第12話【暗躍する者達】

 三人称視点


 エルムス城塞都市某所、辛うじて月明かりが届くであろう路地裏、その最奥に廃墟と化した家屋がある。

 そして、幽々たる静寂が包む中、建物内より、微かに聞こえてくる男女の声。


「相変わらず、仕事が早くて助かるわ」


「ふん、あんなゴミクズを始末するのに、わざわざ、俺を使わないでくれ」


「あら、ご機嫌ナナメね。それに関しては、悪かったわ。しかし、此方も色々と立て込んでいてね。人員を回す時間が無かったのよ。今回は大目に見て……」


「なら、一つ貸しにしておこう。だが、俺と貴方方は、あくまでも、利害関係が一致しているだけだという事を忘れないでもらいたい」


「ええ、承知しているわ」


「ところで、話は変わるが、あの錬金術士の変わりざまには、驚いた。俺に使わせた、あの種は、一体なんなんだ?」


 そう男が問うと、


「ウフッ……」


 暗闇に浮かび上がる女の影が、嬉しげに肩を揺らした。


「アレは、魍魎の種エビルシード、人間を魑魅魍魎へと誘う魔導具アーティファクトよ」


魍魎の種エビルシードか……フッ、それにしても、物は言いようだな。魑魅魍魎へと誘うとは、俺が見ていた限り、とても誘われてるとは思えんが、どちらかと言うと、喰われてると表現した方がしっくりくる」


魍魎の種エビルシード

 

 人間の魂を糧として、不死者アンデットとを創造する悪魔の魔導具アーティファクト

 糧とする人間の魂によって創造される魔物は、屍食鬼グール怨霊ゴースト骸骨兵士スケルトンなど様々。


「ふむ、言われてみれば、そうかもしれないわね。ま、どちらにせよ、あのゴミの存在価値を考えれば、私の頭では、このくらいしか思いつかなかったわ」


「俺が言うのも、アレだが、なかなかに酷いな」


「あら、心外だわ。私からのせめてもの温情よ。ただ死ぬだけのゴミクズを有効利用してあげたのに」


 一切悪びれる様子なく、さも当然だという具合に応える女。


「それは、悪いこと言った。すまない」


 (相変わらず、この女の考え方も大概だな)


 男は心内で、おおいに引いているが、それをおくびにもださず、女に謝意を示す。

 

「ええ、わかってくれれば、いいのよ」


 男の態度が、女を満足気に頷かせた。


「それはそうと、あの怨霊ゴースト、すぐに退治されたが、良いのか?」


「別に、構わないわ。本来、魍魎の種エビルシードが人体に作用するかどうかの実験をする為だけだったからね。後のことは、さほど興味がないわ。私達の目的は、十二分に成されたから」


「と言うことは、実験は成功なのか」


「貴方が思った通りよ……」


 その返答に、男の頭の中で錬金術士の変貌ぶりが、映像として呼び起こされる。


「聞いてもいいか?」


「何なりと」


魍魎の種エビルシードを使って、何をするつもりだ?」


「フフッ、とっても楽しいことよ!」


「そうか……」


 これから、愉快なことが起こるかのような女の応対に、男は一言呟けば、黙するのだった。



 一人称視点


 ベッドの上へと腰掛ける私を三者三様に取り囲む三姉妹。右手にペン、左手にメモ帳を持ったスージィが正面の椅子に座り、ロージィは、私を逃すまいと腕組みし、扉へと背中を預けたデイジィが、いつもの気怠げな眼差しでこちらを見つめてくる。


「ダリエラっ、ズバリ聞いちゃうけど、本命の男はダレ!」


 まず、口火を切ったのは、スージィ。その投げ掛けには、随分と熱が込められてるのを感じます。

 だって、手に持つメモ帳がキリキリとけひしゃげてますし、若干、鼻息も荒い、平静を装おうとしているようですが、如何せん興奮を隠しきれてませんよ。

 それより、のっけから、こんな質問が来るとは、思ってませんでした。けど、このゴシップ大好き三姉妹が、私に興味を示した時点で、何かあると踏んでましたが……。

 うーん、本命と言われましても、誰を指してるいるのか、皆目見当が付かない。まっ、要するに、この三姉妹は、私に意中の人が居るなら、教えなさいと言ってるのだろう。

 生憎とそんな人居ないし、私自身の境遇を考えれば、男性とそうなるのは難しいのだけどね。

 もし、仮に居たとしても、この三姉妹には、教えないから。


「何か誤解があるようですけど、私に、そのような意中の方は居ませんよ」


 取り敢えず、申し訳なさげな素振りを見せ応えてみた。


「ウフフッ、嘘はダメよ。ダリエラ……」


 すると、デイジィが、蠱惑的な笑みを浮かべながら意味深に、そう言うと、


「そ、ウソはダメだよ。ダリエラ、ネタは上がってるんだよ」


 私の隣に座るロージィが、デイジィに追従し、それはそれは、真剣な眼差しで私へと躙り寄るのだった。


「うん? ネタが上がってる? どう言うことです?」


 身に覚えが全くない私は、只々、困惑して首をひねるだけ。


「あくまでも、シラを切ろうと言うのね。なら、仕方ないわ」


 私の態度に、何を勘違いしたのか、スージィは、そんなことを口走り、徐に立ち上がったら、


「先ずは、エルムス城塞のイケメン騎士、それから、赤毛のゴリマッチョ、更に金髪の若紳士、今、上げた三人の男達から、好意を持たれてる、寄せられてる。そうよね、ダリエラ」


 得意げな表情で、私を見下ろし、そして自信満々に断言するスージィ。

 スージィの言葉を聞いて、情報提供者が誰なのか、頭に浮かんだ。あの、生意気な黒猫の姿が……

 自分で言うのも、なんですが、それなりに異性からのアプローチがあるのは、確かです。

 だからと言って、私が、それらの誰かを好いてると考えるのは、早計でないかな。

 況してや、情報提供者が、あの黒猫なら、尚更のこと、有る事無い事を吹聴しがちなのだから。


「ですけど、それだけで、私も、お三方の誰かを、好きになると言うのは、如何なものでしょうか?」


「でしょうね、でもね、そう、こんな話なんてどう。眠らない街で出逢った、ミステリアスな行商人。その男と、なにやら約束をしたんじゃない?」


「え、は? なぜ、知って……」


 昨日の今日で、どうして、それを知ってますか。動揺を隠せない私の思考は、ゴチャゴチャになり停止する。


「今まで、一度として男を寄せ付けなかった、あのダリエラが、どうしてなのかしら? そこには、何かあるのかと勘繰りたくなるのが、人間じゃなくて」


 してやったりなスージィの顔。もしかしなくても、最初から、コレを意図してましたね。

 色々と言いたいことあるけど、どう、答えたものやら。


「アレ、黙りするってことは、認めたと解釈して良いのかしら?」


 スージィの勝ち誇った顔がウザイ。その可愛らしい顔が、余計に私の心をかき乱す。

 しかし、誰が、この話を、スージィにした。思い起こすのは、黒猫の使い魔なのだけど、アイツは、今、側に居ないし、一体全体、ダレなんです。


「約束はし、しました。けれど、それも理由があってのことですから」


 動揺する心を抑え込んで、私は、そう口にする。


「ダリエラ、そんなのつまらないわ。あ、だとしたら、本当の本命は、あの二人のどちらかなの? 麗しの麗人かイケメン騎士、さっきも二人が貴女を巡って諍いを起こしてたものね」


 スージィの言葉に、更なる衝撃が走った。

 つい今し方のことでしょ。なぜ、知られてる。

 絶対におかしい。何かある。

 どういうこと……あ、もしや、私、監視されてたのか!

 じゃなきゃ、話が合わない。

 この三姉妹が、私を監視……ゴシップに命を掛けてますが、そこまでする意図がわからない。

 答えが見つからない。

 ん?! ふと疑問が湧いた。そうだ、いつでもどこでも、付き従う筈の、あの黒猫が、今日に限って、私の元を離れている。

 どんな理由があろうとも、離れることのない使い魔が……。

 裏で糸を引く方がいるのでしょうね、だとしたら腑に落ちる。

 誰なのか、分かりかねますが、候補者は何人か浮かびます。

 と、その前に、この娘達、どうしてくれようかな!


「スージィィィ、言いたい放題、言っちゃってくれますが、それ、どうやって知ったのかな? 教えてくれちゃいますぅ!」


 スーッと立ち上がった私は、コレでもかと言うくらいの満面の笑みで、スージィの肩を抱いた。


「な、何よ、突然……」


 ビクッと肩を跳ねさしたスージィ。

 そして、私は無言の笑みのまま、ロージィとデイジィへと視線をやれば、こちらの顔を見た瞬間! 二人は、そそくさと部屋より退散したのだ。

 部屋に残るは、スージィと私。


「ウフッ、スージィ、わかってるよね。一切合切、吐いてもらうから、覚悟して」


「え、いや、その、ダ、ダリエラ、これにはね、深い訳が……」


 震えに震え泣き顔晒すスージィ。


「うん、深い訳があるんだ。わかった。で、スージィ」


 絶やすことない笑みで、私言ってやる。そこには、猛烈な怒気を孕んでいますけど。


「ご、ご、ゴメン。ゴメンなさい。ち、調子乗ってました」


「うんうん、謝罪は後で、幾らでもしてくれて良いからね。早く、ゲロしな! スージィ!」


「ひっ、は、はい! わ、わかりました。わかりましたぁぁ! だから、殺さないでぇぇ!」


 予想以上に恐怖を与えてしまったのか、スージィから、謂れのない絶叫を貰ってしまった。


 いやいや、殺さないから…………




 翌日、私は、とある部屋の前に居た。

 涙と鼻汁で、見るに耐えない顔を晒したスージィより聞いた話では、近頃、私の振る舞いが、大いにお気に召さない方が居たのだと。

 で、その方の命令でスージィ達が、私の監視をすることになったらしい。

 そして、スージィ達が選ばれた理由、それは、影妖精モールモアと呼ばれる、人間の影を住処とした風変わりな妖精を使い魔にしているため。

 早い話が、その影妖精モールモアの特性を生かして、私の事を監視していたのだ。

 監視されてた時期は、カンタス村から戻って来てから、数日間、そんな事になってると、つゆ知らず、今日に至る。

 う、マジに最悪です。プライベートもクソもあったもんじゃ無い。

 そう、流石に今回は、やり過ぎですよ。

 文句の一つや、二つ言ってやらないと、此方も気が収まりません!

 あと、あの使い魔にもね。

 絶対、私に影妖精モールモアが、張っついてたの知ってたハズだから。

 兎にも角にも、先ずは、この人だ。

 私は、副学長室と書かれる表札の扉を叩いた。


 しばらくすると、


「どうぞ、開いているわ」


 その声に従って、私は扉を開けた。


「失礼致します……」


「珍しいお客が来たものね。ダリエラ」


 優雅に佇みソファに腰掛け、ティーカップを啜る一人の魔女。

 赤髪を七三分けにしたフェザーカールボブに、その顔から気の強さを垣間見える、できる女、キャリアウーマンを思わせるクールビューティなメガネ女子。


「お久しぶりです。ローゼンメイヤー女史」


「で、こんな朝から、私に何ようです?」


 相変わらずな高圧的な態度で、素知らぬふりをしているのか、そんな言葉を吐いたローゼンメイヤー女史。

 

「わかりませんか? 用が無ければ、副学長室に来る事など、無いと思いますが……」


 普段なら、この様な態度、絶対取らないけど、私も、今回の件、結構、頭に来てますから、敢えて、相手を挑発する言葉を吐いた。


「おまえ、ケンカ売ってるのか?」


「さぁ、どうでしょう?」


 互いの視線が絡めば、否が応でもバチバチと火花を散らす。

 私が、ケンカを売った相手、魔女の館、随一と言っても、過言ではないくらい力を持った魔女。

 魔法攻撃力だけを取れば、シェーンダリアに匹敵する程のお方です。

 シェーンダリアの三番目の弟子にして【炎魔の魔女】と呼ばれる魔女。

 マクシーネ・ローゼンメイヤーその人。

 一度キレたら、手が付けられない、瞬間湯沸かし器のような方。

 ついでに言えば、性格と見た目がこうも合わない典型的な方。

 目の前のローゼンメイヤー女史は、怒りなんて生易しいものじゃなく、それはもう憤怒と言っても良いくらいの怒気を身体中から漂わせた。


「お前には、少々、仕置が必要のようだ。姉弟子として、きっちり教育してやろう」


 静かだが、その言葉には、怒りが満ち満ちている。

 やっぱり、早まったかな。だけど、もう、後戻りなんてできない。


 コレ、一瞬で消し炭にされそう……

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