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 衛生部隊が接収した病院の中に置かれた診察台に、負傷兵が運ばれて来た。上半身を裸にして仰向けに横たわる。右肩の下に銃創がひとつ空いている。出血していたが、すでに傷口の血液が凝固していた。上体を起こして背中を観察する。銃創はない。体内に弾丸が残っているのは明らかだった。

 軍医はいなかった。看護師である自分が取り出すしかない。レイラはそう思った。たった3か月前、連邦軍に徴用されたばかりだというのに。

 レイラはゴム手袋をはめた手で弾丸の位置を探り、弾丸からもっとも近い場所の皮膚にメスを入れた。麻酔は無かった。負傷兵は激しい痛みに、顔を歪めて呻き声をあげた。

「しっかり押さえて!」レイラは怒鳴った。

 付き添いに来た周りの兵士たちが、暴れる兵士の肢体を診察台に抑えつけた。切り裂かれた筋肉の谷間が灯油ランプで照らされる。溢れる血液の中に差し込まれた鉗子が弾丸を探して動き回った。あまりの激痛に、負傷兵が叫び声をあげた。

 しばらくして、体内から7・92ミリの弾丸が取り出された。帝国軍の突撃銃から発射されたものだ。傷口の縫合を終えた頃には、負傷兵は激痛で気を失って眠っていた。必要な処置を終えたレイラは中指の部分を無理やり伸ばして、ゴム手袋を外した。

 その日の夜、当直を終えて簡易ベッドに寝ていたレイラは叩き起こされた。

「起きろよ。アンタの兄貴が面会に来てるよ」

「兄なんて、私にはいないわ」

 レイラが病院を出る。静寂の中、砲声が遠いこだまのように聞こえる。暗がりに若い男の兵士が佇んで待っていた。

「私に御用の方は?」

「おれだ」

 若い男の兵士はそう言った。階級章は少尉だった。少尉は輸血用の保存パックに貼られていたメモをレイラに見せた。レイラには思い当たる節があった。数週間前、病院に配属されたばかりのレイラは献血を命じられた。ある時、院長は「君の名前と住所を書いておこう。ひょっとして君の血を輸血された人が現れるかもしれないからな」と言って、輸血用の保存パックにメモを貼っていた。

「おれはアンタの血をもらった兄弟だ」

 少尉はレイラを劇場に誘った。

「映画でも見ないか」

 肩に狙撃銃を担いだまま、少尉は空いている方の腕を差し出した。レイラは自分の腕を巻き付け、2人はそのまま通りを歩き出した。悪い気はしなかった。レイラにとってはハンサムな若い男性にデートに誘われることが初めてだった。

 その夜から何日か経って、少尉は出発した。フリギア星系の戦線に送られるという。レイラは病院の前で、泥道に立っていた。兵士たちの縦列が長く伸びている。もう若くはない顔が並んでいる。きっと補充中隊に違いない。衛生部隊や野戦病院で治療を受けた兵士たちが予備連隊で編成された中隊である。兵士たちは押し黙ったまま、のろのろと進んでいた。縦列の中に少尉を見つけたレイラが手を振ると、少尉は敬礼を返した。

 手紙がもらえるとは思っていなかった。ところが1か月が経った後、レイラはある兵士から三角形に畳んだ手紙を渡された。

「あなたの友、優秀な狙撃手であったクリストフ・マイヤー少尉は戦死されました」

 あの少尉のことだった。少尉は孤児院育ちで唯一、住所と言える場所がこの病院だった。別れ際、少尉はレイラに必ずこの病院に残っているようにと熱心に頼んだ。戦争が終わって見つけ出しやすいから。「戦争では、すぐ行方不明になっちゃうだろ?」と心配していた。たった一か月で少尉が戦死した手紙を受け取り、レイラはとても恐ろしくなった。太い杭を心臓に打ち込まれたようだった。

 レイラは前線に出る決意をした。自分の血を分けた人の復讐をするためだ。どこかの星の戦場で自分の血が流されたのだ。しかし前線に出るのは、簡単ではなかった。院長に3通の志願書を書いて、四度目は直訴した。

「行かせてくださらないなら、私はこの病院から逃げ出します」

「よかろう。指示書を書こう。そんなに頑固ならば」

 レイラは自分でも説明できない。なぜあの少尉が今も、自身の心を騒がせるのだろうか。震えるほどに。涙が出るほどに。

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