第6話 時代に愛されなかった男

僕とキツキツは言う。

「昔話? 退屈そうだな」

それこそな。しかし、ボロが出て重要なことをこぼすかも……。いいぞ。

ヘルはクルミに呼びかける。

「話に興味はありませんか? クルミさん。リサさんもほら。ダンスには自信があるのですよ。昔話に集中できなくなっても知りませんよう」

姉さんとクルミは冷静になる。

「くっ、仕方がない」

ミルクは呆れて言う。

「妖精ヘルよ。キサマは私が今から話す予定の昔話など、知っているだろう」

えっ! どういうことだ? しかしヘルなら、知っていても不思議はないかも……。何時の時代からヘルが存在するか、僕は知らない。

ミルクは何故か紙芝居を取り出す。そこに描かれている人物は、三十歳くらいの男性だろうか。物を人々に配り、生き生きとした表情をしている。恐らく、科学者のミルクのじいさんだろう。

ミルクは真面目に語り出す。

「うむ。昔々この世界に、伝説の魔法使いウシダが商売をしていたのだ。実は、その人物こそ私のじい様だ」

クルミは呆れて言う。

「まだ魔法使いにこだわるの? 科学者でしょう」

「そこは譲れないな。その頃じい様は、魔法の産物を安全価格で販売していた。ところが、それ以上の安物を売る存在が、現れたのだよ。それこそが『売る者』の販売班だ」

という感じで、昔話は続いていく。

ミルクも調子は良さそうだな。

「じい様の魔法は、なんと材料が結構高かったのだよ。これ以上安くしたら、コストバランスが大変なことになる。つまり大赤字だ。下請けの魔法使い達も、さあ大変ということだ。それでもじい様は値下げを行い、戦い続けた。売る者より質は高かったというのに……」

クルミは昔話に突っ込みを入れる。

「下請け魔法使いなんて知らないわ。いい加減、科学者と認めなさい!」

ミルクは、それを無視して続ける。

「何時か自分こそ伝説だったと、人々も思う日々が来ると信じ、天才のじい様は魔法を繰り返す。しかし売る者は、今度は質で劣ってもバリエーションの豊富さで、人々の心を捉える。売る者がじい様の魔法をパクらなかったのは、コストオーバーのためである。売る者は強化班、販売班、そして戦闘班に分けた」

そこでキツキツは、自分の考えを語る。

「つまり、売る者は人材が豊富になったということか。班を作ることにより、自らが直接命令を下す機会は減るということなのかな」

ミルクは、ニヤリとしてこう言った。

「その人材とは何だったと思う? キツキツ君。なんと、売る者のコピーだったのよ。当時の売る者でさえ、今よりは技術不足だった。コピー達は売る者ほどの力は持っていなかった。そこで、サラブレッドを参考にしたらしいわ。配合を繰り返し、性能を上げ続け、人材は強化されていく。じい様は、その行為が許せなかったと、孫である私に語ったのである 」

僕と姉さんは互いに見つめ合う。そして、僕は言う。

「人体実験に近いな、それは。これは確かにミルクのじいさんが怒ったのも解る。そして、僕達売る者のメンバーは、全員遠い親戚みたいなものだったと言える。僕と姉さんは、こういう血と血の繋がりだったなんて」

クルミは、大地と海の声を記憶に焼き付ける。それこそが、風の運ぶもの。今クルミは問いかけたのだろう、大地と海はそれを許せるのかと。

答えは出ない。クルミの表情は、そんな感じだったよ。そして、ミルクはクルミを睨む。そして、クルミに向かい言葉を叩きつける。

「じい様は最後まで売る者に勝てなかった。そこで、ユメを継ぐ者を求めた。それは、魔法で作られた人間に近い存在である。つまり、クルミ。きさまだ! 私ではなかった。もう、覆ることはない。じい様は伝説となったのだ!」

「ミルク……」

と、みんな。

その時、ミルクに通信が入る。サッツからか? 聞覚えのない声が漏れてくる。

「ミルクよ。私はまだ生きとるし、伝説にもなっとらん。いや、ミルクが伝説と思ってくれるのは嬉しいのだが。あと、私は魔法使いになった覚えはない。ゲームのやり過ぎ注意だぞ」

「じい様」

と、ミルクは舌を出した。

ヘルは、真剣な表情でウシダさんに問う。

「どうやってゲートを開いたのですか、ウシダさん?」

ウシダのじいさんは、それを聞いて笑い出す。

「ククク、妖精ヘルよ、ここでキサマの正体をみんなに明かしても良いのだぞ。ヘルが私にチャンスをくれたのだ」

「何ー!」

と、僕とキツキツ、そして、反乱軍の人々も一緒に叫ぶ。

姉さんはそれだけ聞いて、ある程度話を理解したようだ。リサ姉さんはじいさんに問う。

「つまり、空人と海人との戦いの中、汚染された大地が生まれたはずだった。しかし、そんな話は班長である私にも届いていない。詰まるところ、『何者か』が浄化したのだ。ウシダさんはそこをつき、ミルクを送り込んだ。その『何者か』の正体こそヘルであると?」

ここはウシダさんではなく、クルミが答える。

「大地と海の声が教えてくれたの。現実世界での大地のコピーは、不可能に近いね。時代に愛されなかった人なのね。ウシダさんは私に何を期待している?」

ここでミルクが、少し怒る。

「じい様は、時代などに愛される必要などないのだ。じい様と私は、時代さえねじ伏せる伝説なのだよ。私は勇者へとクラスチェンジし、世界をコピーする。ゲーム世界の大地なら、コピーもそこまで難しくはない。データに過ぎない、リセットボタンなど認めない。売る者も世界の改ざんも認めない!」

ウシダさんはミルクをなだめた後に、口を開く。

「ヘルの浄化の際に出来た世界の歪みを、利用させてもらった。そうすることで、一瞬、現実世界でさえも、僅かにコピー出来る。そこにクルミを乗せたというカラクリだよ。それから、クルミとミルクの幸せを願う。私は二人に、私のユメを背負わせたくないのだ」

「じい様のユメは私のユメ! そして、勇者と名乗ることも」

と、ミルクは宣言した。

クルミの正体は、どうやらウシダさんの奥さんの記憶を、データ化したものらしい。ウシダさんはミルクへ優しく話しかける。

「私は妻を幸せにしてやれたという自信がない。最後まで恨まれていたかも知れない。知識の果てを再びみたいというのなら協力しよう。私も今年で八十一歳になる。協力と言っても、何時まで出来るかってことだがな。ミルクにも協力しよう。伝説の魔法使いという者は、ミルクにとっても私にとっても、どれほどのものかもわからん。勇者の証がミルクの幸せだというなら、知識の果ては楽園なのだろう」

と、ウシダさんはミルクにもニコリとする。

ミルクによって現在が変化した。つまり、売る者の計画は、狂い始めたということだ。ウシダさんのユメは、ミルクの信念へと受け継がれたんだ。ミルクはサッツと手を組み、売る者を牽制した。それが空人と海人の争いを、少し鎮めたってことだ。

僕と姉さんは、これからも売る者を神と呼ぶのだろうか? そして、大富豪サッツは偽の売る者を利用し、何をなそうとしているんだろうな? ゲーム世界のトップであるサッツの目的は、まだはっきりしない。キツキツは、ゲーム世界を法で縛ることと読んでいる。サッツは自分一人で楽しもうとしていると。

ウシダさんとの通信を終えたミルクは、僕達に向かう。

「私は、社長のところへ戻る。そして、このミルク様が勇者となった時、『本当の敵』は偽りを捨てるだろう。知識の果てまで、私は社長とコンビを組む。その時まで敵となるかも知れんが、少なくとも私の心はキミ達を敵とは思っていない。大岩とキツキツの二人は、何を求める? 何にすがる? この世界は腐っている。それでも、腐った人間さえユメは輝いていると信じるかい?」

そう言って、ミルクは去っていった。

僕は姉さん問う。

「僕達の出生の秘密が解ったね。もう、売る者は必要ではないのではないかい?」

「私には、今も売る者は神に見える。私と大岩の二人を、ここに存在させてくれたのだから」

姉さんはそう言うと、通信モニターを切った。

ヘルは伸びをしてから言う。

「キツキツ町にとりあえず戻りましょうか」

「待て!」

と、キツキツ。そして続ける。

「ヘルの求めるものは何だ? 何がしたい?」

「そうですねえ。私には、リセットボタンを売る者に届けるという使命があります」

と、ヘルは平常だ。ヘルは反対派だったよな。キツキツはみんなに言う。

「目指すのは知識の果てでいいんだよな?」

クルミは答えた。

「キツキツ、知識の果ては歩いても走っても、届かない場所にある。つまり、大岩とキツキツのようなアホでは、たどり着けない。知識を突き詰めないと行けない場所なのよ。そこは容易に想像出来る」

「どうすんだ? まあ、キツキツ町で休むといいだろう」

「そうだな」

と、僕とキツキツ。とりあえず作戦と戦力の強化が必要なようだ。僕達は、帰るべき場所へと歩き始めた。

やはりウシダさんは、わたくしヘルの正体を知っていました。何のことかって? それは秘密ですね。サラブレッド計画は終了し、リサさんと大岩は今も存在する。時代は、ウシダさんではなく、売る者を選んだのです。キツキツさんとリサさんもまた、絆を深めていく。それこそが、『売る者の崩壊』に繋がるとも知らずに……。

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