殺人オルゴール⑥

「こちらをご覧ください」

 取調室の中で刑事は数枚の写真を容疑者に見せた。それらは机の上に並べられ、ツインテールの女性がジッと見る。

「これは全て、被害者が昨日訪れた場所の防犯カメラ映像の静止画です。全て、あなたが映っていますね? 山田冬菜さん」


 名を呼ばれた山田の顔が曇る。さらに追い打ちをかけるように、別の所轄刑事は事実を山田に突き付けた。

「あなたが働いている市役所観光課に問い合わせました。あなたは昨日、欠勤していますね? この画像は、あなたが仕事を休んで被害者を尾行していた証拠です。さらに、あなたは被害者を恨んでいるという証言も得ています」

「確かに、指原さんの尾行はしましたが、殺していません! 尾行したのは、ロケハンを遠くから見守っていたからで……」


 必死に首を横に振り、否認する山田の耳にノック音が届いた。取調室のドアが開き、書類を持った矢方巡査部長が取調室に顔を出す。矢方は取り調べを担当する刑事に、書類を渡すとすぐ様頭を下げ、取調室から出ていった。提出された書類に目を通した刑事は、自信満々な顔つきになる。

「これは猟友会の名簿です。あなたの名前も掲載されていますね。疑いを晴らしたかったら、あなたの猟銃を提出してください」

「確かに、私は猟友会のメンバーですが、銃で人を殺すなんて無理です! 大体、あの写真を観光PRの表紙に使えないからって人を殺すわけがありません!」


 その様子を、マジックミラー越しに須藤涼風と三浦良夫は見ていた。三浦の手には、取調室にある猟友会の名簿と同じものが握られている。それに目を通し、山田冬菜という名前を見つけた三浦は納得の表情になる。

「やっぱり、犯人は山田冬菜で間違いないですよ」

 そう結論付けた部下が上司の顔を見る。だが、上司はジッとマジックミラー越しに浮かび上がる容疑者の顔を見ているだけだった。そんな時、涼風がいる個室のドアが開き、畠中検視官が彼らの前に姿を晒す。まず、畠中は書類を警部に渡した。


「解剖鑑定書です。司法解剖に立ち会いましたが、少々気になることがあります。体内からは致死量に満たない青酸カリが検出されました。被害者の体は激しい動悸で負担がかかっていたものと思われます。それと、胃から未消化の食品と水分が検出されました。胃の内容物からおそらく被害者は死亡する30分前に、カツカレーを食べていたものと思われます」

「カツカレーって……」

 近くで報告を聞いていた三浦の頭に、一軒の食堂が浮かびあがる。

「まだ、そうと決まったわけではありません。食事の時間も考慮すると多少の誤差はあると思うけど、現場の真玉海岸から徒歩20分圏内でカツカレーが食べられる店を調べる必要があります」

「徒歩圏内ですか? 車で移動した可能性はないのですか?」

「それはないです。被害者が自動車に乗ったという報告はありません。ここは、捜査員総出で被害者が立ち寄った店を特定します」

 あっさりと否定してみせた須藤涼風は、スマートフォンを取り出す。そんな女性キャリア警部の隣で、検視官は呟いた。

「カツカレーで思い出しました。そういえば、この前、一昨日やってたテレサ・テリーが手掛けたドラマでも、カツカレーが出てきたんですよ。その時のセリフが印象的でした。初恋の人を今でも大切に想っているってセリフ。もしかしたら、あのドラマに影響されて、カツカレーを食べていたのかも……」

「畠中検視官、私語は謹んでください」


 ジト目で注意する涼風のスマホの電話が繋がった。そこに表示された相手の名前を見て、涼風は息を整える。そうして、通話ボタンを押すと画面上に片耳に付けるタイプの黒いヘッドセット付けた黒ぶち眼鏡の若い男性の姿が映った。

「涼風さん。見つけましたよ。こんな仕事、私なら5分で終わります」

「それにしては、報告が遅い気もしますが、それはいいとして、私が欲しい情報が手に入ったということですね? 風丘くん」

 テレビ電話越しにジト目になった涼風を見た風丘は苦笑いする。

「細かいところは気にしないでください。早速ですが、これを見てください。ダークウェブで拳銃を購入した人物を特定しました。その人物は、同時に青酸カリも購入しています。この人が購入者です。証拠となるデータは、そっちに送信します」


 風丘は目の前のノートパソコンを操作して、スマホの画面上に問題のデータを表示させた。それを見た須藤涼風は思わず眉を顰める。

「間違いありませんか?」

「そう言うと思って、IPアドレスも調べました。この人の自宅のパソコンから購入したことは証明済みです」

「中継点にされた可能性は?」

「そう言うと思って、調べましたが、その可能性はあり得ません。それと、科捜研のパシリとして報告します。被害者のスマホの復元が完了したそうです。後ほど最後の通話記録も送信するとして、復元されたスマホには気になる写真が記録されていました。それは、この写真です」

 須藤涼風のスマホに一枚の写真が表示された。それは指原匠美が二年前の写真コンクールで最優秀賞を受賞したモノと酷似している。

「これは興味深いですね」

「はい。気になって、その写真を解析した結果、撮影日は被害者が死亡する数分前の午後6時55分頃。写真に付加されているGPSデータを解析した結果、現場で撮影されたものと思われます。夕日の光の入り具合や背景を解析しても、疑う余地はありませんでした。それと、水で洗い流されていましたが、部分指紋がスマホカバーから検出されたそうです。それを鑑定した結果……」

「了解しました。それだけの証拠があれば、逮捕状の請求も可能なはずです」


 真犯人の姿を捉えた涼風が電話を切る。それから、個室を飛び出した彼女は、取調室のドアを開けた。入室後、容疑者と顔を合わせた涼風が尋ねる。

「大分県警捜査一課の須藤涼風です。一つだけお聞きします。もしかして……」

 キャリア警部の問いを聞き、山田は首を縦に振る。

「はい。一昨日、空き巣に入られました。でも、金目のモノは何も盗まれていなくて、あれだけがなくなっていたんですよ」

「つまり、あれを保管していたということですね。因みに、その空き巣被害は警察に届けましたか?」

「いいえ。届けていません。もう使えないものですし……」

「確認です。一か月前、あなたは猟友会の活動に参加しましたか?」

「はい」

「ありがとうございます。それでは、あなたの猟銃を一時的に押収します」


 真実を導き出した警部は、容疑者に頭を下げ、取調室から出ていく。そうして、彼女は取調室の前で待っていた三浦と共に、署長室へ足を運んだ。ドアをノックしてから、2人は整理整頓された机の前に座っている中西署長と顔を合わせる。

「失礼します。中西署長。真犯人の正体が分かりました。逮捕状の請求をお願いします」

 須藤涼風の申し出を聞き、署長が唸る。

「確か山田という容疑者を取り調べ中だと聞いたが、真犯人は別にいるということか?」

「はい。真犯人は……」

 署長の前で真実を語るキャリア警部を前にして、中西署長は腕を組む。

「ビンゴだな。それだけの証拠があれば、逮捕状の請求も可能だろう。届き次第、真犯人を逮捕しろ」

「ありがとうございます」

 2人の刑事は同時に頭を下げると、すぐさま署長室から立ち去った。

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