殺人オルゴール③

 その会議室は、昨日テレサ・テリーの聴取を行った部屋と同じだった。三浦巡査部長がドアをノックしてからドアを開けると、ラフな格好で目の下に隈のある男性が一人座っていた。その男性は、開かれたドアから二人の刑事が入ってきたことを知ると、すぐさま席から立ち上がった。

「刑事さん、早く確認させてください。昨晩から連絡が取れないんです」

 被害者の関係者らしき男性が強く要求しても、須藤涼風警部は冷静に男性と向き合う。

「私は大分県警捜査一課の須藤涼風です。隣にいるのは、三浦巡査部長。今日は私たちが事情を伺います。まず、あなたの名前を教えてください」

「はい、私はこういうものです」

 そう言いながら、男性が名刺を差し出す。それを受け取った女警部はそれに目を通し、隣に立つ三浦に手渡した。その後で三人は席に座る。

「指原写真館の写真家。後藤頼充さん。まず、あなたが確認したい人物のことを教えてください」

「そうですね。私は真玉海岸で見つかった遺体というのは、指原匠美、私の上司で写真館の館長さんではないかと思っています。それが彼女の写真です」

 次に後藤は机の上に一枚の写真を置いた。そこには白色のワンピースに身を包み、砂浜を歩く被害者らしき女性が映っている。

「こちらの写真は、預からせていただきます。では、昨晩から指原さんと連絡が取れないと言っていましたが、その件について、詳しく説明してください」

「はい、昨日は豊後高田市の観光写真集のロケハンをしていました。撮影予定地を一通り歩いた後、最後に訪れたのが思い出の真玉海岸でした。そこでちょっとした撮影をした後、急に指原さんのスマホが鳴ったんです。その電話が終わった後、彼女は私を先に帰して、一人で海岸に残りました」

「彼女と別れた時間は?」

「昨日の午後六時頃でした」

「すみません。ちょっとした撮影というのは、オルゴールを砂浜に埋めて撮影するといったものなのでしょうか?」

 上司の隣でメモと取る三浦が尋ねる。しかし、後藤は首を横に振り、驚いたような顔つきになる。

「そんなはずがありません。あの写真の再現や掲載を断ったくらいですから。私たちが最後に行ったのは、ラウンドビーチタオルの上に小物をいくつか置いて撮影したものです。あの写真をもう一度撮るはずがありません!」

「ラウンドビーチタオル?」

 興奮気味に語る後藤の口から聞きなれない言葉が聞こえ、三浦は首を傾げた。

「キレイな模様が施された円形のタオルのことですね。最近、若い女の子の間で流行ってると聞いたことがあります」

 三浦の隣に座る須藤涼風警部の解説を聞きながら、後藤は首を縦に振る。それに続き、彼女は後藤に尋ねた。

「先ほどから気になっているのですが、思い出の真玉海岸というのは何ですか?」

「あの海岸で撮影した写真が二年前の写真コンクールの最優秀賞を受賞したことがきっかけで、指原さんの名前が知られるようになったんです。真玉海岸の砂浜にオルゴールを埋めて、夕日をバックに撮影する風景写真。タイトルは波音です。そういえば、その撮影に使っていたオルゴールを大切に使っていて、いつも持ち歩いていました。昨日もネジを回して音楽を聴いていましたし」

「では、指原さんを恨んでいる人物に心当たりはありますか?」

「豊後高田市役所観光課の山田さんです。山田さんは、さっきの話にも出てきた風景写真を観光写真集の表紙に使おうとしていましたが、指原さんはあの写真の掲載を断りました。そのことがきっかけで揉めているようです」

「分かりました。それでは、この紙に昨日、あなたと指原さんの行動を書いてください。昨日の撮影に使ったラウンドビーチタオルの提出もお願いします。もう一つだけ。指原さんが触った物があれば提出してください」

「はい、それなら車の中にあります。彼女が昨日使っていた一眼レフカメラもあります。一晩中彼女を探していたので」

「なるほど、その目の下の隈は、一睡もせずに指原さんを探していたからですか?」

 そう三浦に尋ねられ、後藤は首を横に振る。

「確かに一晩中探していましたが、私は不眠症なんですよ」

 そう語った後藤は、刑事の指示に従い、ボールペンを握った。続けて、須藤警部は要求を重ねる。

「最後にもう一つ、お願いがあります。あなたの指紋とDNAを採取させてください」

「はい、それくらいなら構いませんよ」

「ありがとうございます。では、鑑識を呼ばせていただきます」

 頭を下げた女警部は席を離れ、会議室に備え付けられた内線で鑑識を呼ぶ。その後、指紋や毛髪の採取が行われ、刑事たちは、後藤を玄関先で見送る。


 三浦の手にはビニール袋に入れられた天使をモチーフにしたラウンドビーチタオルと、後藤が記した昨日の予定表が握られていた。須藤涼風は三浦の隣で後藤から受け取った指原匠美の写真を撮影している。

「須藤警部。これで捜査が進展しましたね。後藤さんの証言が正しければ、被害者は写真家の指原匠美さん。午後六時から午後七時の間に、真玉海岸で彼女は殺されて、その犯人は、指原さんを呼び出した人物」

「この殺人事件は、そこまで単純なものではありません。なぜなら、この事件には多くの謎があります。その中でも重要なのは空白の一時間。この謎を解き明かさなければ、事件は解決できません」

 部下の隣で答えながら、須藤涼風はスマートフォンでメールを打った。

「関係各所にメールを送りました。科捜研にも写真を送信済み。大至急、被害者の顔と照合するよう依頼しましたので、すぐに被害者の身元は判明するでしょう」

「メール、速いですね」

「捜査は迅速に行うのが基本ですから。さて、市役所観光課の山田さんの聴取はA班に任せたので、行きましょうか?」

「どこに行くのですか?」

 要領を得ず三浦が唸る。そんな彼の前で一台のワンボックスカーが停車した。そこに向かい、玄関からゾロゾロと鑑識たちが姿を現す。丁度、その時、須藤涼風のスマートフォンに一通のメールが届いた。その文面を読み、彼女は頬を緩ませ、集まった所轄の鑑識たちに呼びかけた。

「科捜研の鑑定結果が届きました。身元不明の女性遺体の顔と昨晩から行方不明だった指原匠美さんの顔が99%一致したそうです。これより指原匠美さんの自宅に出向き、任意の家宅捜索を行います。彼女の毛髪や指紋を採取し、被害者の身元を完璧に特定します」

 「はい」という号令が玄関で響く中で、三浦は「はい?」と声を出す。

「ちょっと、待ってください」

「被害者の自宅住所なら、覆面パトカーのグローブボックスの中にあるタブレット端末で運転免許証のデータベースを調べたら、一発で分かります」

「そうじゃなくて……」

「自宅周辺で聞き込みを行う刑事が必要ですね。各班の捜査状況を班長に聞いて、何人か回してもらいましょう」

「だから、これから現場に臨場して、吉永さんに昼食を奢ってもらう予定だったのでは……」

「そんなことよりも、今は被害者の身元を完璧に特定することの方が最優先事項です。まずは、被害者のことを知る。捜査の基本です」

 警部はスマホを操作し、捜査員全員に指原匠美の顔写真を送信した後、三浦が運転する覆面パトカーの助手席に乗り込んだ。


 そうして、須藤涼風たちは被害者が暮らしていたという豊後高田市の住宅街へ足を運んだ。タブレットが示す指原が暮らしていた自宅アパートの駐車場には、先に到着していた鑑識課の自動車が停車している。

 隣に三浦の覆面パトカーが停まるのと同時に、鑑識の車のドアが開く。ゾロゾロと鑑識たちが車から降り、彼らの元に涼風たちも加わった。

 まず、彼らが訪れたのは、一階にあるアパートの管理人室。透明で薄いガラス窓越しに見えた薄型テレビはコマーシャルを映していた。そのガラスを叩くと、おおらかな雰囲気の中年男性が顔を出した。須藤涼風は警察手帳を見せる。

「大分県警の須藤涼風です。このアパートで暮らしていた指原匠美さんの遺体が見つかりました。そこで、彼女の部屋の家宅捜索を任意で行いたいのですが、よろしいですか?」

「はい。いいですよ」

 アパートの大家は、首を縦に振り、金庫を開ける。そこから鍵を取り出した彼の耳は、テレビから漏れるニュースを捉え、机の上に置かれたリモコンにも手を伸ばし、スイッチを切った。


 丁度同じ頃、吉田食堂のテレビのスイッチを、一人の女性が溜息交じりに入れた。長い後ろ髪を青いヘアゴムで結う彼女は、閑古鳥の泣く店内を見渡してから、視線をテレビに向ける。外は事件現場周辺に集まるマスコミや刑事、野次馬たちがいて、にぎやかになっている。そうなってしまった原因を伝えるニュースは、今まさに伝えられようとしていた。

『昨日午後七時頃、大分県豊後高田市内で、身元不明の女性の遺体が発見されました。通報者に事情を聴いた大分県警は、殺人事件とみて捜査を続けています。では、現場から中継……』

 テレビに外の様子が映し出された瞬間、彼女のスマートフォンが振動を始めた。画面には栗山佳賀里の文字。

「もし……」

『五花ちゃん、大丈夫?』

 慌てているような口調で、電話の主は食堂の店主の女の声を遮った。

「うん」

『良かった。ニュース観たよ。あの海岸の近くで殺人事件があったってニュースでやってたから。ところで、あのニュースでやってたんだけど、被害者の顔がタクちゃんに似てたような気がしたんだけど、どう思う?』

「そんなに似てるかな?」

 首を傾け、食堂のいたるところに貼られた写真から、彼女は話に出てきたタクちゃんの写真を探し始めた。すると、栗山佳賀里が声を漏らす。

『あっ、お客さん来たみたいだから、またね』


 手にしたスマートフォンの画面をタップした栗山佳賀里は、ドアを開け入ってきた人物たちと視線を合わす。茶色いショートカットをした彼女が目にしたのは、客とは思えない二人組の黒いスーツを着た男たち。そんな彼らを挟み、金髪碧眼の女性は室内に多く飾られた手作りのアクセサリーを見渡している。

 黒スーツを着た男が警察手帳を見せるのと同時に、金髪碧眼の彼女は腕を組んだ。

「私はテレサ・テリー。ちょっと刑事と行動を共にさせてもらってるだけだから、気にせず、お話を聞いてほしいな」

 




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