第45話 あなたは生きるから
***
ひたすらに疲れていた。身体よりも、頭のなかがごちゃごちゃで、苦しかった。イグに頷いてしまった。あれほど優しく、恐ろしいものはない。ロタの痛みを受け入れる代わりに、彼はロタからエイラとの未来を奪ったのだ。いや、本当は手放したのは他でもない自分だとわかっている。ようやく部屋の前へと辿り着いた瞬間、足から力が抜けて、しゃがみこんだ。膝を抱え、顔を埋める。もうすっかり日も落ちて寒かったが、気にもならなかった。
「どうした?」
背後からの声に、はっと顔を上げる。心配そうにこちらを覗きこむフレックがいた。
「あ、フレック」
「あじゃないよ、お前大丈夫か? 最近顔色も悪い気がするけど……なんか食ったか」
「女には色々あるの。気にしないで」
納得いかないといった様子で首をひねったフレックを無視して、立ち上がる。
「そうそう、こないだハイケがね、」
少女の名前を聞いて、フレックが眉を上げる。
「フレックが行かないなら行かないってさ」
言い終えた途端、フレックは目を丸くして、こちらに詰め寄った。
「な、なんだと、ホントか?」
頷くと、いつもは余裕ぶった態度を崩さないフレックが焦ったように頭を抱えて唸った。
「あんの馬鹿……」
その肩をポンと叩き、笑み混じりで睨みつける。
「ハイケを泣かせたら承知しないから」
ロタの言葉に、彼は大きくため息を付いてうなだれた。
「……ああ。ごめん」
聞きながら思う。きっと、フレックはハイケと一緒に行く。これで、あの可愛らしい少女は笑うはずだ。
だが、ふと思う。自分は、イグに頷いてしまった。エイラと一緒に逃げることは、もうできない。けれど、もし自分が行かないと言ったら、彼女はどうするのだろうか。
一緒だから行ける。自分はそう思っていたし、きっとエイラも同じはずだ。
それなら、黙っていよう。
エイラはグリャナに逃げ、落ち合うはずの自分はここに残る。そのほうがずっといい。そして自分は、きっと死ぬのだ。イグの掲げた理想とともに。
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