第46話 あの子は生きるから

 ***


 ロタと会ってからもう十日ほど経ち、ようやく心に安寧が訪れた気がしていた。あの日、ロタは頷いていた。だから、あとは実行の手はずを整えるだけだ。エイラにとって、それは大して難しいことではなかった。以前から物流を任されていたから、するべきことは管理する人員のリストをほんの少しだけ変えて、ロタを紛れ込ませる。ロタだけならば、それだけで済む。もとよりこのリストには、他にも同じように国外を目指す目的の人が多く混じっている。


 しかし、ただそれだけのために、深入りし過ぎた。知らなくていいことも知ってしまったし、着いた先での安全を確保したくて、教えてはいけないことを教えてしまった。同時に、自分以外のグリャナとの明白な内通の証拠も、いくつも押さえてしまった。おそらくアスタルだ。彼は、ダナイに吸収された後に利益を得る方法まで考えている。考えてみれば、アスタルのような男がヴェトルを奪った暁には、ただダナイの属国で終わるつもりがあるはずはなかった。紅茶のカップを傾ける主人に空恐ろしいものを感じ、唇を噛む。


 同時に、ぼんやりとした危険を悟る。自分がしたこと、知ったことに気づけば、アスタルはどう動くだろう。


 その時、鐘が三つ鳴った。あと四半時間で、会談が始まる。立ち上がり、アスタルの上着をとり、主人に歩み寄る。


「もうそんな時間か」


 面倒そうに言うと、彼は立ち上がって上着に腕を通した。皇帝とは関係のないその会談は、アスタルにとってはより重要なものらしかったが、何故かその時ばかり、主人は護衛を替えた。


「また、護衛は彼ですか」


「どうしたんだい、そんなに口を尖らせて」


「……いつも私は入れてくださらないのですね。重要な仕事は任せられない、ということでしょうか」


 アスタルは子どもをあやすような笑みを浮かべ、こちらを見た。


「君は知らなくていいんだ」


「どうしてです?」


 知らなくていい。その響きに皮膚がぴりりと震えた。


「どうでもいい者にしか頼めないんだよ。終わってからすぐに消えてもらえるようにね。君は消すには惜しい。どうか、知らないでいてくれ」


その声の余韻が消える前に、悟る。


 アスタルは、知りすぎた自分を殺すだろう。ただ一人を亡命させるために、深入りしすぎた。新しい世を盤石で迎えるためなら、自分のようなただの駒は、容易に消されうる。その事に気づいても、驚くほど自分は冷静だった。そこで彼女が生きられるなら、喜んでまだ見ぬ異国の地にロタを行かせよう。


 けれど、自分は死ぬのだ。アスタルの計画の「邪魔な駒」として。

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