[9]

 ぼくは寒さで目覚めた。あくびをすると、白い吐息がふわっと舞い上がった。

 軍曹は窓枠の下に身を潜めて、双眼鏡をのぞいている。ぼくも窓の外に眼をやる。灰色の空模様からすると、さらに雪が降りそうだった。昨日もまた、雪が降った。今では2メートルくらい積もっているに違いなかった。

 ぼくは彼方からのかすかな射撃音を耳にしたような気がした。その方角に眼を向けると、小さな白色の発砲煙を発見して息がとまった。モノクロームの濃淡で描かれたような市街地を、弾丸が切り裂いた。

 軍曹がぼくの名前を叫んだ。ぼくは刹那、衣服が裂ける音を聞いた。右肩に衝撃を受けた。身体が脱力して床の上に崩れた。右肩の深いところに焼けるような熱さがあった。片腕で傷口を押さえると、指の間から生温かい血が流れているのを感じた。

 軍曹はぼくに覆いかぶさり、通信用のマイクを3回叩いた。味方に非常事態を知らせる符号だった。部屋まで駆けつけてきたのは、少年兵部隊の小隊長だった。

「衛生部隊のテントまで連れて行け」軍曹は言った。

 小隊長は傷を見るなり、自動拳銃を抜いた。ぼくの額に冷たい銃口が押しつけられる。

「ぶっ殺すかねえだろ。傷も深い。治してやるだけ無駄だ」

 ぼくは思わず眼を閉じた。そのとき脳裏に浮かんだのは、原っぱで見かけた男の子のことだった。足が不自由だった。それだけの理由で、原っぱに遺体が転がされた。

「おい、マジかよ!」

 小隊長が突然、叫び出した。ぼくは眼を開けた。驚いたことに、軍曹も携行していた自動拳銃を小隊長に突き付けていた。

「こいつは私の部下だ。部下はもう一人も殺させない」

 小隊長はかぶりを振った。

「へえ・・・アンタも変わったな。《黒豹》と恐れられたレイラ・ヤコヴレフ軍曹がこんなガキひとりに情けをかけるようになるとはな」

「早く運べ」

 小隊長はぼくを担いで衛生部隊のテントまで運んだ。

 軍医は「麻酔は無いので我慢して」と断った後、ぼくの身体にメスを入れて銃弾の摘出手術を始めた。今まで経験したことがない痛みに、ぼくは顔を歪めて呻き声を上げた。手術台の周りにいる看護兵たちに身体を押さえ付けられた。しばらくして7・92ミリの銃弾が取り出された。《銀狼》のライフルから発射された物だ。

 軍医はピンセットで摘まんだ血まみれの銃弾を水で洗い、注意深く観察した。

「どうなんだ?」

 小隊長が軍医に尋ねた。

「弾丸に損傷はありません。きれいなもんです。幸運でしたな」

「大丈夫なんだな」

「ええ。もし銃弾が骨に当たって砕けていたら、その破片を全部取り除くために、もっと大きく皮膚と組織を切らなくてはならなかったでしょう」

 軍医は簡単な手術で済んで喜んでいる様子だった。無理もない。軍医は徴兵されてきた元獣医だった。その後、傷口の縫合が行われた。これも耐えられない痛みだったが、数分で終わった。ぼくはどうにか手術台から起き上がり、軍医に礼を言った。

「完治するまで、どのくらいかかりますか?」

「そうですね。3週間もすれば、右腕も元通りに動かせるようになるでしょう。傷口が化膿しないように注意してください」

 ぼくは小隊長と衛生部隊のテントを歩いて空いたベッドを探した。連隊長とテントの通路ですれ違い、2人で姿勢を正して敬礼をした。連隊長はぼくの顔を一瞥して声をかけた。

「君は軍曹の観測手だな?軍曹はどうした?」

 小隊長が代わりに答えた。

「まだ市内で狼狩りに精を出してるところです」

「何?それはいかん。そろそろ友軍の爆撃が開始される頃だぞ。急いで連れ戻せ」

 小隊長は空いたベッドにぼくを寝かせ、テントを飛び出して行った。ぼくはじっと眠りが訪れるのを待った。隣のベッドから手足を失った兵士が痛みに呻いている。テントの天井に吊るされた灯油ランプの下、重傷を負った兵士たちに囲まれる。

 ぼくは気持ちが重くなった。

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