空の王者

 タバキア湾の混乱に乗じて賀島帝国海軍『第一機動艦隊』が南下、セリノ島へ近づいてきていた。

 重力波機関は駆逐艦や巡洋艦の最大戦速六五ノット巡航を可能にし、大型艦である空母や戦艦でさえ、四〇~四五ノット出る。


 第二次世界大戦においては三〇ノットで巡航可能な戦艦を高速戦艦と呼称していた、現代の機関出力との差は歴然としている。その中でも高速戦艦と呼ばれる戦艦『黒龍こくりゅう』を護衛に付けた第一機動艦隊。


 六隻の空母、四隻の戦艦、他二十三隻からなる機動艦隊は賀島の最高火力とも言えよう。

 艦隊は既に第二次攻撃隊を発艦させ、第一次攻撃隊の回収のためセリノ島へ向かっている。



 賀島海軍の本気を叩き込まれたタバキア湾駐屯中のコルアナ艦隊は大打撃をこうむった。 賀島軍としては、二倍以上の人口と三〇倍の国土面積を持つコルアナ連邦に勝つために、人的資源や、艦載機一つ一つの節約が必須だった。

 少ない戦力で強大な獲物をほふる―――賀島魂の真骨頂だ。


 タバキア湾は未だ混乱に包まれている。何をしていいか分からなくなりうずくまるコルアナ兵すらいる有様。

 止まぬ銃弾と爆弾の雨、艦隊を襲う重圧魚雷の脅威に対抗してSSフィールドの展開に踏み切ったのは、攻撃開始から十分が経過した時点であった。


 判断が遅れたのは、狭い軍港内で数隻の艦がSSフィールドを展開すれば更なる通信不良や混乱を招く事は明確だったから故。

 一本の重圧魚雷がコルアナ戦艦『ルーベル』の横っ腹に直撃――――広がる重力崩壊の闇に呼応するかのように偽装表面に藤紫色の光が織り成す雪の結晶の様な模様が浮かび上がり、エネルギーの衝突による電撃がほとばしる。


 行き場を失った重力子は辺りの施設を歪め破壊した。数秒間続いた衝撃が収まり、黒球が消えると無傷の装甲が姿を現した。

 現行最強の対艦兵器を持ってしても傷一つのこらない、これが戦争を大きく変えたSSフィールドの力だ。


 しかし無論無敵ではない―――重力崩壊ほどのエネルギーを防ぐと、SSフィールドのコアとなる活性シュオーデル形成装置が臨界手前まで追いやられるのだ。

 これは通常攻撃に置いても同じことが起こる。臨界点を超えれば形成されていたフィールドはただの粒子に戻り、心もとない鋼鉄の装甲板が剥き出しとなる。



 一度重圧魚雷を食らった戦艦『ルーベル』目掛け第八中隊が猛攻撃を加えた。ロケットポッドから放たれる無数のロケット弾や、飽和攻撃を受け、トドメに重圧魚雷をもう一本食らい、SSフィールドが形成崩壊し―――そこへ爆雷が投下される。


 艦後方に位置する第三主砲の横に着弾した爆雷は、甲板を貫通し内部で爆発。排水量の小さいルーベルは一撃でも大ダメージを受けた。

 コルアナ連邦が得意とするダメージコントロールを持ってしても、二発の追撃弾により大破炎上した。



 一方上空では、戦闘機大隊の活躍もあって制空権を完全に掌握しつつあった。NOMAD特殊作戦部隊所属の四機は合流し地上目標への攻撃を行っていた。

 例えこの攻撃作戦で敵艦隊を半分削れたとしても、燃料、弾薬、資源を破壊しないことには一時的な打撃で終わってしまうからだ。


 賀島中央政府は敵艦隊を最重要攻撃目標とし、地上施設で攻撃目標に設定されていたものは少ない。現にほとんどのG2爆弾は敵艦に向け投下されていた。ライバーの提案でNOMAD内でのみ地上目標を優先して攻撃した。

 優雅に舞う戦闘機達が上空に上がった。


 <いやぁ、ジェームズさん凄まじいッスよ!さっきは敵機が紙吹雪見たいに散っていたんですから>

テンションの上がった荒井の声が通信越しに聞こえてくる。


 <俺は目で追うので精一杯でした、もう何機落としたか分かんないッスよ>

 「ジェームズの腕は確かだ、戦闘機の操縦に関しては俺より上なんじゃないか?」


 <何を言っているんですかライバーさん、さすがに言い過ぎですよ>

 「いや、事実だ。空の王者は譲るさ」


 照れくさそうな姿は機内カメラを通さずとも目に見える様だ。

 <持ち上げても何も出ませんよ?>

 「うむ、良い珈琲で構わん」

 <ははは>


 ジェームズは謙遜しているが、疑問の余地もない実力者だ。たちまち戦闘が始まれば、その飛行のすべてが洗礼された美しい動きとなり、まるでスポーツの芸術点でも競っているかのような無駄のない動きで敵を圧倒する。

 その格闘戦を生で見た経験は、荒井に大きな刺激を与えた。


 「もうすぐ撤退の時間だ、持てるもの全てをぶつけるぞ!」



■■■



 ―――――――地を這う「死」が、空を見上げていた。


 最初にその違和感に気づいたのはジェームズだった。横目に映った地上の不自然な歪み。

 光学迷彩ステルスに特有の視界欺瞞。機体の真下にあったその異変に対し、ジェームズは全身を刺すような危機感に襲われ、そして咄嗟に無声通信を行う。


 声を出さず脳内だけで通信する技術――――ジェームズの予感は、口を動かすコンマ数秒すら危険なロスと判断した。


<回避ッッ!!!!>


<<ッ!!?>>


<ジェェェムズッ!!>



 ほんの刹那、ジェームズ機の真上を航行していた荒井は脊髄反射に任せ身を捻る。


 目の端で確認できたのは――

 煌々と炎と血潮を噴き上げるFiの姿。


 <クソ!各機回避行動!>


 地上から放たれたのはコルアナの静音陽電子砲。その火力は機動力重視のFiの薄い装甲を溶解させ貫通するのに一秒もかからない。

 荒井の回避が一瞬でも遅れていれば機体を貫通した陽電子は一撃で二機の賀島戦闘機を葬っていたところだ。


 ライバーは怒り浮かべ、見えない敵に対しバルカン砲を乱射する。舞い上がる土が当たり微かに形が浮かび上がると同時、


 <瀧、今の映像から敵兵器の特定急げ!俺達は現空域を離脱する!>


 そう言い残し小隊の撤退ルートを探す。



 月城はモニター越しに言葉を失っていた。賀島軍最強の戦闘機パイロットが撃たれた、いとも容易く。


 瀧でさえ動揺は隠せない。ただ一人冷静な黒木の声が響く。


 <ジェームズ機、バイタルサインあります。生命維持装置の稼働率を最大値に設定>



 ジェームズの乗るFi-24が被弾したのは操縦席真下、僅かに左にズレた箇所だった。

 超高温の陽電子は装甲を貫通し真上へと抜けていき、ジェームズの真横をかすめた。


 人口皮膚は焼け顔の左半分は血と炭を荒く混ぜた様な酷い有様、さらに左腕は蒸発し腹は大きく抉(えぐ)られた。


 <応答しろジェームズ!>

 <緊急着陸も辞さない、ここで死なせるな!>


 焦る瀧の声に、声を出す機能も失ったジェームズは無声通信を使い応える。



 <生きている…ようだ………すまないね瀧、最後の頼みだ。現行最重要の攻撃目標を教えてくれ>

 脳内音声で通信する裏で、咳や吐血する音が混ざる。


 <最後だぁ?!ふざけるなよ、諦めるなんてらしくもねぇ…>

 <……内蔵をやられたんだ、もうもたない>


 映像が途切れていようとも、声だけでジェームズが本気なことは聞いてとれる。覚悟を決めた者の妙に落ち着いた声。瀧はその言葉に耳を傾けられないほど浅くはない。駆け巡る思考も逡巡も振り払い――


 <…チッ………そこから南西二二すぐ、コルアナ超弩級戦艦がドック中に確認された。正真正銘最高の獲物だ。>


 <ありがとう>

 応える。


 ステルス対空砲の一撃を合図にするかのように、敵戦闘機大隊が姿を見せた。

 戦況へ強大な影響力を持つNOMADをここで潰す算段だろう、戦闘機四機、内一機大破のNOMAD戦闘機小隊に対して数十機の戦闘機が導入されている現状が物語る。

 急いで超弩級戦艦へ向かうジェームズ機を残り三機が護衛するように飛行する。コックピットから煙を吹き続ける機体に鞭を打ち進むジェームズ。


 だんだんと言うことを聞かなくなるも技術力だけでそれを補った。


 ライバーはコックピット外装をパージする。バラバラに飛んでいく装甲の中から、複合強化ガラスでできた旧式のコックピットが姿を現す。


 メインカメラが使い物にならなくなったジェームズ機も装甲を切り離す。


 <俺はともかく、ライバーさんまでパージすることないのに。無駄使いは止せと言われてませんでした?はは>

 <いい、仲間のさいごぐらいこの目で見せてくれ>


 <各機、ジェームズ機を援護。絶対に落とさせるんじゃない>

 と、大佐の指示が出る。ジェームズの血が止まらず意識が朦朧としてきた時、黒木がパソコンの操作を終えた。


 <ジェームズさん、出撃前に注射したナノマシンにより出血の抑制と、その他生命維持の処置を施しました。内蔵機能をほとんど停止させる代わり、これであと…二十分はもちます……。>

 <ありがとう黒木くん。これでまだ舞えるよ>


 残り二十分の命を短いと感じるか長いと感じるかはそれぞれだったが、少なくともジェームズは充分だと考えたろう。


 戦闘機大隊が距離を詰め、アイビスが護衛飛行形態を離れ迎撃に向かう。たった一機の単機突撃に怯むコルアナ連邦パイロット。

 アイビスはすぐさまステルスモードに変え撹乱かくらんする――――兎に角時間稼ぎを、と。陣形が崩れたが、戦陣を抜けた数機が更に向かってくる。


 ジェームズ機を守るため荒井が迎撃に向う。荒井はライバーに個人回線を介し無声通信をかけた。

 <いいんですか…体当たりするつもりじゃないですか、ジェームズさん。エンジンの重力崩壊を狙ってるならまるで………まるで有人重圧魚雷ですよ>

 <まるで「桜花護衛機」にでもなった様で嫌か?>


 <…その「桜花」が何かは知りませんけど、これも賀島魂…ですか。死してなお敵を屠る>

 <俺達が護ってるのは爆弾なんかじゃない、奴の誇りそのものだ>

 <―――……。見守りましょう、男の最期を。>



 一方その頃、ジェームズは大佐と思い出話に盛り上がっていた。擬似走馬灯、NOMADでの思い出は綺麗なものばかりでは無かったが、彼自身は人生を楽しんでいた。

 「幸運…と言っては不謹慎だがな、こうして最期に話せてよかったよ、ジェームズ。遺言も聞けず散って逝った仲間が多すぎるからな…」


 <まったくです。でもこれでやっと飯田や小笠原達の所へ行けます。大佐には感謝しかありません。もう歳なのですから、お体にはお気を付けて。>

 「余計なお世話だ…と言いたいところだが、ここは素直に受け取るとしよう。ジェームズ・クラウド中尉、貴公に敬意を持って最後の言葉を――ありがとう。ただただ…それだけだ」


 大佐はチャンネルをオープンに切り替える。目標となる巨大建造ドックが視認できる範囲に到達する。残りわずかの余命、ジェームズは黙っている瀧に声をかける。



 <…思い出すよ、訓練兵時代を。あの時から君は変な奴だったね。思えばずっと共にこの道を歩んできた。>

 「男は黙って別れるもんだぜ、

 <なんだ、ショージだって思い出してるじゃないか、ははっ>


 瀧はまた黙り込んだ。黙って、涙を流した。名残惜しさ、もう少し話していたい気持ちとを裏に、ジェームズは最高速を保った。ここで失敗しては元も子もない。ここで止まっては―――


 <ライバーさん、長い間お世話になりました。>

 「…あぁ、あの世あっちの奴らによろしく頼む」

 <えぇ。それからみんなも、幸運を祈るよ。>


 月城は嗚咽混じりに泣いていた。命の終わり、覚悟はしていたそれは――


 余りに早く。


 呆気なく、唐突に。


 荒井は彼の気持ちを理解した。死に恐怖無いはずはない、それを越える何かがあるのだ、と。きっとそれは隊長の言っていた背負った命のためなのだと――故に荒井は迎撃に徹した。何人なんぴとたりともその覚悟を邪魔させないために。


 巨大ドックの周辺はすでに帝国軍によって掃討され黒煙が何本も上がっている。数十メートルある大きな扉は僅かに開いている。横幅で考えれば戦闘機一機通るのにギリギリ、と言った程度だ。


 ジェームズは軌道を修正し、体制を整える。そこへ、ずっと横を飛行していたライバーが距離を詰め並走した。そして翼でジェームズ機の翼を軽く叩いた。


 「それじゃぁ」

 <ナオミとセラによろしく伝えておいてください、それと………愛している…と――――>


 「あぁ」


 コックピットのガラス越しに敬礼するライバーは、似つかわしくない程笑顔で。片腕で操舵を握っており敬礼の出来ないジェームズは、半分焼けただれた顔で微笑み返した。

 ライバー機は急減速し、重力場で自機を空中で固定し、そのままエンジンの出力を保ち重力場を形成し続ける。


 ライバー機の横をかすめたロケット弾も、弾丸までもが進路をねじ曲げられ明後日の方向へ飛んでいく。ジェームズは翼が縦になるように九〇度傾け、そのまま直進―――煙の尾を引きながら敵に猛進する姿はさながらミサイルの様。



 分厚い扉の奥に見えるコルアナ超弩級戦艦『オービット』に特攻した。‘第二攻撃目標’である現行世界最大の戦艦オービット、畏怖すべきはその圧倒的SSフィールド出力と火力にある。

 SSフィールドを貼っていない状態では実力は半減以下だ。ジェームズの乗るFi-24はオービット艦橋横の甲板に直撃し砕けた。


 その衝撃で重力波エンジンが暴走、重力崩壊を引き起こしジェームズは黒球へ消えていった。


 遺品も骨も。


 命も存在さえ飲み込む黒――


 残されたのはオービットへの甚大な被害だけだった。


 <……………>

 <……>

 <現空域を離脱、命令だ―――オルクスまで撤退しろ。俺は仇を消しに行く>

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