リタイア・フロム・スカイブルー

 ジェームズさんが亡くなった。賀島帝国軍最強のパイロットと言われたジェームズ・クラウドが。

 俺は荒井シンの名を捨て、新たな賀島軍人としての人生を歩み始めたばかり。ジェームズ・クラウドは義連軍にいた頃から知っていた英雄の一人、義連軍の中にも敵ながら彼の技術を賞賛する者は少なくなかった。


 周りにいたのは皆パイロットでは無かったから、呑気なことを言っていられたのかもしれない。

 ―――絶対に戦場で会いたくない敵だった。絶対的に頼もしい味方な筈だった。

そんな人を、早くも失ってしまった。


 ひたすら、戦争というものを肌で感じる。

 理解なんかとっくに置き去りにして。


 振り返れば、ジェームズさんが平然と飛んでいる様な気がする――錯覚まで覚える。

 ただ一つ確かなのは、彼が最後の力で敵に打撃を与え散っていったという事だけだ。


 あの時。


 真上を飛んでいた俺は―――


 俺が……………。




 <現空域を離脱、オルクスまで撤退しろ。俺は仇を消しに行く。>


 ライバーさんの声が頭痛の様に響く。


 離脱…撤退?今?今の話をしているのか?

 「撤退…ですか?こんな状況で!?」

 <こんな状況だからだろ>


 まだ敵戦闘機が残っている、アイビスさんの恐ろしいまでの力で敵は次々に薙ぎ払われているが、流石に数が多すぎる。それに三機になったとは言え俺達はNOMAD、戦況を覆す力がある俺達が撤退することは簡単な話じゃない。


 それに――

 「敵はまだいるんです!それに例の対空砲を破壊するなら俺達だって…!!」


 自分でも驚く程声を張った。この英雄おとこの命令に納得がいかない――このタバキア湾攻撃作戦が始まって以来この人の言っていることが時折理解出来ない。

 ―――そう、かけ離れているんだ。賀島帝国の伝説、黒雷という男の英雄像から。


 <退け!これ以上被害を増やすな>

 「じゃあ何故あなたはまだ戦うつもりなんだ!」

 <ジェームズを撃ったあの兵器を野放しにしておけば、第二次攻撃隊ぞうえんが壊滅しかねないからだ>


 「だったらそれはNOMADぶたいとしての仕事じゃないんですか。あなたのそれは、戦略ではなく個人的な仇討じゃないんですか!?」



 通信網を静寂が包み込む。


 極東の黒雷は俺の憧れ、従軍理由そのものだ。賀島人と義連人の間に生まれた混血の俺に居場所などなく、その後、義連に移住し其処そこでも孤独に育った俺の。


 軍に入ったのは自分を強くするためで、帝国と戦うためじゃない。


 ギレンメディアがどれもこれも反賀島的思想に染めるために有ること無いこと吹き込んでいるのは知れた話だが――世界的に帝国は敵視されていた。小説も映画も悪役は共産主義や帝国だらけ、「敵」と「悪者」を混同する正義。


 こうした環境の中でも俺はライバーという男に強く憧れた。世界に轟くその実力。環境に押し潰されて生きてきた俺には、環境すらねじ曲げてしまう絶対的強さに焦がれた。

 彼の率いる賀島軍特殊作戦部隊NOMADには第二世代セカンドしか入隊できないことを知っていた俺は、脳殼手術を誤魔化し第二世代セカンドとして義連軍で生き延びた。


 ライバーさんは俺の人生の根底にある生きる活力の様な存在なんだ。しかし実際どうだ、信じたくはないが、俺の心が言っているんだ。


 この男は妙に臆病しんちょうだ、と。これではまるで……。


 そこらの指揮官の方が、まだ英雄的な死に方を選ばせてくれるだろう。



 それがたまらなく悔しかった。そう考える自分に腹が立った。しかし本当にこの人からは生きろ、逃げろということしか言われていない…。俺だって賀島サムライ魂は持ち合わせている。

 敵の手に落ちるくらいならば自らの手で――自分の命可愛さに逃げ出すような臆病者であるなかれ。そういった戦士の心を、強さを、感じられない事がある。



 ―――英雄って…何だ?


 三人は黙ったまま敵を躱し飛行し続けた。そしてステルスモードで敵をく。


 <…はぁ。撤退しろ、隊長命令だ。>


 ため息と共にライバーさんの口から出てきたのは隊長命令きょうせいりょくだった。部下を黙らせる最終手段。そんなもので…。

 「どうして貴方は俺に命を賭けることすら許してくれない!!俺だって――」


 興奮で視界が狭まっていた、無意識の内に高度が上がっていて―――奥で光が迸り。


 次の瞬間には突っ込んできたアイビス機の重力場に押しのけられ、さらに上空へと突き上げられていた。




 ―――庇われた。


 飛来した陽電子の光線がアイビス機の尾翼と二枚ある内片方の垂直尾翼を奪う。コントロール出来なくなった機体はそのまま地上へと落下していった。



 また…やってしまった。


 <アイビス!…荒井、お前は光学迷彩ステルスでこのまま離脱しろ!>


 「し、しかし…俺のせいで…」



 <大佐!こいつから操縦権限を奪っていい、ここでリタイアだ。>

 <…いいのかね>

 <構わん、ここで死なれるよりマシだ>


 またもや仲間に迷惑をかけ、その責任を取ることも許されず俺の戦いは終わった。そこから先はオルクスの護衛に徹した。



■■■



 落ち行く戦闘機の中、アイビスは咄嗟にエンジンの緊急停止システムを起動した。エンジン内圧力と重力子の解放を行い機能を完全停止する。そしてコックピットが上を向いた一瞬を見計らってイジェクトした。

 コックピットの装甲は吹き飛び中から座席が飛び出す、上方向の推進力をかけることによって落下エネルギーを少しでも和らげる。


 この高度ではパラシュートが開き切る前に落ちてしまうから、できるだけ落下の勢いを落ところす必要があった。

 賀島製の戦闘機は未だにパラシュートを使い続けている、対してコルアナ製の航空機は座席に姿勢制御装置とスラスターが着いており、パラシュートが開く前にスラスター噴出で減速し安全に脱出できるようになっていた。


 これは賀島帝国とコルアナ連邦の民族性の差異の現れだ。


 低い地点で撃墜されたFiはすぐに地面に叩きつけられた、幸いエンジンの緊急停止システムの作動が間に合い重力崩壊を免れ爆発だけで済む。

 アイビスは勢いよくFiの落下地点のすぐ隣にある大型倉庫の屋根を突き破っていった。


 「アイビス!」


 <………ザッ…ザザッ………ライバー…えへへ…ヘマしちゃった…脚……動かないわ>



 途切れ途切れの通信音で返答するアイビスと上空に一機残されたライバー。辺り一帯に敵の姿は無く、遠くではまだ混乱が続いている。第一次攻撃隊の撤退予定時刻も近い。

 「周囲状況報告」

 <…油臭い……>

 「真面目にやれ」


 <ふふっ…えと、物が溢れかえってるね、倉庫かなにかだと思う。武器弾薬、あっちは車両のスペアパーツね、綺麗に整頓されてる。でもこれだけ物があれば当分は見つからずに済みそう、かな>


 ライバーは少し安心する。捕まり捕虜にでもなったら何をされるか分からない。いや、むしろ想像がつく。

 いま考え得る最悪の事態がそれだ。


 「…分かった、俺は先に奴を叩く。お前を担いでちゃ戦いにもならないからな。」

 <はいはい、行ってらっしゃい>


 ライバーは機体をステルスモードにしてすぐ近くの三階建ての建物の屋上に垂直に着陸した。機体から降り、走って対空砲の元へ向かう。

 敵地に降り立ち、昔潜入していた感覚を思い出したのか、ライバーは全速力で走っているのに無声通信を使った。これでは隠密性もへったくれもない。


 <月城、俺と戦闘機こいつをリンクしておけ、ステルスモードは維持だ。>

 <は、はい!>

 <カメラを使って周囲を見張っておけ、操作は瀧に任せる>

 <…………あァ、任せろ>


 空を見上げると戦闘はもうほとんど止み、賀島軍の一方的な破壊となっていた。

そこへ重苦しい声をした瀧の報告が入る。


 <ライバーさん、敵の正体がわかった。静音陽電子砲を積んでいたのは恐らくコルアナ陸軍の無人四脚戦車だ。まだ開発段階で資料がほとんどないが、どうやら人工知能を搭載し自己判断で動く独立兵器らしい。>

 <無人機…AIの仕業か……>


 無人兵器がいると思われる飛行場へ向かい全速力でタバキア基地を駆け抜ける。そこへ退避せず主要施設の防衛を行っていたコルアナ警備兵が二人現れた。


 瞬時に装備を確認―――軽量化タクティカルベストとアサルトライフル、ハンドガンを一丁づつ携えた義体機人マキナンドが、ライバーの進路100m程先の角から曲がってくる。



 二人は高速で走ってくる漆黒の義体機人マキナンドを発見し、即座に突撃小銃アサルトライフルを構えた。

 道は開けていて障害物はほとんどない倉庫の横道だ、逃げ場などない、コルアナ警備兵達は勝ちを確信。



――瞬間、警備兵達はいかずちを見た。黒い、光を持たぬ稲妻。一秒足らずであらゆるものを焼き切るそれは、極東の黒雷たる所以――


 彼はまるで雷のようだ――と。


 ライバーは跳んでいた、脚に付けたホルスターからハンドガン<M1911>を取り出す。

 名前通り一九一一年モデル、開発からもうすぐ三世紀が経とうという化石の様な武器だ。


 警備兵は遥か上空にいる黒い塊てきえいに気付きライフルのサイトを覗き込み――――


 そこにはM1911のマズルフラッシュだけが写っていた。四十五口径から放たれたタングステン制の弾丸は一人の警備兵の脳殼を的確に撃ち抜く。


 弾は脳を守る分厚い装甲である脳殼を貫通し、破片と血を撒き散らした。


 着地と同時―――迸った、光すら暗転させる電撃がもう一人を切り裂き、元は人間であった幾つかの肉塊スクラップと化す。



 戦闘機に乗るだけにも関わらず、趣味でサプレッサーを付いていた事が功を奏す。ホルスターから抜く動作が一瞬遅れる代わりに、敵から居場所を隠すには効果は絶大だ。

 パシュパシュと空気の抜ける様な独特な音だけ残し、ライバーは先を急ぐ。




 飛行場へ到着し、あらかた大型対空兵器の置き場を予測した時――――だだっ広い滑走路の上、ぽつりと立った一人の義体機人マキナンドが目に入った。

 <た、隊長さん……>

 「分かってる……」


 この距離、画面モニタ越しでも気圧されるような存在感に月城が声を上げる。


 軍服のズボンを履き、上半身は肉体美を見せつけるようなサイボーグ。武器を持った様子の無い、拳に包帯を巻いた男―――

 訝しげに近づくと、どデカい声で、


 「ラァァァイバーァァァァ!!!!良ォくぞ来たァァァァ!!!!!」


 衝撃波とも錯覚させる咆哮を上げ、ライバーは銃を構え臨戦態勢に入る。


 「お前か、格闘王」


 「そんな武器モンは捨ててかかって来ォォい!!あの日の決着を付けようぞ!!!!」

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