機体の鮮血

午前八時十四分

セリノ島、タバキア湾上空



 味方の損害が目立ち始めた。もう三機程火を噴いて落ちていくのが確認されている。ライバーとアイビスは合流し、二機で行動を共にする。


 <第一戦闘機小隊、一番機及び二番機。南東一二に敵影あり。迎撃に当たれ>

 <<了解>>


 ステルスモードの二機が空の彼方に見える敵機に向かって転進する。優雅に翼を揺らし、完璧な連携で芸術的なまでの機動で飛ぶ二機のFiは、二人の練度の高さや信頼の深さを映し出していた。

 ただ一つ残念なことは、味方のカメラ越しでしかこれが見えないということだ。


 SS粒子のせいで乱反射した赤外線によりNVナイトビジョンモードはほとんど使い物にならないが、それでも敵ステルス機を警戒し一応確認する。

 敵機は全十二機、単純に六倍の戦力差だが応援を呼ぼうにも、タバキア湾上空は時間経過と共に激しくなってきた対空砲火と、スクランブル発進で駆け付けたコルアナ戦闘機との戦闘で混乱していた。


 ライバーとアイビスの二人は一歩も引くつもりはない。V字飛行で近付いてくる敵機の直上を取り、太陽を背に頭上から急降下し先頭を飛ぶ敵機体に襲撃をかける。

 ライバー機とアイビス機が間髪入れず通り過ぎざまに二七ミリバルカン砲で敵戦闘機を貫く。コルアナ製の頑丈な機体といえど賀島製の戦闘機の前では紙に等しい。



 コルアナ連邦海軍の主力戦闘機であるBM-8ビーエムエイト『ファントム』は装甲がFiシリーズの一・五~二倍近くある非常に防御力に長けた機体だ。脱出装置などの制度も賀島製とは比べ物にならないほど良く、兵装も充実している。

 対して賀島の戦闘機は重きを攻撃力と機動力に回してる。これも国力や物量の差によるものである、圧倒的優位にあるコルアナ連邦の兵器に打ち勝つには防御を捨てざる得なかった。


 その対価として手に入れた圧倒的スピード、航行距離、機動力と攻撃力、それに合いまったパイロットの熟練技能によって、賀島軍戦闘機は『F』という名で悪魔として恐れられた。

 しかしながら数発の被弾で致命傷になるFシリーズは諸刃の剱人命軽視に他ならない。



 コルアナのパイロットはさぞ驚いただろう、不意に先頭を飛んでいた機体が火と血液を噴き出し堕ちていった―――だが真に畏怖するべきはそこではない。

 その直後に下へと高速で通り過ぎた二つのぶれた影に遅れてついてきたミサイルがファントムに直撃したのだ。


 シュオ―デル粒子と特殊ステルス加工の影響により、たとえ至近距離にあったとしても誘導ミサイルをロックすることはできない。つまりあの高速飛行中に直進するだけのロケット弾を偏差撃ちしたということになる。

 AIの補正をかけても困難な神業に、戸惑い本能のまま回避運動をする九機のファントム。


 彼らは知らない―――

 これが補正なしの目測射撃であったことを。


 二機のFiがステルス巡行速度を超え、ぶれた影となって奇襲し、三機のファントムが堕ちた。



 この間実に三・四秒の出来事である。



 左右に回避した九機のBM-8ファントムは瞬時に状況判断し、三機が残り、六機は全速でタバキア湾へ向かった。

 第三世代サードはお互いの五感を共有することができる、様々な角度からの映像、そして通常あり得ない軌道をしていた敵機を直観的にFシリーズだと見抜いた。


 この一瞬で腕に自信のある三機が残ったのは最善策と言えよう。


 格闘戦とは瞬時の判断が生死を左右するものだ、六機のファントムが突き進むことを決意したとほぼ同時にライバーがステルスモードを解いた。


 赤いラインの入った蒼いFi-24の姿に数秒、ファントムに乗る九人全てのパイロットの意識が向いた。



 <マズイ!赤線レッドラインの『F』だ!!!!>



 殿しんがりを務める三機が即座に機首をライバー機に向け、三対一のドッグファイトが繰り広げられる。

 Fシリーズ特有の優秀な旋回性能で見る見るうちに追われていたはずのFiが敵の後ろへ近づく。凄まじい遠心力により体へかかるGが限界を超えるが、気を抜けば死ぬ。


 追われている一機を援護するように他の二機のファントムがライバー機の真後ろにピタリと付いた。

 <た、助けてくれ!ジンジャー!!>

 <堕ちろ!!東の猿がぁ!>



 ライバーは機体を捻り降下――ファントムの撃った二〇ミリバルカン砲が空を切る。ライバー機は左捻りを加え、吹かした重力波エンジンと自重によりものすごい速度で敵の視界から消えた。


 コルアナ機の内一機が重力場を形成し空中の一点に留まる、VTOLブイトール機(垂直離着陸機)よりも異常な動きのできる重力波式戦闘機は強力なGを受ける代わりに空中での急ブレーキが可能―――その場で機体を回転させFi-24を探す――が、見つからない。


 その視覚情報を共有していた一機が上下反転した状態で空中静止した。二機の航空機が背中合わせで全方向を肉眼カメラ確認する『全球警戒飛行』と呼ばれる高度な技術と連携を要するものだ。

 そしてNVモードを稼働させ透明になったと思われるFi-24を探すも―――


 <…………??>

 <…!?いないぞ>


 日が出ている内のNVの視界不良が索敵の難易度を上げることによる緊張が注意力を削ぐ。一体どこにいるのか視界共有による上下左右三六〇度の索敵に引っかからないFi。

 消えた敵、ろくに見えない視界、それを警戒してか速度を極限まで落とす最後の一機。大賢洋の空を三機のBM-8ファントムがゆったりと飛んでいた。


 奴はどこだ――声に出せない不安が三人の連邦軍パイロットを苦しめる。申し訳きやすめ程度のレーダー機能をオンにしたパイロット達の集中力は、エンジン音、風の音のすべてを無に帰すほどであった。

 ただレーダーの音に全聴覚を傾け、目はNV越しにFiを探す。その極限状態を破ったのは一発の爆発音だった。


 急いで振り向けば、そこにあったのは元々ファントムだった鋼鉄の残骸。火を上げ空中分解した連邦戦闘機、煙を噴きながら落ちていく機体や全力で高度を上げ必死に逃亡する機体が遠方に見える。


 島へ向かった部隊へアイビスが攻撃を始めた。

 <クソぉ!もう一機の『F』か……>

 <あっちはもう三機しか残ってないぞ!早く援護に行かないと>

 <…………!??>


 それは――常識の影に隠れていた。コルアナ人パイロットは『全球警戒飛行』の索敵能力の高さを良く知っていたし、信頼を置いていた―――故に何一つ障害物の無い洋上、そこにたった一つ視界とレーダーを遮るものを見落とした。

 そう、辺りを徐行していた味方機ファントム、その真裏だ。空中静止飛行していた二人にはファントムが二機に分裂したように見えただろう。


 真裏から出てきたFi-24、ジンジャーは自分に向いているバルカン砲の銃口に死を覚悟する。直線状に並んだ二機のファントムが、毎分六四〇〇発の機銃弾を吐き出すM72A1バルカン砲に貫かれた。


 手前の機体は空中で重力崩壊を起こし、重圧魚雷と同じ現象が起こる。止まっていたジンジャーの機体は右の翼を消し飛ばされ深紅の血しぶきを上げ、燃料タンクに引火―――ジンジャーは呼吸ができないほどの熱に包まれながら堕ちていった。



<あぁ…ファントムの影に隠れるか、赤線レッドライン…悪魔のFか。ふふふ…ははははははh――>


 空中で爆発したジンジャーのファントムは重力波機構が無事に残り、重力崩壊こそ起こなかったが、結果海面に叩きつけられスクラップに、そのころには最後の一人もこの世を去っていた。



 <第一波攻撃終了まで残り十分。>

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