクリーンを背景に、前方の席から立ち上がった須藤涼風がマイクを握り、総勢三十人ほどの捜査員に呼びかける。


「只今より、大分市廃工場転落事件の捜査会議を始めます。まずは事件の概要から、三浦刑事、お願いします」


 刑部に促された三浦は席から立ち上がる。

「はい。被害者は竹中将司さん。大分進学塾の塾講師。独身。三十七歳。廃工場前に不審な自動車が停まっていると通報を受けた小宮山巡査と野原巡査部長両名が、何かが落ちる音を聞き、現場に駆け付けたところ、被害者の遺体を発見したようです。また、事件との関連は不明ですが、転落現場と思われる廃工場の中にある檻の中で、女子高生が監禁されていました」

 簡単な事件の概要を聞いた後、捜査を指揮する涼風はマイクを握りなおす。

「その女子高生の身元は?」

 その問いかけを聞き、一人の刑事が手帳を開きながら、右手を挙げる。

「檻の中で監禁されていたのは、大分南陽高校二年生、田川奈美さん。十七歳。現在、念のため大分病院で検査を受けています。奈美さんの両親は他界しており、現在は大分市内にあるマンションにて大学生の姉と二人暮らしをしているようです」

 刑事が報告を済ませると、すぐにスクリーンに白いセーラー服を着た短い黒髪の女子高生の姿が映し出される。

 分割された画面の右側には、監禁されていた田川奈美の学生証の写真。

 そして、その左側には、田川奈美とよく似た髪の長い姉の写真が表示された。

 それを見た吉永マミは思わず目を見開き、席から立ち上がる。


 その反応を見ていた涼風は、首を傾げながら、マイクを握った。

「何でしょう?」

「ああ、いや、事件とは関係ないと思うけど、監禁されてた女子高生の姉が、ビューチューバーのクルミちゃんそっくりでビックリしちゃって。えっと、検視報告書によると、被害者の死亡推定時刻と現場に警邏中の警察官が駆け付けた時刻は、一致してるんだっけ?」

「はい。そのようです」

「それにしても、こんな偶然ってあるんですね。仮に監禁事件の被害者の姉がクルミちゃんだとすると、被害者の死亡推定時刻と大分公園で緊急生配信を始めた時刻が一致するんだもの」

「まあ、それはともかく、鑑識課主任の吉永マミ。現場の鑑識報告をお願いします」


 淡々とした口調で促されたマミが首を縦に動かす。

「鑑識作業の結果、被害者は廃工場の避難階段から転落したものと思われるよ。現場から、人為的に壊された手すりの残骸も見つかってるし、事故の可能性は低そうかな? 被害者はおそらく、廃工場の二階に避難階段を使って向かっていたところ、転落したんだろうね」

「廃工場の二階?」

「うん。二階は事務室になってって、施錠されたドアには、被害者以外の指紋が検出された。それと、転落現場からは、二名のゲソ跡が検出されたよ。一方は被害者が履いていたモノと一致。もう一方は作業靴だって分かったけど、誰のモノかは今のところ不明。まあ、監禁現場から検出されたゲソ跡とも一致したけどね。監禁現場から検出されたゲソ跡は四種類。Aは被害者のモノでBは転落現場に残されたモノと一致。CとDは監禁現場しか検出できなかった」



「分かりました。人為的に壊された手すりからは、何も検出されなかったのですか?」

「被害者の指紋しか検出できなかった。多分、指紋が付着しないように、軍手を付けて、手すりを壊したんだろうと思う。その証拠に、現場からほつれた軍手の糸が見つかったし。あと、被害者のスマホを調べたら、ツバサと名乗る人物と頻繁に連絡を取っていたことも分かった。これが、そのチャット記録。普通はこういうのって、すぐ消すんだけど、被害者は消し忘れてたみたいだね。復元する手間が省けた!」

 再びマミが端末を操作すると、被害者とツバサのチャット記録がスクリーンに表示される。それを見た刑事たちは息を飲みこんだ。


「……なるほど。この記録を読む限りだと、ツバサというのは、今回の誘拐事件を企てた黒幕で、被害者はその共犯者だったようですね」

「そうみたい。最後の記録は、事件前日の午後十一時。あとは手筈通りにだって。それと、監禁現場から軽トラックのタイヤ跡も検出されたのも気になるな」


「では、次に、現場周辺の聞き込みを行った清水警部補、報告をお願いします」

「聞き込みを行った結果、事件発生二時間前に、黒いワンボックスカーが現場となった廃工場の中に入っていったことが分かりました。それと、事件発生一週間前に、工事業者の服を着た三人組が軽トラックに乗って、工場の中へ入っていきました。荷台には、大量の鉄パイプと工事道具が乗っていたようです」

「犯人は一週間前に工事業者を装い、現場に侵入し、避難階段に手すりを壊した可能性もあり得るようですね。他にあの現場を出入りした人は?」

「いいえ。今のところ、その工事業者と黒いワンボックスカーに乗っていた謎の人物のみのようですね」


 その部下の答えに涼風が納得を示すと、突然、吉永マミの座っていた机の上に置かれたスマホが震え出した。

 画面に表示されたメッセージを目に通したマミは、席から立ち上がる。

「須藤警部。科捜研からだよ。防犯カメラを解析して、現場を出入りした不審な黒いワンボックスカーと軽トラックのナンバーを特定したって」

 マミは報告しながら、スマホを操作し、目の前にあるスクリーンに問題のナンバーを表示させた。それを見た涼風は、顎に右手を置く。

「なるほど。軽トラックの方は、レンタル業者のモノのだったようですね?」

「そうそう。どこの業者からレンタルしたのかは、まだ分からないけど、黒いワンボックスカーの所有者は特定できてるってさ」

 マミが再びスマホをタップすると、スクリーンに被害者の顔写真が表示された。


「あの黒いワンボックスカーの所有者は、被害者だった。そういうことですね?」

「うん。そうみたい。問題のワンボックスカーと現場を塞ぐように停まっていた自動車はナンバーが一致しているよ。ハンドルからは被害者の指紋も検出されてるし、後部座席からは、監禁されてた女子高生の毛髪も検出できた」


 情報が出尽くされると、現場を指揮する涼風が両手を叩く。

「それでは、捜査会議を終了します。A班は被害者の人間関係について捜査。B班は監禁現場で囚われていた田川奈美とその姉、田川留美に事情を聞いてきてください。その内、一組は大分公園に行き、田川留美の目撃証言を確認してください。C班は大分市内で軽トラックをレンタルできる業者の捜索です。それでは、解散します」


「はい!」と刑事たちが号令すると、すぐに彼らは会議室から立ち去った。


 そんな中で、涼風はスーツのポケットからスマホを取り出し、メッセージを打ち込む。そんな上司に三浦は首を傾げながら、歩み寄った。

「須藤警部?」

「気になることがあります。被害者が転落したとされる時刻と、現場付近の廃工場の中で監禁されていた女子高生の姉が生配信を始めた時刻が一致している点です。マミの話によると、ビューチューバーのクルミちゃんは今日に限って、昼休みの時間帯に生配信を始めました。果たして、これは偶然なんでしょうか?」


「えっと、須藤警部の疑問は分かりましたが、どこに連絡しているんですか?」

 三浦が目を点にする間に、涼風は送信ボタンを押し、部下に背を向けた。

「 風岡くんに例の生配信映像の解析を依頼しました」

「映像解析なら科捜研に任せておけばいいのでは?」

「それとは別に、あの生配信映像が撮影された端末や位置情報を特定してもらいます。では、行きましょうか? 監禁事件の被害者に会いに」と顔を合わせることなく口にしたキャリア警部は、会議室の出口に向かい、歩き出した。

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