第10話 みんなでやるのもいいもんだ。


「残り1分!」

 時計を見ていた小阪先輩が声を張り上げる。


 残り1分はゲームを観ていよう。

 ここまで荒川くんはいいとこなし。

 文句なしで一番腕立て伏せしていると思う。

 落ち込んでるだろうな~。

 後で元気付けてあげた方がいいかもね。


 そう思ってたら、荒川くんと川中島が他の人と場所をかわったみたいだ。

 ラスト1分で何か考えがあるのかな?


 ゲームが始まった。

 ボールは左方向へパスされた。

 タッチされる前にボールを横にパス。

 みんな長くボールを持ちたがらないみたい。

 まぁ、タッチされたら腕立て伏せだもんね。


 荒川くん達のチームは、みんな疲れてきたのもあるだろうけど、あまり大きくは動かない。

 みんな、頑張れ、一番疲れている荒川くんはまだ生きてるぞー

 いや、正確には目が死んでるかも。

 それと比べると相手はまだまだ元気だ。

 腕立て伏せも腹筋もほとんどやってないもんね。


「ラストワンプレー!」

 小阪先輩のかけ声とほぼ同時に、右方向の川中島君に二人飛ばしでパスが回ってきた。

 左から1人かわせば距離はあるけど、トライもできるかも。

 端から見ても、大きなチャンスだ。

 川中島君走るか!?

 そう思った。


 しかし、川中島君は予想に反して右に走り、荒川くんにボールを手渡した。

 その手があったか。

 投げるだけがパスじゃないか。

 まぁ、パスが取れないなら手渡しすればいいじゃないって感じ?

 報われなかったけど、頑張った荒川くんに最後はいいところをって川中島君の粋な計らい?


 ゴールラインまでは50メートル以上。

 相手は荒川くんのすぐ近くまで迫っている。

 川中島君の粋な計らいはどんな結果になるか。


 私がそんな事を考えていると、ボールを持った荒川くんが、凄い加速を見せた。


 あまりの加速の凄さに見ていた全員が声を張り上げる。


 完全に相手を置いてけぼりにしてしまった。

「何あの加速!?チョ○Q?」

「追いかけてるの、2年のウイングよ…」

「スゲーよ!」


「そのまま倒れこめ!」

 先輩の声が聞こえた。


 荒川くんは足を止め、ボールを持ったままゆっくり倒れこんだ。

 追いかけていた二年生は50メートル走る間に10メートル以上離されたんじゃないかと思う。

 離されすぎて、最後は完全に諦めちゃったけど。


「ゲーム終了!ノーサイド!相手チームは腹筋5回!」


 みんなが荒川くんに駆け寄る。

 最後に一矢報いた感じ?

 荒川くん中心に盛り上がる一年生。


「最初の2、3歩でもう突き放した感じだったね」

「あれは完全にウイング向きだよ」

「いや、身長あるし、食わせまくってロックに育てるべきだよ」

「ロックよりフランカー向きでしょ」

「いや、ぜひハーフで…」

「それはない」

「プロップに…」

「それはない!」

「フッカーに…」

「それもない!!」


 荒川くんがどのポジション向きかで、こちらでも大盛り上がりとなっていた。

 私にはちんぷんかんぷんだったけど。


 1つのプレーでみんなが盛り上がる、なんかいいスポーツだなって気がした。

 もしかしたら、この高校のラグビー部が特殊だとか、そんな落ちかもしれないけど、でも目の前の光景は今まで経験した事のない場面だ。

 勘違いかもしれないけど、私はもうラグビーに夢中になりかけている。

 私もラグビーをやりたい。

 できれは、マネージャーではなく、選手としてあの輪の中に入りたい。


 家族の許しは出るだろうか。

 説得する必要はあるだろう。

 その事が私の次の課題だ。


 体験入部はその後先生の話があり、解散となった。

 上級生達はこれから本格的に練習になるらしい。

 私たちは更衣室に戻りながら、今日は楽しかったと笑い合うのだった。


 ただし、帰りは3人だけしゃなく、他の一年生も含めてワイワイと楽しい雰囲気だった。

 こんな風にみんなとラグビー出来たらいいなと思った。


「あ、そう言えば!」

 荒川くんが突然大きな声を出した。

「どうしたの?」と私が聞くと、

「川中島君のお兄さんの顔見逃した!」

 ムンクの絵画「叫び」の様なポーズで悲痛な表情を見せる荒川くん。


 そう言えば、最初の目的はそれだった…


 まぁ、もう一度行く口実ができたわ。

 私はそんな風に考える余裕ができていた。


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