殺人オルゴール④

「早速ですが、こちらでこのようなビーズのブレスレットは販売していますか?」

 とあるアクセサリーショップで、江藤巡査部長がスマートフォンに表示された写真を、茶色く短い髪をした女性店員に尋ねた。その刑事の問いかけに続き、テレサ・テリーはレジの近くに置かれた包装紙の束に目を付け、彼女を追及する。

「江藤刑事、やっぱり、この店だよ。見て。あの包装紙って遺留品とそっくり」

 素人探偵に指摘され、江藤巡査部長は頷く。

「そうですね。では、その包装紙を一枚、提出してください。この店のビーズも全種類用意……」

「一体、何の話ですか?」

 訳も分からず、栗山佳賀里は刑事たちの前で首を傾げた。すると、江藤は真剣な目で女性店員と向き合う。

「実は、事件現場でこの店の商品と思われるビーズのブレスレットが包装された状態で発見されました。我々はその遺留品が被害者の行動を突き止める証拠だと考え、一軒ずつこういう店を回って、聞き込みをしているわけです」

「はぁ。そういうことですか。確かに、それはウチの商品。正確に言うと、隣にある工房で作られた物です」

「工房もあるんですね?」

 江藤の隣でメモを取る男性刑事が呟く。

「はい。あの工房で、ハンドメイド教室もやっているんです。一昨日の夕方はビーズのブレスレット作りをしました」

「では、その教室の名簿も提出していただけませんか?」

「別に構いませんけど……」

 レジの真下にある引き出しを開けた彼女は、名簿を取り出し、刑事にそれを指し出した。名簿を受け取った刑事は、ペラペラと紙を捲り、見覚えのある人物の名前を瞳に映し、驚く。それから、テレサは名簿を刑事の隣から盗み見して、頬を緩ませた。

「やっぱり、ここだったんだ」

 名簿に指原匠美という名前が書き込まれていることを知った刑事は、首を縦に動かした。

「はい。そうですね。次に、一昨日の教室に参加した指原匠美さんについて、教えてください。一昨日、どんな様子だったのか? 細かいことでもなんでも構いません」

「確か、一昨日はブレスレットをある人にプレゼントしたいって言っていました。それで、ブレスレットを店で包装して、渡しました。あとは特に変わったことはなかったかと」

「分かりました。それでは、失礼します」

 刑事たちが頭を下げ、店から出ようとした時、テレサ・テリーは右手の人差し指を立てた。

「一ついいかな? 確か、二年前、この店の工房で手作りオルゴール教室が開催されていたよね?」

「はい。そういえば、一度だけ開催されたと聞いてます。その時の講師は私の母なので、様子は分かりません。母は二年前の火事で亡くなって、参加者名簿も焼失しています」

「火災で焼失ということは、ここにハンドメイドショップの店舗と工房を建て直したということね?」

「はい。そういうことです」

「それと、もう一つ。その火事の時、あなたはこの店にいたの?」

「いいえ。私は入院していました。急病で……」

「なるほど。最後に一つだけ。二年前、あなたが入院していたのは、どこの病院でしょうか?」

「豊後高田病院ですけど、それが事件と関係あるのですか?」

「それは分かりませんが、どうもありがとう」

 そう伝え、テレサは刑事たちと共に店を去る。


 その頃、指原匠美の自宅の家宅捜索に立ち会っている須藤涼風は、リビングの中へ足を踏み入れた。鑑識たちは指紋や毛髪を採取している中、最初に目に飛び込んできたのは、机の上に飾られた如何にも手作りという雰囲気の写真立て。涼風と同時に部屋に入ってきた三浦は、写真立てに入れられた写真をジッと見てから、スマートフォンを操作する。そうして、画面に一枚の写真を表示させ、女警部に見せた。

「須藤警部。見てください。あの写真は、被害者が二年前の写真コンテストで最優秀賞を受賞した写真のようです。サイトに掲載されていました」

 涼風は画面と写真を見比べた。砂浜にオルゴールを埋めて、夕日をバックに撮影する風景写真。それは誰がどう見ても同じもの。

「同じですね。だとしたら、気になりませんか?」

「気になることですか?」

 何のことだか分からず、三浦が唸る。そんな彼の隣で須藤涼風は尋ねた。

「三浦巡査部長。あなたが撮影した写真がコンクールで最優秀賞を受賞したとします。では、その写真をどんな写真立てに入れて飾りますか?」

「それは、箔が付くように豪華な感じのモノです」

「しかし、被害者はその写真を如何にも手作りな感じの写真立てに入れて飾っている。なぜでしょうか?」


 そう疑問を投げかけた須藤涼風のスマートフォンが振動した。画面上にある吉永マミという名前を確認した彼女は、ボタンをタップして、耳に当てる。

「もしもし、須藤警部。現場の真玉海岸から銃弾が見つかったよ。ただ、なぜか銃弾は二発あるんだよね。一つは猟銃の弾。もう一つはハンドガンの弾。気になったのは、猟銃の弾が死んでることかな?」

「死んでますか?」

「うん、最初に見つかった猟銃の弾と、ほぼ同時刻に見つかったハンドガンの弾。後者は微かに熱を帯びていたけど、前者は完全に冷え切っていたんだよ。多分、猟銃の方は、撃ってから数週間くらい経過してるんじゃないかな? 一応、見つけた銃弾の写真を警部のスマホの送るから」

「分かりました。それでは、拳銃の入手経路は彼に調べてもらいます。鑑識班は豊後高田署に戻って、鑑識作業をしてください。捜索に参加したB班の捜査員には、改めて指示します」

「えっ、彼も巻き込むの? 須藤警部とお似合いの彼と……」

 受話器越しにマミは驚きの声を出す。だが、涼風はマミが驚いている理由に気づかず、淡々とした口調で答えを口にする。

「拳銃は一般的に出回らないモノです。ここは彼に任せた方が、迅速に入手経路が判明するはずです」

「私から依頼しようか?」

「私が直接依頼します」

「そう、それなら現場に来れない? お昼奢る約束だったよね? 現場近くにある吉田食堂って店なんだけど……」

 腕時計をチラリとみて時間を確認した涼風が頷く。

「了解しました。家宅捜索終了後、急行します」


 電話が切られ、須藤涼風の隣にいた三浦は話が理解できず、首を捻る。

「須藤警部。彼というのは誰ですか?」

「大分県警サイバー犯罪対策課の風丘末広」

 サイバー犯罪と聞き、三浦はマミが驚いていた理由が分かった。彼は驚愕の表情を浮かべ、目を丸くする。

「須藤警部。まさか、この事件はサイバー犯罪なのですか?」

「いいえ、違います。自動拳銃の入手経路の一つに、ネット購入があります」

「インターネットで購入って、拳銃が手軽に買えるんですか?」

「語弊がありましたね。ダークウェブと言う一般人が閲覧できないネットの世界があるそうです。そこでは手軽に拳銃や違法薬物が購入できます。風丘くんなら、そういうサイトを解析して、購入者を突き止めることも簡単でしょう」

「あっ……」

 上司の話を聞きながら、三浦は声を漏らした。そのリアクションが気になり、須藤涼風は尋ねる。

「何でしょう?」

「さっき、風丘くんって言いましたね。マミさんも須藤警部とお似合いって言ってましたし、もしかして、その風丘さんと……」

「かっ、風丘くんはただの恋愛相談相手だから。くん付けで呼んでるのは、風丘捜査官って呼ばれたくないっていう本人の意思を尊重して……って、捜査中に何を聞いてるのですか!」

 顔を赤くして、両手を振る須藤涼風の姿を見て、三浦は思わずクスっと笑ってしまう。

「須藤警部も恋愛相談なんかするんですね。意外でした」

「まあ、一方的に相談を受けていただけです。風丘くんが好きだったのは……」


 丁度その時、涼風の右手の中でスマートフォンが震えた。画面を見ると、江藤巡査部長の文字。それから電話に出ると、思いがけない人物の声が流れた。

「ハロー、スズカ。事件について、面白いことが分かったんだけど、聞きたい?」

「テレサ。まさか、また勝手に捜査しているのですか? 一般人には捜査権はありません」

「日本では、捜査権がない刑事が捜査に参加することがあるって聞いたけど?」

「それはドラマの話です。ところで、なぜ江藤巡査部長の携帯からあなたの声が聞こえるのですか?」

「うん、彼にケータイ借りてるから。あの遺留品の包装紙からハンドメイドアクセサリーショップを突き止めたら、バッタリ。そうそう、二年前の火災について、調べた方がいいかも。被害者の指原さんが写真コンクールで最優秀賞を受賞したのも、二年前。もしかしたら、二年前の火災と写真コンクールには繋がりがあるかもしれないよ」

「あなた、また遺留品の写真を勝手に撮影しましたね。それと、なぜ被害者に関する情報を知っているのでしょう? まだ彼女の名前は報道されていないはずです」

「私のバックには探偵団がいるからね。それくらいの情報入手なんて、朝飯前です」

「はいはい。ここからが警察の仕事です。あなたはドラマの脚本でも書いていなさい」

 軽くあしらいつつ、須藤涼風は電話を切る。その後で、彼女は手が空いたB班の班長と通話する。

「真玉海岸の捜索、ありがとうございました。矢方巡査部長と小野警部補は、猟友会事務所での聞き込み及び猟銃所持者リストの確保。残りは真玉海岸周辺での聞き込みをお願いします」

 簡単に指示した涼風の隣では、またもや三浦が唸っていた。


「今度は何ですか?」

「探偵団というのは何なんですか?」

 疑問を疑問で返され、須藤涼風はジド目になる。

「また事件とは関係ないことが気になっているんですか?」

「それは須藤警部も同じですよ。あの写真立てのことが気になっているんでしょう」

「それはそうですが、まあいいでしょう。テレサはSNSのフォロワーのことを探偵団って呼んでいます。その彼らから情報提供を求め、捜査に関する手がかりを手に入れる。SNS探偵。確か、今の団員数は10万人くらいだったと思います。それも彼女が厄介な理由の一つです。関係ない一般人を現場に集めたこともありました」

「なるほど、そうなんですね」

 三浦たちは再び被害者の自宅マンションの一室での捜索を再開した。


 一方でテレサ・テリーは江藤にスマートフォンを返す。それを受け取った江藤巡査部長が唸りながら、隣にいる外国人素人探偵に尋ねた。

「テレサさん。さっきの問答は何だったんですか?」

「二年前の火事のことが気になったから、追及してみたんだよ。でも、あの病院には私のフォロワーいないから、情報聞き出すのは無理そう。だから、江藤刑事。今度は覆面パトカーで豊後高田病院に行きたいなぁ。お願い♪」

「これ以上は無理ですよ。もう須藤警部にあなたと捜査していることがバレてますし……」

「そう。じゃあ、病院の方は江藤刑事に任せようかな。ショカツに戻りにくいだろうから、そっちは任せる。その代わり、私を現場近くまで送ってほしいな」






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