file.4 檻の中~監禁現場から堕ちた誘拐犯。生配信者の姉と囚われの妹。ふたりのアリバイトリック~

檻の中①

 大分県警本部にある食堂の中、タレ目の鑑識の女は机の上に置いたスマホを握り締め、目を大きく見開いた。

 それから、彼女は激しく動揺し、目を泳がせ、勢いよく席から立ち上がる。

 ランチを食べるには少し早い時間帯にも関わらず、食堂の中は同じ警察官で混んでいて、その殆どが彼女、吉永マミに注目した。


 一方で、マミの目の前の席で鶏のから揚げ定食を食していた須藤涼風はそんな彼女の反応が気になり、首を傾げる。

「吉永マミ警部?」

「えっ、あああああ、ごめん。ビックリしちゃって」

 顔を赤くしたマミが自分の席に座ると、須藤涼風は真剣な表情で彼女に問いかけた。

「そろそろ話した方がいいですよ。なぜ、あんなことをしたのか?」

「ホント、ビックリしただけだから。取り調べみたいなノリで聞かないで。大分県を代表するビューチューバーが緊急で正午から生配信を開始するって通知が来て……」

「ああ、動画配信者」

「そうそう。大分市在住のマンガ考察系ビューチューバー、くるみちゃん。この前、全国各地のビューチューバーのサイン色紙が当たるキャンペーンに参加したら、この子のサイン色紙が当たっちゃったんだよ! いつもなら午後10時くらいから生配信するのに、今日に限って、今から配信するんだって。これって、初めてのことだからビックリしちゃってね」

 楽しそうに早口で話す吉永マミは、スマホを横に傾け、制服のポケットからイヤホンを取り出す。それを耳に取り付け、彼女は笑顔で動画サイトに視線を向けた。



 間もなくして生配信番組は始まり、マミのスマホ画面にはどこかの日の当たる公園が表示された。

 それをバックに、肩まで黒い髪を伸ばした白いパーカー姿の女が木製のベンチに座り、右手を左右に振る。

「みんな、こんにちわ。くるみちゃんです。今日は緊急で生配信始めちゃって、ビックリさせちゃったかな? 一応、アーカイブは残すつもりだから、今も働いてる人はあとでチェックしてね。さて、お昼休みにお届けする30分。某公園にて、本日発売の……」

 丁度その時、生配信動画を見ていた吉永マミの近くで、涼風のスマホが震えた。

 席から立ち上がり、マミから離れて電話に出た涼風は、真剣な眼差しになる。

「はい。分かりました。臨場します」

 そうして、電話を切った涼風は、動画に夢中な鑑識課の主任の右肩を優しく叩いた。

「涼風、何? 今、いいとこ……」

「事件です。鑑識課の主任として、現場に臨場しなさい」

「はい」と短く答えたマミが溜息を吐き出す。

 すると、食堂にいる涼風の元に若い男性刑事が駆け寄った。


「須藤警部」と呼びかける男性刑事と顔を合わせた涼風が、首を縦に動かす。

「鳴滝刑事部長から話は聞いています。大分市内の廃工場から男性の遺体が発見されたようです。三浦巡査部長。駐車場に車を回してください」

「了解」と首を縦に動かした三浦と共に、須藤涼風は県警の駐車場に向けて、歩き出した。



 大分市内にある廃工場の近くで三浦が運転する覆面パトカーから降りた涼風は、周囲を見渡した。

 現場付近にはパトカーや鑑識課の自動車が停まり、既に規制線も張られている。

 工事の騒音が周囲に響く現場に臨場しようとした涼風は、違和感を覚え、足を止めた。

 それと同時に、三浦は覆面パトカーから降り、涼風の隣に並び、首を傾げた。

「須藤警部、おかしくありませんか? 救急車が停まっています」

 同じ違和感を覚えた涼風は首を縦に動かし、右方に見えた救急車に視線を向けた。

 その先には、担架に乗せられた誰かが救急隊員に囲まれている。

 それだけではなく、現場の前には、不審な黒いワンボックスカーも停まっていた。


 その謎を胸に抱えたまま、ふたりは現場に臨場する。丁度その時、涼風の元に、警察官の制服を着た二人組の男が歩み寄った。


「須藤警部ですね? 私は、大分第一交番の野原巡査部長です。遺体の第一発見者として報告します!」

 中肉中背の中年刑事の右隣で若くひょろっとした体型の刑事が頭を下げる。

「第一発見者?」と涼風の隣で三浦が首を傾げると、野原巡査部長が首を縦に動かす。

「はい。この付近を警邏していたら、廃工場の前に不審なワンボックスカーが停車していると通報がありました」

 そう言いながら、野原巡査部長は目の前に見えた黒いワンボックスカーを指差す。

 その隣で小宮山巡査は相棒の言葉を続けた。

「そこで私と野原巡査部長が現場に駆けつけると、ドンって音がして、廃工場内に入ったら、あの男が倒れていたんです」

「なるほど。ところで、あなたたちは、いつもこの時間帯に警邏しているのでしょうか?」

 涼風からの疑問の声に、野原巡査部長は首を縦に動かす。

「はい。そうですよ」


「……分かりました。それと、もう一つ。さっきから気になってるこの騒音は何ですか?」

「ああ、現場の隣で解体工事をやってるんですよ。なんでも、廃工場を解体して、駐車場にするとかで、二週間くらい前から始まっています。自分、この近くのマンションに住んでるんですけど、ベランダで煙草吸ってると、揺れが酷いんですよ」

「なるほど。では、現場に臨場します。あなたたちは野次馬の整理をしてください」


交番勤務の警察官に指示を出してから、涼風は三浦と共に現場へと足を踏み入れる。


 規制線から数メートル離れた廃工場の避難階段の真下のアスファルトの近くには、数人の刑事が集まっていた。

 その中にいた黒髪短髪の白いワイシャツを着た男性刑事は、涼風の姿を見つけると、すぐに彼女の元へ駆け寄る。

「須藤警部、お待ちしていました。大分県警初動捜査班の小杉と申します」

 そう言いながら、小杉は警察手帳を涼風に見せた。

「小杉警部補。まずは、現場の説明をお願いします」

「はい。所持していた運転免許証によると、被害者は、大分進学塾、塾講師の竹中将司さん。三十七歳。廃工場の避難階段から転落したものと思われます。現在、検視官が遺体を検視しているところです。それと、遺留品はこちらです」

 そう言いながら、小杉は近くにあるブルーシートの上に置かれた銀色のトレーを指差した。

 黒い目出し帽。黒いスマートフォン。茶色い長財布。それらがトレーの中で横一列で並べられている。

「目出し帽って、なんで被害者はこんなモノを?」

 奇妙な遺留品を目にした三浦が首を傾げると、小杉は首を縦に動かす。

「因みに、その目出し帽は、被害者のズボンのポケットの中にありました。それと、なぜか、被害者のスマホは電池切れのようです」

「では、現場付近に停まっていた救急車は何だったのですか?」

 三浦の隣で涼風が右手を挙げる。すると、小杉は真剣な表情で県警の刑事と向き合った。

「この事件はただの転落事件ではありません。奇妙な遺留品と現場付近に停車している救急車の謎。その答えは、もう一つの現場を見れば、理解できるでしょう」

「もう一つの現場?」

 理解ができず、三浦は首を傾げてみせた。その間に小杉は刑事たちに背を向け、転落現場らしい廃工場の中へ足を踏み入れる。


 その瞬間、ふたりの刑事は思わず息を飲みこんだ。

 ほこり臭く、広い空間の中央にあるのは、四畳ほどの大きさの鉄の檻。その中には黒い椅子しかなく、檻の目の前には、三脚に固定されたビデオカメラが設置してある。


「ここがもう一つの現場です。第一発見者が男性の転落遺体を発見し、現場付近を捜索したところ、あの檻の中に囚われた女子高生を発見したようです。因みに、その女子高生は、手足を縄で縛られ、椅子に座らされていて、現場に駆け付けた警察官が鉄格子を壊し、救出するまで、身動きが取れない状態でした」


「なるほど。監禁現場で転落した男。確かにただの事件ではないようです」

 ほこりが舞う廃工場の中で、三浦が呟いた。

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