殺人オルゴール⑦

 豊後高田市内にある写真館の前に一台の覆面パトカーが停車した。助手席に座る須藤涼風は、封筒を持ち、看板を見上げた。続けて運転席に三浦も降り、刑事たちが中に入る。


「あれ? 刑事さん。何の用ですか?」

 写真館の中にいた後藤頼充は、眉を擦りながら刑事たちを向かい入れた。そんな彼の前で須藤涼風は封筒から書類を取り出し、彼に見せる。

「後藤頼充。あなたに逮捕状が出ています。そう、あなたが真玉海岸で指原さんを殺害した犯人です」

 突然のことに後藤は驚き、両目を見開く。

「証拠があるんですか?」

「被害者のスマートフォンから、あなたの指紋が検出されたそうです」

「そんなわけないでしょう。だって、あれは海に捨てて……」

 しまったと思い、後藤は思わず口を隠す。それを見て、三浦は首を捻った。

「おかしいですね。被害者のスマホが水没したことは、報道されていませんが」

「あなたの思惑は外れてしまい、部分指紋のみが検出されました。それがあなたのものと一致しました。さらに、あなたはダークウェブで拳銃と毒薬を購入したことも分かっています。殺人を否認するつもりなら、銃刀法違反で逮捕します。その後、あなたの自宅の家宅捜索を行えば、証拠も出てくるでしょう」


 二人の刑事に追及され、後藤は苦笑いした。

「ダークウェブだかなんだか知らないけど、私が指原さんを殺すわけがない! そうです。指原さんと揉めていた山田さんが犯人です」

「あなたが最初に警察署を訪れた時にも、同じことを言いましたね? そうやって、あなたは分かりやすい動機のある山田冬菜を犯人に仕立て上げようとしました。彼女は猟友会にも所属していたので、使用済みの銃弾を盗み出し、現場に置くことで証拠を捏造しました。しかし、あなたはミスを犯しました。殺害に使用した銃弾の回収を忘れてしまったことです。こうして、現場に銃弾が二つも残されてしまいました。後は被害者のスマホを海に投げ入れ、身元不明の女性の遺体にした。これがあなたが起こした殺人事件の真相です」

 全ての真実を見抜く強い瞳と合った後藤は、視線を逸らす。

「違う。私は悪くない。悪いのは指原さんです。二年前、コンテストで最優秀賞を受賞した彼女に憧れて、この業界に入って、同じ写真館で働くようになったのに、彼女は私の意見を聞かなかったんです」

 興奮して、犯行動機を語る真犯人を前にして、三浦は床を思い切り踏んだ。

「そんなことで、拳銃を違法サイトで買って、殺人事件を起こしたんですか!」

 憤る巡査部長の隣で、キャリア女警部は感情を押し殺し尋ねる。

「犯行動機は、二年前の写真ですね? あなたは、あの写真をもっと宣伝に使うべきだと意見したのに、彼女はそれを聞き入れなかった」

「そうですよ。あの写真が観光PRのパンフレットに載れば、この写真館の宣伝になる。それなのに、指原さんは掲載を断ったんです。あの素晴らしい写真を撮影した写真家が、ここにいることを私はもっといろんな人に知ってほしい。それが私の夢だったのに、彼女はそれを否定したんです。だから、拳銃や青酸カリを買って、いつか殺そうと思ったんです」

「犯行直前、あなたは見てしまったんですね? 真玉海岸が二年前の写真を再現しようとした被害者を。その姿を見て、あなたを押さえつける正義感が爆発した。だから、殺したんですね?」

「お見通しですね。そうですよ。あの時、一人で残った指原さんのことが気になって、海岸に戻ってみたら、彼女はあの写真をもう一度撮影していたんです。それで嬉しくなって、一眼レフで撮影しないかって声を掛けたら、何って言ったと思います? それで撮る必要ないって言ったんです。彼女の中であの写真は、一眼レフカメラで撮影するレベルのモノではなくなっていた。そのことが許せなくて、青酸カリ入りの水を飲ませ、意識が混濁しているところを拳銃で撃ち殺しました。その後、スマートフォンを海に投げ入れ、逃げたんです」


 真犯人の口から身勝手な犯行動機を聞かされた三浦は、後藤を睨みつける。

「そんな理由で人を殺したんですか!」

 そのまま後藤の胸倉を掴もうとする三浦の腕を、須藤涼風は瞬時に掴む。

「後藤頼充。檻の中であなたの罪を数えなさい」

 強い眼差しで真犯人の姿を捉えた須藤涼風は、手錠を取り出し、彼を拘束する。こうして、真玉海岸を舞台にした殺人事件は解決するはずだった。


 パトカーの後部座席に犯人を乗せ、警察署に移送しようとした際、周囲には野次馬たちが集まっていた。その中から聞き覚えのある声を、涼風たちは聞いた。

「もしかして、犯人捕まったの?」

 そう語りながら、テレサ・テリーは刑事たちの前に姿を現す。

「テレサ。あなたに話す理由はありません」

「えっと、手錠みたいなヤツ、見えたけど。犯人連行する時の服も見えたよ。ああ、私も事件解決したかったなぁ。事件関係者を現場に集めて、犯人指摘したかった」

「だから、それは警察の仕事……」

 いつものツッコミの後、須藤涼風のスマートフォンが振動する。何事と思い、電話に出ると、吉永マミの声が届いた。

「須藤警部。面白いことが分かったよ。吉田食堂の真新しい傷。あれを鑑定した結果、問題のオルゴールを落とした時についたヤツだってことが分かった」

「床に落とした?」

 聞き耳を立てていたテレサも同じことを呟く。


「あの写真をもう一度撮るはずがありません!」


「あの写真は、被害者が二年前の写真コンテストで最優秀賞を受賞した写真のようです」


「そういえば、あの火事で唯一の肉親を亡くして佳賀里ちゃんは塞ぎがちになったけど、匠美ちゃんがコンテストで最優秀賞を受賞した時は自分のことのように喜んでいたのを覚えています」


「今でも大切に想っている」


「彼女はあの写真をもう一度撮影していたんです」


「吉田食堂の真新しい傷。あれを鑑定した結果、問題のオルゴールを落とした時についたヤツだってことが分かった」


 事件を捜査する際に聞いた声が、いくつも頭に浮かび上がる。その意味に須藤涼風が気が付いた瞬間、隣のテレサ・テリーはジッと涼風の顔を見た。

「スズカ、謎が解けたよ。だから、お願い。現場に事件関係者集めて」

「ちょっと、待ってください。テレサさん。まさか、真犯人は別にいるってことですか?」

 三浦が慌てて尋ねると、須藤涼風は首を横に振った。

「それは違います。犯人を捕まえたところで、全ての謎が解けたわけではありません」

「スズカ、いいこと言った。そうそう。犯人捕まえて終わりなんて、つまんないよね? スズカ」

 須藤涼風は被疑者を乗せたパトカーをジッと見てから、スマートフォンで電話をかけた。

「大分県警の須藤です。中西署長。頼みがあります。被疑者の移送を待っていただけませんか? 30分でいいんです。時間を頂けませんか? 被疑者逃走のリスクに関する責任は、私が取ります」

「分かった。任せる」

 電話を切った涼風は、移送するパトカーの運転席の窓ガラスを叩く。ガラスが開き、制服警官と顔を合わせた彼女が頭を下げる。

「被疑者を真玉海岸に連れて行ってください。署長の許可は受けています。それと、現場に到着したら、手錠を外して、衣服を私服に着替えさせてください。責任は私が取ります」


 そう伝え、パトカーを見送った後、テレサは涼風の前で微笑んだ。

「スズカ、優しいね。わざわざ被疑者を現場に連れていくなんて。それも私服に着替えさせて」

「他の事件関係者に犯人の正体を悟られなくするための一時的な配慮です。それに、被疑者にも真相を聞く権利があります」

「そう。じゃあ、私も真玉海岸に連れて行ってよ。こういう犯罪とは無関係な謎解き、乗り気じゃないんでしょ? だったら、私が真相、話すからさ」

「分かりました。あなたを現場に連れていきます。そこで私をサポートしてください」

「やった。ありがとね♪」


 こうして、三人は事件関係者が集う真玉海岸へ向かった。遺された謎を解き明かすために。

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