[8]

《銀狼》は束の間、眼を閉じた。

 フリギア星系第四惑星ミダスもまた、氷と雪で閉ざされた辺境の星だった。絶え間ない砲声と銃声。爆弾が炸裂する騒音の中、数万もの兵士が戦って死んでいった。敵味方どちらも兵士の遺体は回収もされず、戦場にそのまま捨て置かれた。半年ほどの戦闘で、当初は20万人いた味方の兵員はわずか3000人足らずに落ち込み、降伏しか選ぶ道はなかった。

 敵はミダスの戦闘で得た捕虜を収容所惑星に連行した。その中に《銀狼》もいた。生き延びることが出来たのは奇蹟だった。

 ある日、《銀狼》は警備兵に小さな木造小屋に連行された。小屋の中では、背広姿の男が立って待っていた。警備兵のふるまいからして男は将官のようだが、最前線に立って砲火に身を晒すようには見えない。《銀狼》は男が情報部の人間だろうと見当をつける。警備兵がひとつだけある椅子に《銀狼》を座らせる。背広を着た男はヴィル・シュトライヒと名乗る。シュトライヒは尋ねた。

「連邦軍少尉のクリストフ・マイヤーか」

「帝国の公用語で発音しますと、クシシトフ・メイエルになりますが」

 シュトライヒは鼻を鳴らし、背広からタバコを取り出す。マイヤーに1本、タバコを手渡した。自分とマイヤーのタバコに火を点け、シュトライヒはひとしきり煙をふかすと、再び尋ねた。

「君は人間を狩るのは得意か?」

「相手によりますが」

「敵の狙撃手を狩ってもらいたいのだ。《黒豹》と呼ばれている優秀な兵士だ。これまでにわが方の兵士を25人ちかく射殺している。将官ばかりをな」

「正直言って、大した人数じゃありませんな。で、その《黒豹》とやらは今どこに?」

「サリュート星系の戦線だ。ここからでも五千光年は離れている」

「だいたい、兵士を送り込んでド田舎の惑星を占領するなんて面倒くさいことをしなきゃいい。熱核爆弾を1発落としてやれば十分、おつりが来る」

「そうも簡単にはいかん。あの惑星には、貴重な地下資源があるのだ。資源に瑕をつけたくはない。奪取した後の発掘作業に支障がきたすからな。だからこそ、君を送り込むのだ」

 こうして、《銀狼》はこの星に送り込まれた。《銀狼》は観測兵が撃たれた昨夜から、共同住宅の一室に身を潜めたままだった。優秀な狙撃手なら長い時間、同じ場所にいることはまずありえない。《銀狼》はその盲点を衝こうとしていた。また、この一室を拠点としたのも理由があった。連邦軍の捕虜が毎朝、向かいの住宅の前の路地を通る兵士がいると証言していた。背が低いその兵士は身長と同じくらいの銃を肩に吊るし、少年兵を連れていた。その銃の上に何か付いていたという。

 おそらくはPUと呼ばれる3・5倍の光学照準器付きのエミル・レオン。連邦軍制式の狙撃銃は長さが130センチはある。背の低い兵士とは《黒豹》に違いない。

 遠方から、連邦軍の反攻が展開されている。轟音が響き渡る。敵はまずこの街を占領する帝国軍を包囲して、殲滅しようとしていた。だが、そんなことは大きな構図を思い描く想像力のない《銀狼》にはどうでもよいことだった。

 弱い光を発している太陽はまもなく没して、周囲は真っ暗闇になる。もし《黒豹》が向かいの共同住宅に潜んでいたとしても、暗くなってしまえば撤収するしかない。敵に包囲されようとも、《銀狼》は狙撃を続けようと心に決めていた。部屋の暗がりにじっと潜んだまま照準を覗いていると、以前よりも映像が鮮明になってくるのを感じる。何かが動いているのが見える。まだ確信は持てなかった。もしトリガーを引いて的を外せば、自分の位置を暴露する羽目になる。

《銀狼》はいったん眼を閉じた。60まで数を数える。照準をじっと見つめ続けることはしたくなかった。眼が疲労して幻を見る恐れがあった。瞼を再び開ける。

 試練が報われる時が来たようだった。闇の中に新たな動きが浮かびあがってくる。自分と同様、腹這いになって狙撃銃を構え、照準器に眼をあてがっている兵士―《黒豹》かもしれなかった。

 間違いない。 

《銀狼》は眼をかっと見開いた。ヘルソン望遠照準器のレンズによって、実際の四倍に拡大された映像を見つめる。レンズの十字線の交点に視線を定めた。息を半分ほど吐いた次の瞬間、《銀狼》はトリガーに力をかけて引いた。

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