〜閑話休題〜つんでれ?ってなんですの?!


今日これで何度目なのかしら?



目の前の男を不躾に半目で値踏みする。


格好から言えばこの城の騎士職に違いないけれど、どう見繕っても身のこなしは下級貴族……いえ、一代限りの騎士爵……って所ですわね。話した事も無いですし。それなら、まだ……ええーと、あの子の同郷の方が背も高くて、謎の威厳もあって素敵ですわ。


そんなふにゃふにゃ笑って、私のお世辞も言えない気も効かない分際で、それであの子に釣り合うと本気で思っているのかしら?遠くから眺めて、恋心を燻らせるだけならまだ可愛く見えたりも致しますけど。これなら、先程声をかけて来た文官の方のほうがいくらかましですわね。


ニコルは通路でへらへらと声をかけて来た男に、侮蔑の表情を向けたまま、その小さな口を開いた。


「先程から、何のお話しをされたいのか、全く分かりませんけれど、私、別にエレーンさん?と仲良しでは無いんですの、勘違いされて迷惑ですわ。」


「え、でも、」


「でも、も何も。私は彼女の鼻を明かしたいだけであって、仲良しこよしした事は一度も無いんですのよ?貴方、何処を見て物を言ってらっしゃるの?その目は節穴なのかしら?嫌だ、騎士団の品位が下がるじゃありませんの。大体、貴方が公爵家と釣り合い取れると本気で思いまして?いくら役職、勤続年数順で上下を分けていると言っても、せめて伯爵家からでしょう。寝言は夜だけにして頂きたいですわ。貴方と夜にお会いしたく無いですけれど。」


「な……」


「私まだ職務中なんですの、ごめん遊ばせ?」


口をわなわなさせる男を尻目に、すたすたと通路を浸進む。


大体、何でマルシュベンのあの子と私を一括りにするのかしら?!どう見ても険悪そのものでしょう!いつまで経っても勝てなくて腹立たしい事この上無いのに。



初めて王子殿下付きの側近の話しを聞いた時、それはそれは驚きましたわ。だって、隊長や、侯爵家の官僚なら納得行きますけれど、女性で、王城勤務もした事の無い無名の小娘を召し上げたなんて!女性騎士なら、カレイラ様と言う女性騎士最強の方がいらっしゃると言うのに、王子殿下こそ節穴なんじゃないかと誰だって思うんじゃないかしら?


カレイラ様はそれは出来た方ですわ。人を見た目で判断なさらないし、貴族の垣根も気になさらないし、何より、公正な目で実力を褒めて下さるもの。ちょっと強引な所もありますけれど、そこも魅力の一つ。容姿だって、丁寧に創られた彫像の様に完璧ですわ。


そのカレイラ様を選らばないなんて……!


それで、小娘にこの城での上下関係をきっちりはっきりしようとかと思ったら、……まさか私が勝てないなんて。


私だって、体躯に恵まれ無くとも、それなりに腕は磨いて来たつもりなのに。剣、槍、弓、体術、馬術……今の所一つも浮かばれず撃沈よ。今まで殿方に喧嘩を売られても勝つか、最悪引き分けだったわ。勝てない時は言葉で滅多メタに……いえ、ぐしゃぐしゃに?して来たのに。


あの子ときたら何言っても笑顔だし、勝負を仕掛けても嬉しそうだし、一体なんなのかしら?!調子が狂うわ。


公爵令嬢なんだから、もっと立場を鼻にかけた嫌な奴だと良かったのに。どうにも一人だと寂しそうだから仕方無く相手してやってますけど。仕方無く。


それにしても、無駄に強過ぎなのでは?ルーカス様が教えてらっしゃるからかしら?あの方、カレイラ様と仲が宜しくないから、あまり近付きたく無いですけれど。

ともかく強さは王子付きとしてまあ、……認めなくもないですけれど、その割に抜けてるって言うか、頼りないって言うか貴族らしからぬと言うか……見ているとイライラしてしまいますわ。


あんなの野放しにしていたら、変な男にコロリとやられて痛い目を見るに決まってるんですわ。そして自治領が全軍上げて報復に……ああ恐ろしい。一体全体何を教育されて出て来たのかしら?


それにしても、単なる先輩の私にここまで話が来るという事は、かの上司にはもっと正式な話が来ていてもおかしくない筈。……なのに、当の本人が会うたびにのほほんとしているなんて、絶対これは知らされて無いんですわ!取るに足らないと思っているのか、過保護なのか……。


王子殿下になんて恐れ多くて進言出来ませんし、オルク卿にも話しかけるなんて不敬ですわ。ルーカス様は……ちょっと遠慮したいですし、同郷の方は……無理ですわ、挨拶もした事無いですもの。いつも彼女の側にいらっしゃるけれど、私が話しかける時は大体一人の時ですし……。



……まあ、先輩としてもう少し露払いしてあげるのも吝かでは無いですけれど。城内の秩序を正して差し上げるのも、騎士の勤めですからね。





~二週間後~





ニコルは一人頭を抱えていた。



な、何なんですの?!あの子どころか、同郷の彼の情報まで探って来られるなんて!!はっきり言って知りませんわよ!本人に聞けば良い話ではなくて?!ああ、侍女達ですら色めきだって……。そりゃあ、第一王子殿下は妙な色気が合って目の保養ですけれど、手の届かない方ですし、第二王子殿下はその幼さが母性本能とやらをくすぐるらしいですけれど(以下同文)、ルーカス様は競争率が高いですから、必然的に彼の人気が上がるのも自然な事とは思いますけれど……。



何故私なんですの?!



そもそも、第二王子殿下付き以外に素敵な方はいらっしゃるじゃないの!第一王子殿下付きのグロウリット様だって、アゼルディア様だっていらっしゃるじゃないの!!そっちに行きなさいよ!!


……そもそも、上司達は何をしてらっしゃるの?!いくら私が頑張った所で、捌けるのはたかが知れてますのよ?ああ、一体どうしたら……いえ、私はベストを尽くした。そうですわ!


これは私個人の問題にしていても解決致しませんわ。


「あ、ニコル・メリア嬢!」


「まあ、ニコル様!お話しが……」



ああ、五月蝿い!



考えている間に、ニコルは大食堂まで来ていた。足止めを食っていたから、休憩時間は残り僅かだ。手っ取り早く今日のAランチを受け取る。


何か騒がしいですわね?


ざわめく元を辿れば件の令嬢を見つけた。周りは話し掛けるのを躊躇しているのか、狙っているのか、ひそひそと話をしている。

しかし、当の彼女はのほほんと食事をしているでは無いか。



何をのほほんとしてるの!あの小娘は~!思い悩んでるこっちが馬鹿みたい、ううん、馬鹿ね。そうですわね。これは一言文句を言っても許されますわよね?!

トレーを手に、つかつかとのほほん娘の前まで行く。




「とりあえず、謝って下さらない?」


まあ、ぽかんとしちゃって。それはそうなんだけれど。そう思いながら、ニコルは構わず彼女の前に腰掛ける。


「……えっと、一体何の」

「私、大変迷惑してますの。」


ああ、本当、馬鹿馬鹿しい!こんな鈍い子の為に苦労したかと思うと…!ぽかんとしちゃって、とっととその口を閉めなさい!


「……貴女、許嫁はおりますの?」


「え?、いえ……」


「私の様なしがない下級貴族とは違って、貴女なら引く手余多ではなくて?家同士決められた方もおりませんの?」


「特にその様な話しは……」


ええ?嘘でしょう?政略結婚の一つや二つ。いや、三つ四つは話に出て来るでしょう?!


「……では、心に決めた方は?」

「え?!」


目の前の彼女は黙って大きく首を振っている。


いきなり何をしているんですの?この子……


ニコルは目の前で繰り広げられる突然の奇行に、目をパチクリさせた。


「と……くにおりません。それが何か?」


これは、誰かいらっしゃるのかしら?許されない相手なのかしら……深く突っ込まない方が懸命ね。


「……貴女とお近付きになりたい殿方が、私の周りに沸いて出て迷惑してるんですの。」


「えっ?!」


「カレイラ様には畏れ多くてお声をかけられないからって、私に……なんて、失礼な話しですわ。」


そう言いながらも時間が押し迫っているので、黙々と食べ進める。


「普段は……あの、貴女の同郷の背の高い方……なんて仰ったかしら?」


「ロイの事ですか?」


そうそう、ロイ様ね。


「そう、そのロイ様とルーカス様どちらか一緒に居られるから、あのお二方相手では並の殿方は近付けないのでしょうし、分からなくも無いのですけれど。」


「いえ、あの二人は仕事で……」


「っなんて無防備ですの?!」


どう考えても虫除けでしょう!虫除け!


「ニコルさん、しーっ!」


ここが大食堂だと忘れていた。ニコルは慌ててこほんとわざとらしく咳をした。


「貴女は、公爵令嬢で、第二王子付き、それに加えて腕も…………腹立たしいですけれど、かなり立つ。そんなのが許嫁も持たずふらふらしてるなんて、鴨がネギ背負って徘徊している様なものですのよ?!」


「鴨がネギ……」


「……それに加えて、最近はそのロイ様とお近付きになろうと画策する者も増えて、私正直ぶん殴ってやりたくなりますの。だって、私はロイ様と話しをした事すらありませんのよ?貴女と話しをしてるからって、安易に私を宛にされてもどうしようも無いですのに。」


ニコルは深い溜め息を吐く。


これは、深刻な事態なのかも知れない。ちょっと愚痴を言おうと思っていただけなのに、思い返すと後から後から苛立ちが湧いて来てしまう。


「私の事は、その、ご迷惑をおかけして申し訳無く思うのですが、何故ロイまで……」


え、嘘でしょう?嫌だ、本当に分からないのかしら?!


「……貴女、本当に公爵令嬢なんですの?私、上京したてのど田舎の下位貴族の小娘と話しをしてる気分になりますわ!」


「……すみません」


……仕方ありませんわね。素直ですから、今回は許しましょう。


「……仕方ありませんわね、よろしくて?ロイ様は騎士爵とは言え、いきなりの王子殿下付き。加えてあの容姿、腕前。将来の有望株を、王城勤務の子女処か、他の貴族が放っておく筈無いじゃありませんの。是非養子に……なんて思う者も少なく無いんですのよ?」


あら、ちょっと褒め過ぎかしら。


「今までは貴女の縁談なんて笑い飛ばすだけで楽なものでしたけど、流石に二人分は捌き切れませんの。どちらか片付いてくれてればと思いましたのに……」


ニコルはまた溜め息を吐いた。目の前の彼女は口元に握った右手を添えて、何か思案している様だ。


……でも、何故かしら、嫌な予感がするわ。ん?何か閃いた!みたいな顔ですわね。


「それは……、少し考えてみます。」


「……貴女、何かするのでしたら、きちんと殿下に報告して下さらない?面倒な事態になりそうですもの。この話を貴女に隠していたあの方達にも責任を取って頂きたいですし。隊の基本は?」


「報告、連絡、相談です……」


この子、こんなんで魑魅魍魎蔓延る王城生活生きていけるのかしら?今ハイエナどもが狙ってるのすら気付いていないなんて、行く先が不安過ぎますわね。


「ニコルさん……」

「なんですの?」

「ありがとう……ございます?」


ニコルは口をパクパクさせ、食事の手を止めた。いや、固まって手が止まってしまった。


何をどうしてそうなったんですの?!


「な……にを」

「私がもう少し気をつけていれば良い話でしたのに、こんなご自身が大変になるまで、気を揉んで頂いていた事、とても嬉しく思います。」



「ニコルさんは、優しい方ですね。」


自分でも顔が赤くなって来たのが分かる。


何を柔和な笑みを浮かべてるんですの、実に良い顔ですわね?!どう解釈すればその返事になりますの?私が、優しいだなんて!


「なな何を恥ずかしい事を口走ってるんですの?!わた、わたくしが、迷惑と言っていますのに、なな何を嬉しい等と……勘違いも甚だしいですわ!」


「勘違いですか……」


「そ、そそうです!私は、只、……好敵手!そう、ライバルとして貴女を認めておりますの!それが、こんな許嫁騒動ごときで貴女が辞めたりすると困るから仕方無く……」


ニコルは立ち上がっていたが、はたと気付いて着席した。


動揺し過ぎて得意の話術が全然出て来ないなんて?!普段はあんなにスラスラ言えますのに!でも、ライバルって良い響きですわね。


「ニコルさん、」

「なんですの!」

「私は、ニコルさんが何と言おうと、貴女の事が好きですよ?」

「~!!」


ニコルは真っ赤になりすぎて、瞳はうるうると滲んで、視界がぼやけて来た。


こっちは厳しくしてるって言うのに、こんな呑気な小娘、放っておいたら大変な事になりそうですわ!これを見て見ぬ振りするなんて騎士として失格と言うものっ……!!


「あの、ニコルさん」


「……ありませんわね。」


「はい?」


……仕方ありませんわね。先輩後輩じゃ今の状態のままですし、本来なら不敬ものですけど、私から言ってあげなければ、気付きもしなそうですし……ああっもう!


「仕方ありませんから、おと、お友達になって差し上げてもよろしくてよ?!」


あああっ言ってしまった!えっ、何故無反応ですの?!私間違えましたの??


「なっ何か返事はありませんの?!」


「あ、此方こそ、宜しくお願いします。とても光栄です。」


そういって、エレーンが手を差し出した。お互いギクシャクしながら、握手を交わす。本来なら挨拶での握手は男性同士のものなのだが、騎士は試合後に握手をしてお互いを讃え合う習わしなので、自然と二人は握手をしていたのだ。しかし、握手をするニコルの心中はけたたましいものである。


恥ずかしい!!何かぽかんとしていたし……!、けれど、察しの悪い子だから仕方無いかも知れませんわね。でも、今は居たたまれない、これはどうしたら……。……一人に出来ないけれど、今、今だけは勇気ある撤退ですわ!そう、彼女ももう休憩は終わりでしょうし……!!


挨拶もそこそこに、ニコルはトレーを返却して大食堂を抜けると、戸口にルーカスがにこやかにこっちに向かって笑顔を向けている。誰に向けているのかと後ろを振り返るが、後ろには誰も居ない。どうしたら良いのか戸惑っていると、ルーカスはニコルの目の前まで来ていた。屈んでいるとはいえ、上からの圧に思わず体が仰け反る。


何なんですの?!


紫色の目は細められ、心底可笑しい様に唇は弧を形作っている。


初めてまじまじと噂の殿方の顔を見たけれど、これは……子女が騒ぐだけはあるかも知れませんわね…?


「お嬢ちゃん、ツンデレなんだねー。エレーンちゃんと仲良くしてくれてありがとうね?」


そう言うと、ルーカスは大食堂へ向かって行く。のほほん娘の迎えにでも行くのだろう。


彼の後ろ姿を目を見開いたまま見送る。



「つんでれ?って……なんですの?!」



それは、市井で言うところのスラングなのだが、子爵とはいえ歴とした貴族のニコルには何の事やらさっぱりな言葉であった。



ルーカスの背中を見送りつつ、頭に疑問符を浮かべて、ニコルは思い切り首を傾げるのだった。


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