エピローグ

 あるところに、『勇者』がいた。その『勇者』は、王様の命令で〈影の一族〉を倒すために旅に出た。しかし、〈影の一族〉の強さはすさまじく、一人で百万の敵を倒せるほどにも感じられた。


 『勇者』は〈影の一族〉との戦いで剣を折られた。それでも、『勇者』は戦った。何のために戦っているのか、そのときは『勇者』自身もわからなかった。


 『勇者』は前の戦いで逃がした〈影の一族〉を追った。そこで、〈影の一族〉が過去に何をして、何を守ろうとしているのかを知った。それを知り、『勇者』は思った。



「『勇者』とは何をする人間なのだろう。本当に守るべき人は、一体誰なのだろう」



 と。


『勇者』は戦った。〈影の一族〉と戦った。真の『勇者』となるために。本当に守りたい人を守るために。


 そして、『勇者』は勝った。〈影の一族〉と一緒にもぎ取った勝利だ。それは、守られ、守りながら戦って得られた勝利だった。この勝利こそ、本当の勝利だと思った。


 『勇者』と〈影の一族〉の旅は続く。今までも、これからも、ずっとずっと続くだろう。二人が歩みを止めない限り。いや、どちらが歩みを止めても、もう片方が歩みを止めた片方を背負ってでも進むだろう。そして、また歩き出すのだ。それが、『勇者』と〈影の一族〉の関係なのだ。





「っていう書物を後世に残そうと思うんだけど……」


「何でお前が中心に書かれているんだよ」


「何でって、普通、こういうのは『勇者』が中心になるものでしょう?」



 旅を続けているある日、キャンプをしているトラマルとリアは夜の焚き火を明かりにして、何かを見ていた。それは、リアが少しずつ書いていたという書物だった。赤い日記帳のような本に、少しずつ毎日書き記していたという。トラマルは毎日のように見せろ見せろと言っていたが、リアはなかなかトラマルにその書物を見せようとしなかった。


 だが、ようやく完成したのか、今日、はじめてトラマルにその書物を見せたのだった。



「第一、これが後世に残るっていう保証はあるのか? ただの日記として捨てられるのがオチだと思うが……」


「ちっちっち、わかってないわね、トラマルは。だからこそ、ちょっと頭がいい人が書いた風に書いているでしょう? これなら、誰が見たって重要な文献だと思うわよ!」


「お前、やっぱり馬鹿だろう」



 トラマルはため息をついてリアが書いた書物をじっと見つめる。何度読んだって、その内容の薄さは噴飯ものだ。



「……でも、まあ」



 トラマルはその書物をしまい、夜空に輝く大きな月を見上げた。



「こんなのも、いいかもな」



 影として生き、影として死ぬことを運命付けられた男の言葉だった。『勇者』リアは、〈影の一族〉トラマルの運命を、確実に変えていた。


                                                      〈了〉

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『勇者』と〈影の一族〉 前田薫八 @maeda_kaoru

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