file 3. 殺人オルゴール 後編~埋められた遺留品。誰が写真家を殺したのか?~

殺人オルゴール⑤

 お昼時となっても、吉田食堂の閑古鳥は泣き続けた。テレビは今でも近所で起きた事件のニュースを伝えている。店主である吉田五花が溜息を吐くと、木製のドアが開いた。

「いらっしゃいませ」

 そう挨拶した彼女の目に飛び込んできたのは、キレイな金髪。蒼い瞳は店主の驚き顔を映す。誰がどう見ても外国人。

「ハロー」

 ぎこちなく英語で店主の女性に挨拶され、その外国人はクスっと笑う。

「あっ、日本語でいいよ」

 本日初めての客は席に座らず、ボロボロになった店内をキョロキョロと周囲を見渡した。その動きを見て、店主は声を漏らす。壁一面に貼られている写真を、あの事件を捜査する刑事が見たら、あからさまだと思うに違いないと吉田は思った。それらの写真を一枚一枚ジッと見ている外国人の後ろで、店主はガラスコップに水を注ぐ。


「えっと、お客様?」

 そう声をかけられ、外国人はスマートフォンで適当に選んだ写真を撮り、ようやく席に座った。それから、謎の外国人女性はメニュー表と睨めっこしながら、店主に尋ねる。

「もしかして、この店って写真家の指原さんの行きつけのお店なの? あの壁に貼られてる写真の殆どは、この食堂の中で撮影した感じだったし」

「はい、そうですけど……」

「そうなんだ。そういえば、この近所で事件があったみたいだけど、刑事来なかった?」

「開店準備中、店の前で刑事に声をかけられましたよ。怪しい人を見なかったかとかなんとか」

「じゃあ、この店の中まで刑事は入ってこなかったんだ。って、あれ? おかしいよ。行きつけの店なのに、どうして中に入れなかったの? もしかして、関係を知られたくなかったからとか?」

「正直に言ったら、疑われるでしょう!」

 思わず店主が声を荒げる。それを聞いて、外国人は視線を床に向けた。よく見ると床の一部分が傷ついている。

「確かにね。被害者と関係のある人物が現場近くで働いてたら、第一容疑者になっちゃうね。こんなこと言うのもアレだけど、この店、ボロイね。改装とかしないの?」

「そんなことするつもりありません」

「じゃあ、店員ってあなただけ?」

「はい。そうですけど……」

 答えを聞きながら、女は周囲を再度見渡してみせた。

「防犯カメラもないみたいだし、閑古鳥も鳴いてる。アリバイの証明は難しいかもね」

「あの、さっきから話を聞いていますが、あなたは何者でしょうか?」

 そう尋ねられ、外国人女性はハッとして、両手を一回叩いた。

「そういえば、自己紹介がまだだったね。私はテレサ・テリー。通りすがりの名探偵だよ。あっ、一応サイン置かせてもらおうかな。私はこう見えて、刑事ドラマの脚本家で有名なんだよね。科捜研のオカマ書いてる人」


「はあ……」

 これ以上の言葉が出てこない吉田は困惑した。ちょうどその時、新たな客がドアを開ける。次に入ってきたのは、三人組だった。後ろ髪をピンクのシュシュでまとめた若い女性と長身の釣り目女性、短髪で黒いスーツを着た男性。先ほど身分を明かしたテレサは、三人を見つけると、右手を振る。

「スズカ、遅かったね。今からランチだったら、相席していいよね? まだ何も注文してないから」

「……まあいいです。その代わり、事件について話しません」

「えっ。いいの? ここは面白いのに。壁、よく見て。被害者、映ってるよね?」


 言われるがまま、三人は壁を見る。そこには確かに被害者の顔写真が何枚も貼られていた。涼風はそれを見てから、店主の女性の顔をもう一度見る。

「被害者とあなたが映っていますね。この食堂の店員さん」

 追及を始める涼風の元に歩み寄りながら、テレサは頷いてみせた。

「それだけじゃないよ。ここに飾ってある写真、全部同じ三人が映ってるんだよ。被害者の指原さんとこの食堂の店員さん。そして、被害者の遺留品の入手先だったアクセサリーの販売店の店員さん。何か関係があると思わない? それに、おかしいんだよ。この店の前で刑事が聞き込みしたのに、ここの店員さんはノーリアクションだったみたいだし。もう第一容疑者として事情でも聴いた方がいいかもよ」


「言われなくても、そのつもりです」

 涼風が部下の刑事と共に店主の女性の元へ一歩踏み出すのと同時に、テレサは鑑識課の制服に身を包むピンク色のシュシュの女を手招きする。

「マミだったっけ? 鑑識課主任の。ここの床だけど、真新しい傷がついてるから、調べた方がいいかも」

「了解」

 返事してから、ルーペを取り出し、問題の床をマミは観察する。それから、テレサは刑事の元へ合流する。


「では、まずあなたの名前を教えてください」

 スズカと呼ばれた刑事に尋ねられ、吉田は首を縦に動かした。

「吉田五花です」

「では、吉田さん。あなたと被害者の関係は?」

「高校の同級生で同じ写真部の部員でした。あんな壁に飾ってあるような何気ない日常の写真が好きで、思い出ファーストの吉田ってよくからかわれていましたが、指原さんはこんな私を認めてくれたんです」

「あの写真に毎回映っている、茶髪の女性は誰ですか?」

「栗山佳賀里ちゃん。確か指原さんの幼馴染だったと思います。彼女とも高校で仲良くなって、よく電話もしています」

「昨日、指原さんがこの店を訪れませんでしたか?」

「……いいえ、来ていません。まあ、あの時は客もいなかったので証明はできませんけど」


丁度その時、須藤涼風のスマートフォンが震えた。画面を確認すると、吉野所長という文字が表示されている。

「失礼」

 そう断った女警部は、吉田に背中を向け、端末を耳に当てた。

「もしもし、はい。分かりました。それを証拠にして、任意の事情聴取を行います」

 電話を切った涼風は、隣にいる三浦に耳打ちしながら、部下にメールを打ち始める。

「科捜研が防犯カメラを分析した結果、不審な人物が映像に映っていたそうです。食事後、署に戻って、その不審人物の事情聴取を行います」

「それで、誰が……」

 小声で部下の刑事が尋ねるのを、テレサは聞き耳を立て盗み聞きしようとする。それに気が付いた涼風はジト目になった。

「テレサ。これはあなたには関係ない話です」

「えっ、事情聴取に付き合いたい。マジックミラー越しに取調室に中の様子、見たいかも。スズカ、お願い」

「ダメです。捜査は刑事に任せて、あなたは脚本でも書いてなさい」


「じゃあ、吉田さんに聞こうかな?」

 話を聞かないテレサは視線を涼風から吉田に向け、首を傾げて見せた。

「二年前、その栗山さんのマザーが経営している店と工房が火事になったって聞いたけど、その時のことを教えてほしいな」

「テレサ、一応、豊後高田署に問い合わせてみたけど、あの二年前の火事は事件性が一切ない事故だったそうです。よって、あなたの推理は的外れです」

 テレサと吉田の間に割って入った涼風が、あっさりと否定すると、テレサは笑みを浮かべる。

「一応、私の推理を聞いてたんだ」

「可能性の一つとして、確かめただけです」

 強気な涼風は瞳を閉じる。その後で、吉田は思い出したように呟いた。

「そういえば、あの火事で唯一の肉親を亡くして佳賀里ちゃんは塞ぎがちになったけど、匠美ちゃんがコンテストで最優秀賞を受賞した時は自分のことのように喜んでいたのを覚えています」

「そういえば、あの写真に写っているのは、二年前に焼失した工房で作られたオルゴールだったよね?」

「そうです」

 吉田が同意した後、三浦は右手を挙げる。

「あの、そういえば、指原さんの自宅の写真立てもその工房で作られたものなのでしょうか? いかにも手作りっていう感じのヤツで、写真もあります」

 念のためにと撮影しておいた写真を自身のスマートフォンに表示させ、吉田とテレサに見せる。それを見た吉田は唸った。

「そういえば、二年前、同じような写真立てを作る教室があの工房で行われたような……一応、佳賀里ちゃんにも聞いてみる」

「どうも、ありがとう。それと、この店のオススメって何? そろそろお腹が空いてきました」

「それなら、カツカレーです。香辛料にもこだわっているので、カレーの専門店には負けません」

「分かった。じゃあ、みんな。そろそろカツカレーでも食べようよ」

 呼びかけながら、テレサは席に座る。その後で、涼風たちはテレサの近くの席に座り、ランチを食べ始めた。

   

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