殺人オルゴール⑧

 事件現場の真玉海岸に、4人の男女が集まった。規制線は既に撤去され、もはやここで事件が起きた痕跡はない。この場所に呼び出された4人の前に警察たちが現れたのは、彼らが集まってから数分経過した頃のことだった。

「皆様、お集まりありがとうございます。ご存知の通り、この場所で指原さんが殺害されました」

 そう語る須藤涼風の両隣には三浦とテレサしかいない。そんな時、4人組の中にいた吉田五花が慌てて、両手を振った。

「ちょっと、待って。まさか、この中に犯人がいると言いたいの?」

「……いいえ、ここで解き明かすのは、殺人じゃなくて、被害者が遺した謎だよ。指原さんは殺害される直前、オルゴールを砂浜に埋めて、夕日の写真を撮影していたんだよ。問題は、なぜこんなことをしたのか? 2年前のコンテストで最優秀賞を受賞した写真の掲載や再現を断ったはずなのに、なぜ彼女は最期にあんな写真を撮影したのか?」

 テレサはチラリと山田冬菜と後藤頼充の顔を見た。続けて、涼風は関係者たちに推理を聞かせる。

「解析の結果、被害者のスマホから、あの写真に酷似したモノを殺害される直前に撮影されたことは、証明済みです。その前に確認ですが、吉田さん。昨日の午後6時頃、指原さんがあなたの食堂に訪れたのではありませんか? その証拠に、あなたの店の床に付けられた真新しい傷は、指原さんが持っていたオルゴールを落とした時に付いたモノであることは証明済みです」

「だから、そのことを認めたら、警察に疑われるでしょう。だから、言えなかっただけで……」

「そろそろ、話してください。あの時、何があったのか? まさか、あのオルゴールを大切にしている指原さんが自らオルゴールを床に落とすとは思えません。吉田さん」

 鋭い追及に吉田は思わず身を奮い立たせた。そうして、重たい肩を落とした。

「あの日、あの子は言ったんです。閑古鳥が鳴き続けるあの食堂を改装した方がいいって。でも、あの食堂には私たちの思い出が詰まっているから、私は反対しました。それで怒りに我を忘れて、あのオルゴールを床に叩きつけてしまった。あの傷は、それで付いた傷なんです。それから、怒ってお金だけ置いて、店を出ていったんです。だからと言って、私は……」

「だから、殺人じゃなくて、ここに被害者が遺した謎。まあ、これで全ての謎が解明されました。指原さんは、あの写真と遺留品のブレスレットをあなたに贈ろうとしていたってこと。ブレスレットの方は、怒って店を出て行ってしまったから、渡せなかったんじゃないかな?」

「なんで、そんな写真を撮らないといけないんですか?」

 吉田からの問いに対し、涼風は淡々とした口調で答える。

「発端は2年前。当時、指原さんは栗山さんのお母さんの工房で作られたオルゴールを小道具にして、ここであの写真を撮影しました。しかし、あの工房は同時期に起きた火災で焼失し、栗山さんのお母さんも亡くなった。その日から、栗山さん。あなたは塞ぎがちになったと聞きました。その写真を見たあなたは、自分のことのように喜んだそうですね?」

「はい。あの時はすごくうれしかったです」

 栗山が嬉しそうに頷いた後、テレサは事件関係者たちの顔をジッと見て、呼びかけた。

「そして、今、栗山さんは前を向いてあの工房を建て直し、2年前と同じようにハンドメイドアクセサリーを売っている。あの写真は、家族を失って塞ぎがちになった友達を救い、背中を押したってことだよ。ここまで言ったら分かるよね? 指原さんはあの写真を、吉田さんに贈ることで、2年前と同じように友達の背中を押そうとしていたってこと。まあ、スマホで撮影したみたいだから、壁紙として使ってほしかったのかもだけど」

「因みに、あの写真は彼女の自宅に飾られていました。手作りの写真立ての中に入れて。同様に撮影で使ったオルゴールも大切に使っています。それだけ、彼女はあの写真を大切にしていたということです。だから、あの素晴らしい写真を宣伝に使いたくなかった。あの写真には、今でも大切に想っているという気持ちが刻まれているから。これが真相です」


 真相が解き明かされ、後藤は泣き崩れた。同様に栗山と吉田も涙を流す。真相を知った山田は、首を縦に動かし、刑事と顔を合わせた。

「分かりました。あの写真を使わないよう、上司を説得します」

 そう伝えると、山田は海岸から走り去った。こうして、真玉海岸を舞台にした殺人事件は幕を閉じたのだった。



 豊後高田署の会議室に、刑事たちが集まる。机の上には、紙コップに注がれたオレンジジュースが並び、捜査に関わった警察官たちは、それらを手に取った。前方の机には指原匠美の遺影が置かれ、署長の中西は掴んだ紙コップを持ち上げた。

「県警と所轄が協力しあうことで、真玉海岸で起きた殺人事件を早期解決できた。ジュースで申し訳ない。献杯」

 署長挨拶の後、刑事たちは一斉に紙コップを持ち上げた。そんな中で、三浦良夫は溜息を吐いた。この場に須藤涼風の姿はない。直前になって、どこかに出かけることになったのだ。県警が派遣した捜査責任者として、それはどうなのだろうと三浦は思ったが、あのキャリア警部はその声に耳を貸さない。


 三浦がオレンジジュースを一口含む近くにいた江藤巡査部長の周りを刑事たちが囲んだ。

「江藤。お前、あのテレサと一緒に聞き込みしたそうじゃないか? ホントか?」

 そう同僚から追及され、江藤は視線を逸らし、両手を振った。

「ただの偶然ですよ。偶然ハンドメイドショップの前で会って、そのまま成り行きで、一緒に聞き込みをしました。ウソだと思ったら、相棒の川田にでも聞いてください。それから、真玉海岸まで彼女を送ったけど……」

「マジかよ! お前の覆面パトカーにあのテレサが乗ったのかよ!」

「ああ、後部座席は落ち着かないって言っていたので、助手席に。太股がキレイでした。その時に、最近面白いと思った探偵小説を聞いたんですよ。あの日の風鈴。戦後の日本を舞台にした探偵小説ですって。今度、読んでみようと思います」

「うらやましい。今度の非番、バンジージャンプの刑な」

 輪の中にいた刑事の声に賛同したのか、矢方と小野警部補は両肩を組み、声を揃え、こう言ったのだった。

「江藤、バンジー宣言しろよ」

 

 まるで男子高校のようなノリで、本当に彼らは警察官なのかと三浦は一瞬疑い、冷めた目で彼らを見ていた。そんな時、彼の中で疑問が浮かぶ。須藤涼風とテレサ・テリーは、本当に友達という関係だけなのだろうか? ただの一般人の素人探偵ということだけでは、警戒するに値しない気もする。

「もしかして、5年前の事件は終わってないって思ってる?」

 不意に最初に彼女とあった時の声が頭に蘇る。

「5年前、2人の間に何かがあった?」

 まだ何も分からないが、そうではないかと三浦は思った。




 同じ頃、周防灘に面した遠浅の海岸にあるカフェの席に、一人の女が座った。赤く染まる海を見ながら、その女はコーヒーを一口飲む。そんな彼女の席にはノートパソコンが置かれていた。

「探しました」

 そう声をかけ、須藤涼風は彼女に近づく。涼風の存在に気が付き、その金髪の女は顔を上げた。

「スズカ。いいの? 送検準備とか裏付け捜査の指示とか、いろいろやることあるんじゃないの?」

 テレサ・テリーが心配そうな顔をした後、涼風は頷いた。

「大丈夫です。あとは所轄にお任せして、これから県警に戻る予定です。」

「そう、じゃあ、すぐにシュウちゃんに会えちゃうね♪」

 悪戯に笑うテレサの顔を見て、涼風は赤面する。

「一か月くらい会えなくても大丈夫だから。ってからかわないでください!」

「イッツ、ジョーク。もしかして、私に会いに来たの?」

「そう……あっ、店員さん、彼女と同じものをお願いします」

 注文を済ませ、彼女の顔が正面に見える席に座った後、涼風は話を続けた。

「そうです。あなたが捜査協力してくれたおかげで、真実が明らかになりました。今日はそのお礼を言いにきました」

「珍しいね。スズカがそんなこと言うなんて」

「あなたが二年前の火事について追及しなかったら、あの真実を解き明かすことはできませんでした」

「そう言ってもらえると、嬉しいよ」

 間もなくして、涼風の前にコーヒーカップが置かれ、彼女はそれを持ち上げ、一口飲む。

「今頃、豊後高田署では献杯を兼ねた交流会でもやってる頃でしょう」

「えっ、いいな。私も献杯したかった」

「だから、部外者を参加させるわけにはいきませんって、どうせあなたなら分かってるんでしょう? なぜ私があなたの前に現れたのか?」

 暖かい空気は冷たくなり、にこやかだったテレサの顔もマジメになる。

「まあね。もしかして、5年前のことかな? 今でもあの事件のことを気にしてるみたいだし」

「そういえば、昨日、あなたに会った時の質問に答えていませんでしたね。私は、5年前の事件は終わっていないと思っています。そして、私はあなたを許すつもりはありません」

「なるほど」

 涼風の冷たい目を見たテレサは、短く呟く。その後で彼女たちは、沈みゆく太陽を見つめていた。







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